第9話 ニコニコ返済計画





 記憶の整理がついたレオンは深々とため息をついた。


 自分の記憶をたどってみて最初に感じたことは、無理やりにでも母親について行っていれば、という深い後悔の念であった。


 自分は子供とはいえもう12歳だ。馬車の旅にも十分耐えられる。


 ルシアはおおよそ月の半分を仕入れのため移動に費やしていた。

 もしインベントリのギフト持つ自分がルシアについて行っていれば彼女の仕入れの頻度を減らすことが出来た。


(少なくとも三ヶ月……いや、半年分くらいは一度で仕入れられたはずだ。しかも移動も手ぶらで済んだはずだし母さんの負担は格段に減らすことが出来たのに……)


 実際レオン自身も子供心に母を助けようと何度かついて行こうとしたのであるが、その度に笑って大丈夫だと断っていた母の言葉を鵜呑みにしてこの街にとどまっていたのだった。


(それでも強引について行っていれば……)


 そう思わずにはいられなかった。


 もっとも母を心から慕っていた子供のレオンでは結局は母の言うことに逆らうことはなかっただろうし、日本人の大人としての自我は母を失ったショックで芽生えたものであるのだからいくら後悔しても、仮にやり直せたとしても結果は変わらない。


 そう自分に言い聞かせてレオンはなんとか思考を切り替える。

 いつまでも後悔していても仕方ないし、それよりもこれからのことを考えなければならない。


 母がいなくなれば迷宮都市からの仕入れを始める前の状態に逆戻り……どころかあのサンチョに任せていたら良くてムゼッティ商会の飼い犬、おそらくは奴隷として使い潰されることになるだろう。

 当然、母の過労の原因となったムゼッティ商会の飼い犬なんてごめんだし、奴隷は論外だ。


 そうなるとそれを回避するために動かなければならないのだが、現状で思いつく方法は一つだけ、レオンがルシアの後を継いで仕入れを行うしかない。


 幸い『ストレージ』と『調合』のギフトを持っているため、能力的にはむしろルシアより効率よく仕入れを行うことが出来る。

 それに知識面についてはある程度ルシアに聞いているので、何も知らずに始めたルシアに比べれば自分は恵まれている。

 

 問題は肉体的な能力とどう見ても子供な見た目。

 

 身体能力については追々鍛えていくとしてもとりあえずの自衛手段は必要だろう。

 見た目についても現状どうしようもないので、せめて移動中だけでもトラブルを避けるためにフードでもかぶるしかない。


 そうやってとりあえず仕入れを成功させて、債務の返済を滞らせないことが当面の目標であるが、今後のことも考えておかなければならない。


 ルシアのように仕入れを成功させて、ポーションを販売するだけでは現状の維持は出来ても打開は出来ない。


 元々の債務の総額はこの世界の通貨単位で金貨1000枚、1000万リール。

 ものよって相場が全然違うので正確なことはわからないが、日本円に換算して1億円程度だろうか?

 そこから商会の財産を買い叩かれて支払った金額が600万リール、残りの債務が400万リール。

 この400万リールは分割で支払うことが許されたのだが、利息としてこの20%、80万リールを毎年固定で課されることとなった。 

 そしてこの年利を支払えなかった場合、もしくは30年以内に債務を完済できなかった場合は債権者、つまりはムゼッティ商会の裁量でいつでもトーレス家の人を含めた全財産を処分できることとなる。

 要はレオンたちをいつでも奴隷にすることが出来るようになるということである。


 しかしルシアのおかげでなんとか金利を支払えるようになったものの、この4年間元本にはほとんど手つかずの状態である。


 そのため今までルシアがして来た支払いに合わせて、あと26年の間に残りの400万リールも返済しきらなければならないのだが、そもそもレオンはあと26年もの間いわれのない借金の返済のためだけに生きていくなんてことはまっぴらごめんだ。


 そうなると現状以外にも何かしらの金策手段が必要になる。


 すぐに思いつくのは元々ルシアがサンチョに期待していた、ストレージを使った輸送である。

 迷宮都市でポーション以外の産物を仕入れて、この街……は恐らく邪魔がはいるので近隣の都市で売りさばく。


 これが現状では一番妥当な金策手段ではあるのだが、そのためには相場の調査が必要である。

 それに子供の見た目で飛び込み販売に行くのはさすがに厳しいだろうから、適正価格で買ってもらえる商品の卸し先も確保しておかなければならない。

 また上手く販売ルート確立できたとしても、どれほどの利益を見込めるかもわからない。


 そうなってくるとまず今一番必要なのは情報収集で、その情報収集のためにもまずは一度仕入れにいかなければ話にならない。


(そのためにはまずは体調を整えてからポーションの調合、納品をすませないとな)


 とりあえずの方針を決めたレオンが一息つくと同時に下の方向……つまりは自分の腹から盛大な音がなる。それと同時にかなりの空腹感を自覚する。

 考えてみればろくに世話もされずに寝込んでいたこの二日間まともに食事をしていなかった。


(まあ空腹感を感じるってことはいいことだよな。それにまずはご飯を食べて体調をしっかり整えてからの話だ)


 誰に聞かれたわけでもないがなんとなく恥ずかしくなったレオンは自分にそう言い聞かせると、とりあえず腹の虫を黙らせるためにベッドを後にするのであった。




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