第4話 はい、検問でーす


 暫しの休憩を終えた馬車は出発するとすぐに森越えの道へと差し掛かった。


 今までの開けた景色から見通しが一気に悪くなり、周りの空気もひんやりとして木々の香りが混じり始める。

 馬たちも心なし緊張した様子でその歩みも今までより少し速足に感じる。

 無遠慮な護衛の二人も話はするもののその声は潜められ明らかに緊張した様子である。


 難所といっても実際襲われる可能性は10に1つもあるかないか。

 しかもそのほとんどは小物のモンスターが数匹現れる程度でそれも護衛の探索者が軽く始末をしてしまう。


 そのため本来それほど緊張する必要もないはずなのだが、馬車の中は先ほどまでとは違って妙に張りつめた空気に支配されていた。


 それは予感というものなのか、もしくは何かしら危険を知らせるシグナルを無意識に感知していたのか、実際こういう場合は得てしてよくないことが起こる。


 森に入って10分ほど経過した頃、前方の道を塞ぐように馬車が横向きに止まっているのが見えた。

 レオンたちの乗った馬車はそれを視認すると速度緩め、その手前10メートルほどで停車する。


 すると護衛の片割れ、大柄な方のゴードンが「確認してくる」と言ってこちらの馬車を飛び降り、停車している馬車にゆっくりと近づいていく。


 そのまま馬車の後方に回り込み後方からの馬車の中を覗き込んだところで動きを止める。そして降参を示すようにゆっくり両手を上げると後ずさるように向こうをむいたままこちらに下がって来た。


 それに合わせて複数の男たちが馬車から降りて来る。

 彼らは身なりは汚いもののしっかりとした武装に身を包んでおり、そのうち一人は弓に矢をつがえていてその先端はゴードンに向けられている。


 さらにこちらの馬車の後方からした物音にレオンが気付き振り返ると、複数の男たちが現れ馬車の退路を断つように立ちふさがった。


 結局前方の馬車から5人、後方に3人、合計8人の武装した男達に前後を挟まれることになった。


 ほぼ間違いなく盗賊であろう。


 そう思ったレオンの推測を肯定するかのように、馬車から最後に降りて来た葉巻をくわえた男が口を開いた。


「馬車の中にいる奴、全員降りてこい」


 そう大声で命令すると威嚇するように腕を組んで馬車を睨みつける。


 車内の人間は顔を見合わせるがゴードンの相方パトリックがチッと一つ舌打ちをすると「おい、降りるぞ」と誰にともなく言って馬車から飛び降りた。


 レオンも一つため息をつくとそれに従い、その後セフィ、商人のエドと続いた。最後に女性探索者が、嫌そうな顔でゆっくりと馬車を降りる。


 そのまま全員見える位置に並べと言われ、弓を向けられているゴードンを前方に残したまま、それ以外の面々は馬車の前で横一列に並ぶ形となった。


 レオンは一番左に位置し、となりにはセフィ、そのままエド、女性探索者、パトリック、御者と並ぶ。


 そして全員が並んだところで先ほどのリーダーらしき盗賊が口を開こうとするが、それを遮るかのように弓を向けられたゴードンが先に口を開く。


 「おい、交渉だ。悪いが宝石などの類は持ってねえが財布はちゃんと渡す。この人数だし他の奴らだって下手に逆らったり隠したりもしねえはずだ。ここは……ぐわぁっ!!」


 そこまで言ったところで弓を構えていた盗賊から矢が放たれゴードンの胸元に突き刺さる。

 矢を受けたゴードンは革鎧を着ていたものの至近距離だったせいか、当たり所が悪かったせいかこちらに背を向けて倒れたまま起き上がってこない。


 エドが「ひぃっ」悲鳴を漏らし、セフィは倒れたゴードンを見て彼に駆け寄ろうと前に出る。

 それを見たレオンはとっさに彼女の肩に手をかけて無理やり止める。そして振り返ったセフィの眼を見て少し驚いた。


 そこにあった青い瞳には恐れや怯んだような色は一切なく、怒りと強い意志が宿っていたからだ。

 そんな彼女の瞳に一瞬気おされそうになったレオンであるが、それを振り払い、彼女の眼を強く見返してから首を横に振る。


 それに納得いかずしばらく強い眼差しでレオンを見ていたセフィであるが、やがて根負けしたように深く目をつむると、一つ頷き身体の力を抜いて改めて盗賊たちの方に目をやる。


 身構えてセフィの様子を窺っていた盗賊の首領らしき男であるが、セフィが寄ってこないのを見ると倒れたゴードンに歩み寄る。

 そしてその身体をおもむろに踏みつけると、芝居がかった動作で葉巻を吹かしてから再び口を開く。


 「全く誰が勝手にしゃべっていいっつったんだよ。てめえらは俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ。とりあえず全員着ている外套を脱いで下に置け。それから武器の類と金目のモンを全部その上に置きな。そうすりゃ命だけは助けてやる」


 そう言った後、もう一度葉巻を上に吹かしてから全員を見回してニヤリと笑う。


 それを聞いていち早く動きを見せたのは生死もわからず足蹴にされているゴードンの相方パトリック。


「お……おい、お前ら全員従うぞ。こいつら普通の盗賊じゃねえ。交渉なんて無理だ。下手に逆らうとすぐに殺されるぞ」


 そういって外套を脱ぎ前に置くと、ガチャガチャと武装を解除し始める。

 どうやら相方の敵討ちや護衛としての矜持には興味はないようだ。


 それを呆れたような眼で見ていた商人の男エドも諦めたようにため息をつき外套を脱ぎ始める。


 しかし残りの三人、女性探索者とセフィ、レオンは動かない。

 この三人は商人のエドとは違い戦う術を持っているからだ。

 だが武装を解除してしまえばその機会は失われてしまう。


 もちろん抵抗すれば相手は容赦なく殺そうとしてくるだろう。

 だが言うことに従って武装を解除したとして、護衛をあっさり攻撃した盗賊が自分たちを無事に解放するだろうか?


 護衛の探索者を殺した盗賊は探索者ギルドに指名手配され探索者たちから付け狙わることとなる。それなのに彼らは素顔を晒している。

 これは恐らく目撃者たちは行方不明か死亡する前提なのではないだろうか?


 もしそうならば結局レオンたちは殺されるし、容姿の整った女性陣はそれ以上に最悪な末路だ。


 そこまでレオンが考えたところで盗賊のリーダーが業を煮やしてかのように再度口を開く。


「さっさとしねえかてめえら、ぶっ殺すぞ!犬っコロと素人のガキ二匹が何か出来るとでも思ってんのか?それからそこのガキはインベントリも開けて中身を全部出せ。コソコソ隠そうとしても無駄だからなぁ」


 そう言ってレオンを見た盗賊はニヤリと笑う。

 どうやらこっちの手の内はお見通しだと言いたいのだろうが所詮は盗賊、それは悪手だ。

 疑惑が確信に変わり方針は決まった。


 レオンは先ほどまで滞在していた街ラブールに知り合いはいるが、誰彼構わずインベントリのギフトについて公言していたわけではない。

 信用の出来る知り合いにしか話していないし、今回の滞在中に人前で使ったのも一度だけ。

 セフィとの買い物の最中に店内で荷物を収納するために使っただけで、それを見ていたのは店員とセフィだけだ。

 しかしセフィの様子から盗賊の協力者とは考えにくいし、実のところその店の店員は顔見知りだったのであの店から情報が流れることもあり得ない。


 そうなるとこの界隈でレオンがインベントリ持ちだと知っていて盗賊に情報を流しそうなのは乗合馬車の乗客だけ。

 伝達のタイミングは先ほどの休憩中のみ。

 あの時馬車から離れた中で明らかに盗賊と関係なさそうなセフィを除外すると、休憩中に同行していた女探索者も除外される。

 つまりはこいつらの仲間は護衛の二人。一緒に仕事をしている御者もほぼ間違いなくその一味。

 そして恐らくこの馬車は次の目的地、ペリテの街に着いたころには初めから乗客は乗ってなかったことになるのだろう。

 

 もっともそれが分かったところで人数比が8対7どころか実際は11対4であったことを理解できてしまっただけである。

 ますます不利になってしまった状況にレオンは頭を抱えたくなった。


 だがとにかく状況が分かり、抵抗することも決めた。

 あとは仕掛けるタイミングなのだが……。


 そう思ってとりあえず抵抗の意志を悟られないように外套に手をかけようとした刹那……

 横手からカチャッと金属音がしたかと思うと「ぐわぁっ!」という悲鳴がそれに続く。

 それに反応してそちらを見た全員の眼に映ったのは、崩れ落ちるパトリックと、その横で血濡れの短剣を持って立っている女性探索者だった。

 


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