第13話 少年は森に水くみに



 スライムゼリー。

 迷宮の初心者用モンスターと呼ばれているスライムからとれる、まさにスライム状の物質で非常に安価で取引されている。

 触るとグニャグニャと形を変えるのだが、手などは全く引っ付かず分離しにくいので意外と扱いやすい。

 主な用途は割れ物などの緩衝材、魔法で冷やして保冷剤としても使われている。



 結論からいうとスライムゼリーは原材料であった。

 作成できたのは、予想通り毒ゼリーと麻痺ゼリー。

 残念だったのは凄いスライムゼリーが出来なかったことだ。

 初めてのケースなのだがレインボーベリーの実を使って調合を発動しても何の反応も示さなかったのだ。

 どうやら相性の悪く、調合出来ない素材というものもあるようだ。


(あぁ、凄いスライムゼリー……)


 未知のモノが出来るのではと期待して、妙に高いテンションで調合していたレオンは少し意気消沈していた。

 実際ポーション以外のものが出来ることが分かって最初はかなりテンションがあがったのだ。


 しかし出来上がったのは毒ゼリーに麻痺ゼリー。

 確かに面白い性質はしている。

 ただ触っただけでは何の問題もないのに、魔力を軽く流して数秒もすると毒を持つゼリーに変わるのだ。しかも粘着性を持つようになった。

 

 実際手に貼りついて毒を受けてしまったレオンは慌ててそれを引き剥がして解毒をする羽目になった。

 麻痺はさすがに動けなくなったら困るので試していないが同様だろう。


(しかしこれをどうやって使えと?こっそり誰かに貼り付けるのか?それとも……調合ギフトの操作を使って自分の前にでも浮かべてウネウネ動かしてみるか?触ったら麻痺するぞって?)


 その微妙な絵面を想像してげんなりするレオンなのであった。



 結局その日は納品分のポーションの作成をそっちのけで色々と試してしまい、気付けば夜になっていた。夕食時に顔を合わせたサンチョにそれとなく作成状況を聞かれてしれっと誤魔化したものの、これにはさすがにレオンも反省した。

 翌日から好奇心を封印してポーションの調合に集中した結果、四日後には納品分の作成を全て終わらせた。

その時点で納期の三日前だったのでサンチョは気が気でなかった様子だったのだが、幸いムゼッティ商会の長男テオバルトが早めにやってくることもなく特に問題はなかった。




 その翌日、レオンは街を離れ近場の森の中に来ていた。

 ポーションの材料である湧き水の補充と同時にもう一つのギフト、インベントリの検証をしに来たのだ。


 森といっても結構起伏があり、そのまま奥の方へと進んでいけば隣国との国境線となる山岳地帯へと続いている。

 さすがにそのあたりまで行けば危険もあるだが、街から近い比較的浅い部分では出て来るモンスターも限られており、注意すれば一般人でも十分対応できる相手だ。

 実際町から食材などの採取に来ている人をチラホラと見かけるし、その中には子供や女性も混じっている。

 レオン自身も母の荷物持ちとして何度も同行しているので慣れたものである。


 採取する人たちを横目に見ながら森の中を進むこと約30分、目的の泉へと到着する。

 この辺りもまだ安全なエリアではあるのだが、さすがにここまで入ってくる人は滅多におらず周辺に人影は見当たらない。


 泉といってもせいぜい直径5メートル、深さは50センチ程度の小さな泉で、そこから流れ出た水は小川ともいえないような小さな流れを作ってプレージオの水源となっている川へと合流している。


 まずレオンはその泉の水に触れ、調合のギフトを発動して魔力を流してみる。

 その流れる感覚から水質に問題ないことを確認したレオンはインベントリから水がめを5つ取り出す。

そして身体強化を発動してからそのうちの一つを掴むと泉の中に沈めて中身を水で満たし、なんとか抱え上げてから再びインベントリの中へと戻す。

 水がめの内容量は10リットル前後、それを5つ。

 身体強化を施しているとはいえ子供の身ではかなりの重労働だ。


 そこでふと思いついたレオンは泉の中、水中に向かってインベントリを発動。

 はたしてその目論見は成功。泉の中に発生した黒い穴がものすごい勢いで水を飲み込んでいく。


 それをボーっと眺めていたレオンであるが、ふと気付いて慌ててインベントリを閉じる。


 そして手元にもう一度インベントリを開くと、恐る恐る手を突っ込んでから緑がかった半透明の物体を取り出す。

 例の毒ゼリーである。

 その表面は特に濡れている様子はない。

 他の物も取り出してみるが特に濡れた様子はなく、レオンの心配は杞憂に終わった。

 どうやらインベントリの中の物はお互い接触することはないようだ。

 インベントリの中身が濡れるのもいやだったのだが、泉の湧き水に毒物が混ざってしまうことも恐れていたレオンはホッと胸をなでおろした。

 

 一息ついて気を取り直したレオンは作業の続きにとりかかる。

今度はインベントリのギフトで地面から1メートルほどの位置に、直径約5センチ程度の穴を下向きに発生させる。

そしてインベントリのギフトに集中して、先ほど流し込んだ湧き水を意識する。

すると目論見通り、穴の中からドバドバと水が流れ出て来た。

 それを見たレオンは慌ててその下に水がめを持っていき中身を満たしていく。


 普段はインベントリの中に手を突っ込んでものを取り出すのだが、どうやらこうやって意識するだけでも出すことは可能なようだ。

 さらにインベントリに意識を集中すると、中の水がどんどん減っていっていることも感じとることも出来る。

 そのまま中身に意識を傾けていくと異空間の中に何が入っているかもわかるし、漠然とだが最大内容量についても把握できる。

 おそらく6~8畳間、一部屋分くらいは入るだろうか。

 

 そうして色々試しながらも水がめを取り替えたりしているうちに水くみ作業も終わったので水の放出をやめる。こちらも意図した通りにピタリと止まった。

 まだ多少水がそのままの状態でインベントリの中に残っているが、こちらは飲み水にでもすればいいだろう。

 そう思ってレオンはインベントリを閉じようとしたのだが、そこでふと見下ろす形で視界に入ったインベントリの上面、つまり穴の反対側がどうなっているのかが気になった。   

 いきなり触れるのは怖いので試しにレオンはそこらに落ちていた石を拾って上から落としてみる。

 すると石は硬いモノに当たったかのような硬質な音を出して跳ね返り、そのまま地面に落ちて少し転がってから止まった。


 その石を拾って特に問題なさそうなことを確認すると、レオンは思い切って直接手で触れてみる。

 その手触りは非常になめらかで、ためしにノックするように軽く叩いてみると、鉄筋でも叩いたかのような非常に硬い手ごたえが返って来た。


 しばらくそうして色々触っているうちに突然黒い穴が消える。


 それに一瞬ビックリしたレオンではあるが、その理由になんとなく思い当たりる。

 試しにもう一度インベントリを発動してから今度は一切触れずにしばらく観察してみる。すると先ほど同様、一定時間が経過すると唐突に消滅した。


 どうやら発動限界時間があるらしく、意図的に閉じなくても2、3分もすると自動的に消えてしまうようだ。


 さらにもう一度同じ手順を踏んでみて消滅することを確認したレオンは、満足して先ほどの検証の続きに戻る。


 今度は高さ10センチほどの位置に、直径30センチの穴を下向きに作成。


 そしてその上面、穴の裏面を踏んづけてから少し体重をかけてみる。

 しかしびくともしなかったので、次は思い切って全体重をかけて完全にうえに乗っかってみたのだがこれも全く問題なかった。

 それならばと今度は周辺をさぐり直径20センチほどの石を見つける。それを身体強化で持ち上げてから全力でインベントリに叩きつけてみる。


 それでもインベントリはびくともせず、叩きつけた石の方が真っ二つに割れてしまった。

 もしかしたら耐久性に上限はあるのかもしれないが、少なくともレオン程度の攻撃ではびくともしないことは分かった。

 それにインベントリは意識してから発動するまでにほとんどタイムラグがない。

発動してからも魔法らしい派手なエフェクトもなく唐突に黒い円が発生して、それが一瞬で広がる感じだ。

 つまり咄嗟の時に防御手段として発動できる。


(ひとまずこれで自衛手段はある程度は何とかなりそうだな。これ以上強度の検証は無理そうだし、あとはとりあえず発動可能な場所と大きさの限界を検証してみるか)


 そうしてインベントリを色々な場所出したり大きさを変えたりしながら検証を続けたレオンは、また夢中になって時間を忘れてしまい、検証がしにくくなって初めて辺りが暗くなり始めたことに気付き慌てて帰路につくのであった。


 

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