第10話  はじめてのちょうごう 上



 窓から差し込む光を感じてレオンは目を覚ました。

 透明度の低い窓を通して感じるぼやけた朝日はいつも通りのような、慣れないような不思議な感覚だ。


 頭痛はすっかり良くなり、体調も悪くない。

 少し身体が怠いような気もするが、これは長らく寝込んでいたせいもあるだろうし問題ない。


 今日から本格的に動くとしても、まずは納品分のポーションの調合を済まさなければならない。


 ベッドから起きだしたレオンは身繕いをしてから、とりあえず腹ごしらえをと台所へと向かう。

 

 ちなみに台所……といっても居間と玄関も兼ねており、非常に手狭である。

 一応間取りとしては3DKなのだが、両親の寝室はまだしもレオンの部屋はせいぜい3畳あるかないか。

 地下にある工房は名前ばかりで本来の用途は物置である。


 食事は取り置きの黒パンと、塩水にしなびた野菜を放り込んで温めただけのような味気ないスープ。

 ルシアが生きていた頃は、彼女がそれなりに工夫をして食事を作っていたので、もう少し食卓に彩りもあった。さらに彼女が仕入れでいないときは近所の宿屋兼食堂に預けられていたためレオンの食生活は貧乏なわりに意外とまともであった。

 そのため元日本人としても子供のレオンとしても、こんな食事ばかりでは耐えきれそうにない。

なるべく早急に改善しようと決意しながら味気ない食事を終える。


 そのまま地下の工房に向かう前に隣室の様子を窺ってみるが、どうやらサンチョはまだ寝ているようで起きだしてくる様子もない。

 そのことに少しイラッときたレオンではあるが、起きてこられて顔を合わす方が面倒なことに気付き、別にいいかと切り替えて地下へと向かった。


 

 工房とは名ばかりの地下室についたレオンは備えつけの棚に近づくとインベントリのギフトを発動、自分の横に直径30センチほどの黒い円を創りだす。

 まるで宙に浮くお盆のようなそれは、上向きに穴の空いた異空間への通り道だ。


(当たり前のように使っていたけどこの能力も一度きちんと調べないとな)


 調合に必要な素材を手にとっては穴の中に放り込みながらレオンはそんなことを考える。

 子供のレオンはそういうモノとしてなんの疑問もなくこのギフトを使っていたのだが、現代日本人としては色々と詳しく調べる必要性を感じる。


 キャパシティや、異空間の中の保存環境、異空間への通り道……時空の窓の発現時間など詳しい性能を知っておきたいし、それによって使い勝手も変わってくる。

 場合によっては新しい使い方も思いつくかもしれない。


 色々考えている間に必要な素材を収納できたので、思考を中断してインベントリを閉じると部屋の真ん中に置かれた調合鍋へと向かう。


 こちらも大層な名前がついているがただの大きな土鍋みたいなもので特殊な機能などは特にない。

 レオンは錬金鍋の前まで来ると再度インベントリを開いてから自分の全身に魔力を行き渡らせる。

 そうして身体強化を発動するとインベントリの中から水がめを抱え上げるようにして取り出し、プルプルと震えながらなんとか錬金鍋の横に置く。 


(自衛を考えるとこの身体強化についても検証、訓練が必要だよな)


 しなければならないことがどんどん山積みになっていく気がするが、一つずつ片付けていくしかないと自分に言い聞かせたレオンはひとまずは調合に集中することにする。


 なんとか水がめを設置して一息つくと靴を脱ぎ、錬金鍋の前に敷かれた厚手の布、作業スペースの上に移動する。

 そしてインベントリの中から柄杓を取り出すと水がめの蓋を開け、中の水をすくい上げる。それを柄杓の中に引かれた線で丁寧に量ってから錬金鍋に移し替えて行く。


 この水は街のそばにある森で汲んできた湧き水だ。

 理想はダンジョン内の水源から汲んだ水なのだが、そうそう調合士が汲みに行けるわけではないので一般的には他の水で代用されている。

 その水がポーションの原料として適しているかどうかは調合士なら魔力を通してみれば感覚でわかるので、各地の調合士達はそれぞれの場所でポーション作りに適した水源を見つけてそれを使っているのだ。


 レオンの母、ルシアの場合も街の近くの森にある水源を使っていた。

 レオンの住むプレージオの街周辺は魔物も少なく遭遇したしても十分逃げ切れる程度のものしかいないので危険もほとんどない。そのためインベントリのギフトを持つレオン自身もよく同行していた。

 また水質も比較的いい方なので環境としては比較的恵まれている。



 水を移し終えると今度はインベントリから透明な直径2センチほどの球体、魔石を取り出す。

 これは魔物……というよりはこの世界において魔力扱える生物の体内にある、魔力の発生器官のようなもので人間の体内にも存在する。


 今レオンが扱っているのはその中でも下から2番目の9等級のもので、出来上がるポーション品質も9等級となる。

 この魔石の品質が上がるとポーションの品質も上がるのだがレオンが扱っている素材で作れるのは7等級のものまでである。


 もっとも魔石は品質が上がるごとに値段も跳ね上がっていくので、需要のあるポーションはほとんどが10~8等級、稀に重症の治療に必要とされるのが7等級。

 それ以上は貴族や富裕層以外には手が出ない。そのため仮にレオンが作れたとしてもこんな地方都市では調合する機会もまずないだろう。 


 ちなみにこのポーションの等級とは調合に使われる魔石に合わせて格付けされただけのものであり、実際に調合で作られている最高品質は4等級まで、そのレシピも一部の調合士の秘伝とされている。

 それ以上の効果を持つポーションも迷宮の出土品としては発見されているのだが、貴重品であるために効果の比較などが難しく正確な格付けはされていないことが多い。

 そのため発見者や買い取った所有者が勝手に一級品などと呼んで売りに出しているのが実情である。

 そんな自称一級品でも欲しがる人はいくらでもいるので、万が一にでも手に入ったらトーレス家の借金なんかは簡単に完済できるのだが……



 魔石を10個ほど取り出したレオンは両手ですくう様にしてそれを持つと、調合鍋の上までもっていき調合のギフトを発動。

 レオンの両手からあふれ出した魔力はゆっくりと魔石の中へと浸透していく。

 そのまましばらく魔力を操り、完全に魔石全体へと自分の魔力が浸透したことを感覚で確認する。

 そして今度はすくう様に合わせていた両手をゆっくり開いていく。

 すると魔石はそのまま重力に身をゆだね落ちて……行くことはなく、そのまま空中にとどまり続ける。


 それを確認したレオンは、魔力を操作して魔石を水面ギリギリまで近づけると、今度は魔石の中身を絞り出すようなイメージで、魔石の中の魔力を水の中に移動させていく。

 すると透明な魔石が徐々に濁りはじめ、それにともなって水は輝きはじめる。

 そして完全に魔石の中の魔力が抜けきると、魔石はボロボロと崩れ落ち、水はひときわ大きな輝きを発する。


 その光が完全に収まると魔石は完全に消滅し、柔らかな光を微かに発する液体が調合鍋に残されていた。


 調合の第一段階、魔法水の完成である。



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