第5話 火気厳禁
「てめえ何やってんだ!」
「ひいいぃっ!」
盗賊の首領の怒号と、走って逃げる御者の悲鳴。
場が騒然として殺気立ち、視線が女探索者一点に集まる。
それを見てレオンは決断する。
ちょうど脱ぐ振りをして外套の中に手を入れていたレオンは自分のギフトを発動。
そして自然な動作で右手を外套からだし前に突き出す。
その手に握られていたのはボウガン。
「なっ……オイ、まっ……グッ!」
その射線上にいた弓を持った盗賊は制止の声を上げようとするが叶わず、のど元に刺さったボルトに沈黙させられる。
声に反応した盗賊たちが振り返り倒れた盗賊を見る。
その間にレオンは身体に魔力を巡らせる。
『身体強化』といわれるこの世界の戦闘職に就く人々の間では一般的な技法だ。
ちなみにこれは誰でも訓練すれば使えるようになるのだが、戦闘系と言われるギフトを持つ人々は特にこの身体強化に対する適性が高い。
戦闘系ギフトを持たない人の2割から5割増し、天才といわれる人種は倍近い出力を発揮することが出来るようになる。
これがレオンのような戦闘系ギフトを持たない人間が探索者に向かないと言われる理由の一つである。
ボウガンを撃つために突き出した右手。それに合わせて引いた左手にいつの間にか握られていたのはちょうど掌に収まる程度のサイズの石。
なるべく小さなモーションで、しかし腰の回転、肘と手首のしなりで効率よく力を乗せて……
レオンからアンダースローで放たれた石は先ほど放たれたボウガンの矢にも劣らない勢いで風を切って盗賊の首領の顔面へと吸い込まれていく。
それに気付いた首領は反射的に避けようと動くが、回避は間に合わず僅か首をひねっただけで……
「ゴフゥッ」
頬に石がめり込む。
そのまま頭目は仰向けに倒れ、咥えられていた葉巻は火の粉をまき散らしながら踏まれていたゴードンの側頭部へ見事に不時着。
それに合わせてビクリと動いたゴードンの頭部であるが、一瞬の間を空けた後今度は激しく跳ね上がり葉巻は転がり落ちる。
そのあと少しプルプル震えていたゴードンの頭部であるが起き上がって来ることはなかった。
どうやらまだ状況がつかめてないようで狸寝入りを続けるようだ。
しかし自分たちをハメたゴードンに遠慮するつもりのないレオンはさらに外套に手を入れると今度は半透明の赤い球体を取り出す。
大きさはリンゴや梨よりやや小さい程度で質感はガラスのようにツルリとしている。
それを今度は下から山なりにひょいっと投げると見事にゴードンの頭部に命中する。
すると球体はあっさりと割れて中に入っていた液体が飛び散る。
そしてその液体が葉巻の先端部、つまりは火に触れた瞬間……
「ギヤアアアアアアーーーーー!!」
一気に燃え上がった。
頭部を炎に包まれたゴードンは叫びながら転げまわり叫び続ける。
それを蒼い顔で見て呆然としている盗賊たち。
その間にレオンは投擲でもう一人盗賊を昏倒させ、騒ぎに乗じて敵に接近していた女探索者がもう一人を仕留める。
前方に残る盗賊は一人、後方に三人。
「後ろはまかせろ」
そう言って後方にむかう女探索者。
レオンはそれに頷いてからセフィの肩にそっと手を置く。
ビクリと反応したセフィはゆっくりレオンを振り返る。
その顔色は悪く蒼ざめていたものの、目の力は失われておらずレオンの視線をしっかりと受け止めていた。
「大丈夫?」
「……大丈夫です。すみません、私……。私……大丈夫です、私も戦います」
それを聞いてレオンは感心するとともに安堵していた。
探索者になるならば当然命のやり取りをする覚悟が必要だ。
彼女の様子からこういう場に慣れていないことは明白だが、しかしそれに飲まれないように気をしっかりと持とうという意志がその瞳からは感じられる。
そしてもう一つ、場を混乱させるためとはいえ人の頭に火を放つという残酷な手段に及んだレオン。それに対する嫌悪や非難が彼女の視線に含まれていなかったこと。
そのことに何よりも安堵するレオンであった。
セフィは大きく深呼吸したあと腰に差した剣を抜き放ち、残った盗賊に向かって歩き始める。
普通ならここは無理をするなと止める場面かもしれないが彼女が目指すのも探索者。
こういう場面で動けなくなれば命を落とすことになる。
だからあえてそれを止めずに彼女を送り出す。
それと同時に後方からも剣戟の音が響いて来る。
女探索者の方も戦闘を始めてようだ。
レオンはどちらにもフォローに入れるように両者を見やすい位置に移動する。
「ヤアーッ!!」
自分を奮い立たせるためか大きく声を上げたセフィは、一気に盗賊に向かい踏み込むと剣を盗賊に向かい振り下ろす。
その斬撃は、普段のほんわかした雰囲気からは想像出来ないほど鋭い。
切りかかられた盗賊は初撃をかろうじて防いだものの、そのまま流れるように繰り出されるセフィの斬撃に防戦一方となる。
それを見てレオンは驚いたものの、少し考えて納得する。
貴族の生まれで戦闘系ギフトにも恵まれ、先生を招いて指導を受けた。
訓練所出身ではないものの、彼女こそが英才教育を受けたサラブレッドなのだ。
そう納得するレオンがいる一方、納得できない者もいる。
一方的に馬車を囲んで今後のお楽しみに思いをはせていたはずが、あれよあれよという間に周りの味方は倒れ、本日のメインディッシュと思っていたお嬢ちゃんは想像以上の剣技で自分を追いつめている。
実はこの盗賊、彼らの中では一番の剣の使い手でそこらの探索者にも負ける気はしなかったのだが、現状一方的に攻め込まれている。
「グッ……、ちょ、調子に乗るな小娘がぁー!フレイムエッジ!!」
そう叫ぶと盗賊の剣が一気に燃え上がり、その刀身は真っ赤に染まり熱を帯びる。
付与系ギフト『フレイムエッジ』。
火属性の付与系ギフトの一つで武器に炎を纏い、その切断力を上昇させたうえ、切った相手に炎による追撃を加える。
戦闘ギフトにおいてポピュラーなギフトで単純な効果であるものの、その分使い勝手もよく上級探索者にも使い手は多い。しかし……
「ホーリーエンハンス」
付与系ギフト『ホーリーエンハンス』。
聖属性の上級付与系ギフト。すべての聖属性付与系ギフトを扱えるようになり、複数の効果を同時に付与することも出来る。
主に上級貴族や王族に所持者が現れるレアギフトで、持っているだけで近衛騎士団へ推薦条件を満たすと言われている。
盗賊の振り下ろした燃え盛る剣は、セフィの光を帯びた剣により弾き返されるとそのまま盗賊の手を離れ後方の地面に突き刺さる。
「ッ!……バカな……ま、待てっ!」
そして振り上げられたセフィの剣は、美しい光の軌跡を残しながら盗賊の首元に吸い込まれていった。
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