第3話 サービスエリアにて
旅程を順調に消化していた乗合馬車であるがこれからこの旅程の唯一難所である森の間を抜ける箇所に差し掛かる手前で馬たちの休憩、給水のために少し停止することになった。
この世界にはモンスターが生息しており野生動物と同様に食料と遮蔽物の多い森の中に住んでいるものがほとんどだ。そのため森の中ではモンスターと遭遇する可能性が高まる。
また視界が悪くモンスター以外のもの、つまりは盗賊の類も潜んでいる可能性もあるため馬たちの体調も万全にしておこうというわけだ。
馬車が完全に止まるとレオンとソフィも身体を伸ばすために馬車から降りる。
それに続き残りの乗客たちもゾロゾロと馬車から降りて来る。
まず姿を見せたのは女性の探索者。
全身を外套に包んでいて車内でもフードを被ってまま名前も名乗っていない。
フードの奥に見える顔は整っているが切れ長の目に琥珀色の瞳が鋭い印象をあたえている。肌の色は薄い褐色で髪色は黒。外套の隙間から剣の鞘らしきものが見えるし身動きするときに金属音も交じっていたため一通り武装はしていると思われる。
彼女は迷宮都市で活動している探索者らしいのだが、故郷に用事があって帰郷していたそうだ。比較的無口で不愛想だが、こちらを嫌っているというわけではないらしく受け答えはしっかりしてくれた。
旅慣れた様子からも周りと深く関わらないようにしているといったところであろうが、唯一の女性かつ迷宮都市の探索者ということもありセフィが最も懐いているのも彼女であり積極的に話しかけられて少し戸惑っていた。
レオンが見たところ落ち着いた様子やその所作からやり手の探索者だと思っていたのだが、本人曰くまだまだ駆け出しらしくセフィから色々質問されても探索者なら誰でも知っていそうな質問にしか答えていない。
この辺りについては、探索者は自分の手の内や知識について容易に明かさないのが一般的なので本当知らないのか答えていないだけなのかは微妙なところなのだが、セフィは気にした様子もなくご満悦でさらに色々と聞いては喜んでいた。
もっともこのことが余計に彼女を困惑させているらしく、たまにレオンは助けを求めるような視線を感じていたのだが気付かない振りをしておいた。
次に降りて来たのが探索者の男二人組。
大柄でよくしゃべり少し粗野な感じのゴードンと、中肉中背でキョロキョロと良く動く目で周りをよく観察していた要領のよさそうな男パトリック。
彼らはこの乗合馬車の護衛である。
この世界で探索者と言えば「迷宮都市に集まり、迷宮に挑み、そこで得られる素材などを売って生活し、あわよくばお宝を得て一獲千金をめざす人々」というのが一般的な認識である。
しかし実際に迷宮都市にいる探索者は全体の半分に過ぎず、残りの探索者たちは戦闘経験を活かしてこういった仕事についたり、また少ないながらも地方に点在する他の迷宮にもぐったりしている。
ではたった二人で魔物のいるこの世界の護衛として成り立つのかという疑問もあるのだが、迷宮にいるものを除き人類の文化圏にいる魔物は野生動物の延長みたいなもので基本的には少なく、そして弱い。
もっともそれでも一般人には脅威であることは間違いないので彼等のような護衛が必要なのであるが、他にも盗賊に対する抑止力という意味合いもある。
乗合馬車は人員の輸送用であり利用者も一般人なので金目のものが乗っている可能性は少なく、襲っても儲けは基本的に薄いのだがそれでも襲われることはある。
その際護衛が乗っていればそれと命懸けで戦うリスクを冒してまで少ない利益を得ようとはしないだろうということだ。
それに万が一戦闘になれば当然護衛の探索者に死傷者が出る。
そうなると今度は探索者ギルドにより本格的な討伐隊が編成されることとなり、手を出した盗賊たちは手練れを含む多くの探索者たちに追い回されることになる。
これはもちろん面子や仲間意識、報復という意味合いもあるが探索者に手を出すと痛い目を見るぞという自衛のための示威行動でもある。
そのため実際盗賊が現れたとしても基本的には交渉になることが多く、財布の中身や持っている荷物など渡せば去っていくことがほとんどで戦闘になることはほとんどない。
そういう意味で彼等乗合馬車の護衛は戦力ではなく抑止力なのである。
それ以上の戦力は乗合馬車の護衛としてはコストがかかり過ぎて現実的でない。そもそも護衛自体の給料もかなり安く彼等自身命懸けで戦う意志は乏しい。
それでも実はこの仕事は意外と人気がある。
まず護衛には食事と宿が提供され生活が保障されていること。
戦闘になることが少なくリスクが低いこと。
そして無料で馬車に乗れること活かして、手紙の配達や物品の輸送の依頼を受けて小銭を稼げることである。
むしろこの副業ありきでこの安価な護衛の仕事が成り立っていると言っても過言ではない。
もっとも調子に乗って高価な物品を届けたりして荒稼ぎをしたりすると、護衛が盗賊を引き寄せるなんて本末転倒なことにもなりかねないので、主に盗賊にとって価値の低い手紙の輸送が好まれている。
最後に馬車から降りて来たのは商人の男エド。
さえない中年といった感じの小太りな男で頭頂部は少し寂しい。
もっともさすがは商人といったところで温和な雰囲気で話しやすく、先ほどゴードンがセフィの身の上を聞いたことをたしなめたように気が弱いわけでもない。
エドは田舎の方で小さな商店を営んでいる商人で、今回は迷宮都市の大手商会に取引をお願いしに向かうところだそうだ。
この世界における重要な資源の産出地である迷宮であるが、その約半数は迷宮都市に集中しており、そこでしか取れない素材は多い。
そのため迷宮都市に居を構える商会は希少な素材、高価な素材を扱っていることが多く地方の商会からすればそれらとのコネクションはぜひとも欲しい。
迷宮から離れた国や地域によっては、間に何件も商会を挟んでいたり一部の商会が独占したりしていて、これらの素材の末端価格が10倍以上に跳ね上がるなんてことも少なくないからだ。
エドの住んでいる地域でもルートを独占しているのをいいことに暴利を貪り、薬の素材を譲る代わりに無茶な要求をするなどやりたい放題の商会がいるらしい。
これを聞いた時レオンの瞳には憎悪に似た剣呑な光が一瞬宿ったもののかろうじて自制し、咳をする振りをして顔を伏せてその間になんとか表情を戻した。
もっとも正面からレオンと向かい合って話をしていたエドにはしっかり見られていたであろうが、さすが商人らしく少し驚いた様子は見せたもののそれに触れてくることはなかった。
馬車を降りた面々は思い思いの場所で腰をひねったり腕を伸ばしたりして身体をほぐしていた。
そんな中、護衛の探索者二人組はおもむろに森の方に歩き始める。
それを見たセフィが思わず「あっ」と声を上げるが、周りが気にした様子もないことに気付き、暫し考えてどうやら目的に思い至ったようで少し顔を赤らめるとそのまま声をかけずに見送る。
また女性探索者も同様に少し方向はずれているものの森の方向に向かい歩き出す。
すると先行していた探索者の片割れ、大柄な方のゴードンが厭らしい笑みを浮かべて女性探索者に話しかける。
「なんだ、姉ちゃん。連れションに付き合ってくれんのか?」
「…………」
それを聞いた女性探索者は嫌悪感も露わに顔をしかめてため息を吐いた後、彼らから離れるように方向をずらして森に向かう。
ゴードンはまた下品に笑い声をあげるがさすがに彼女を追うことはせず、相棒にたしなめられて森に向かう。
それを見ていたセフィは女性探索者の方に手を伸ばし何か言おうとしたのだが、上手く声をかけられず落ち着かない様子で女性探索者の後ろ姿を目で追っている。
そんなセフィの様子から察したレオンは少し考えた後セフィに声をかける。
「セフィ、一人で森の中で無防備な状態になるっていうのは危険だ。だけどさすがに僕が彼女に付いていくわけにはいかないし、悪いんだけどついて行ってあげてくれないかな?」
そう声をかけられて少しビクッとしたセフィであるが言われた内容を理解すると
「そ、そうですよね。私行って来ます」
そう言って「待ってくださーい」と声をあげながら女性探索者を走って追いかけ始める。
そんなセフィに反応して振り返った女性探索者は追いかけて来るセフィに気付き足を止めると、チラッと呆れたような視線をレオンに向けた。
それから逃げるように反対方向を向いたレオンであるが、そこにいて二人のやり取りを見ていたらしきエドの生暖かい視線と目が合い、恥ずかしそうに苦笑するのであった。
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