第2話 ドナドナ



 改めて自己紹介をしたレオンに対し、彼女は自分がまだ自己紹介すらせずに話し続けていたことに気付き顔を青くして慌てて自己紹介を始めたのだが……


「あ、も、申し訳ありません。わた……あ、アタイは探索者をめざしてるセフィってんだ。よ、よろしくお願いします」


 と何故か口調がカオスに戻っていた。


 それに吹き出しそうになりながらもなんとかこらえたレオンは早速本題に切り出すことにする。


「少し言いにくいことなんだが気を悪くしないで聞いてほしい……」


 そう切り出したところセフィは


「ご、ごめんなさい。やっぱり私、一人でしゃべり過ぎましたよね?いつも注意されてたのに楽しくなってくるとすぐに忘れちゃって……本当に申し訳ありません」


 と謝り始める。


 それをやんわりと遮ったレオンは、彼女との会話自体は自分も楽しかったこと、伝えようとしていることは全然違うことを説明してとりあえず彼女を落ち着かせる。


 そして身の上を探るつもりはないが、どう見ても貴族かそれに近い身の上が丸わかりであること、中途半端な口調が違和感だらけなこと、そしてこのまま世間知らず丸出しでは色々と悪意にさらされるであろうことなどオブラートに包んで説明した。


 それを聞いていたセフィは会話が楽しかった云々のくだりでは嬉しそうにニコニコ笑っていたのだが、レオンが話を進めるにつれ、身の上を当てられたことに動揺し、演技が的外れであったことに愕然とし、身の危険を知らされ蒼白となった。


 ちなみにあの変な口調は以前観劇に行った時に見た女海賊の口調を真似たらしい。


 なぜ探索者を目指すのに女海賊を真似たかは触れないでおくことにしたレオンはとりあえずの間に合わせとして、現在身に着けている高級そうな外套を脱いで一般的な品質で全身を覆うようなフード付きの外套を買うことを彼女に提案した。


 そしてその提案に一も二もなく飛びついた彼女の縋るように目に負けたレオンは、結局彼女の買い物に付き合うことになり、ついでにさりげなく聞いてみた二つのスーツケースの中身は予想通り衣類で埋まっていることが発覚し、結局旅に必要な物を買いに半日かけて色々な店を回ることとなった。



 その結果、日に2本しかない乗合馬車を1本逃してしまった二人は、出発しそうであった午後の便を大声で呼び止めギリギリ滑り込むことになった。



 「ハア……ハア……す、すみません、私のせいで午前の便を逃してしまって。この馬車ではとなりのペリテの街までしか行けませんよね」


 「ハア……ハア…………ゲホッ……。い、いや気にしないでいいよ。特に急いでいる訳じゃないしね」



 息を切らして会話する二人がいるのは幌馬車の車内。詰めて座れば10人以上入れそうな車内に他の乗客は4人。探索者か傭兵か、武器を帯びている男が二人に女が一人、商人風の男が一人だ。

 そんな他の乗客たちは興味深そうに、あるいは呆れたように二人を見ている。


 そしてようやく息が整ってきて人心地ついたセフィは自分たちが周りの視線を集めていることに気付き、顔を赤くしてアタフタと再び落ち着きをなくしてしまう。


 そんなセフィをレオンはなだめた後、周りの同乗者たちに馬車を呼び止めて迷惑をかけたことを一緒に謝罪した。

 同乗者たちは笑って謝罪を受け入れくれ、結局このことがきっかけとなり同乗者たちと会話することになった。


 馬車が出発して2時間ほど経った頃。

 車内ではいつの間にかセフィが中心となって和やかに会話が交わされていた。


 その会話に所々で加わりながらも、一歩引いて周りを観察していたレオンはそっと息を吐いた。 

 そこには安堵とため息が半々に込められていた。安堵は馬車内の和やかな雰囲気に、ため息はあっさりと身バレしてしまったセフィに。


 乗合馬車は料金さえ払えば、余程身なりに問題でもない限りは誰でも乗ることができるため、危険な人物や粗暴な人間に出くわすことも少なくない。だからトラブルを避けるために周りと距離を置く人が多い。

 そのため車内での会話は基本的に少なく、場合によっては妙に張りつめた空気になり非常に居心地が悪いなんてこともよくある。


 しかし今回はセフィの少し世間ずれしたほんわかした雰囲気に周りの警戒も薄れ、随分と会話が弾んでいた。

 ただその会話の中で大柄な探索者の男に「貴族か?」と聞かれ、見事に動揺してしまったセフィの出自を隠すのはやはり難しいようであった。


 その探索者の男も、商人風の男に窘められてそれ以上は深く聞いては来なかったのだが、この馬車に乗っている全員が恐らく彼女が貴族の生まれであろうことは見当がついているだろう。


 馬車まで走って来て汗をかいた彼女は、外套を脱いでフードを取っている。そのためよく手入れされたプラチナブロンドの髪も、整った顔立ちも周りに晒してしまっている。

 さらに洗練された上品な仕草や丁寧な口調、会話の端々に感じられる世俗の知識の少なさ……多少察しのいい人間なら容易に彼女の出自が想像できてしまうことだろう。


 こうなると普段の移動などはトラブルを避けるためにフードを深くかぶってごまかすにしても、顔を晒す場面では下手に隠すよりも堂々と貴族らしく振舞い、後ろ盾を匂わせた方がトラブルを避けられるかもしれない。


 ……とそこまで考えてレオンは自分が随分と先走っていたことに気付く。


 お互い迷宮都市に行き探索者になることは決まっているが、今後セフィと一緒に行動すると決まったわけでもない。

 それなのに自分はすっかり彼女の保護者気取りであった。

 最初はトラブルを避けるために関わることを渋っていたくせに、あっさりとほだされてしまった自分に呆れてしまう。


(そもそもこっちがその気でも彼女に断られる可能性がある……どころか俺の能力を考えると断られる可能性の方が高いのに……)


 そしてそうなった時のことを考えみると……レオンは思った以上に気分が落ち込んでしまった。  

 しかしそれに気付いたセフィに心配されてしまい、慌てて取り繕うことになってしまった。



 そんな二人の様子を見ていた中肉中背の探索者風の男が、今度はレオンに対して声を掛けて来る。

 どうやらこの男と先ほどセフィの出自を聞いた大柄な探索者が相棒のようで、女性探索者は別口のようであった。


「それじゃあそっちの兄ちゃんはこの子の護衛か従者といったところかい?」


「いえ、先ほどの街で知り合ったばかりですが、たまたま同じ探索者志願者だったのでご一緒させてもらってるだけですよ」


 無難にそう答えたレオンであるが、それに納得のいかなかった約一名がそれに対して反論する。


「そんな、私が一方的にお世話になっているだけじゃないですか。何も知らずに色々足りなかった私に旅に必要な物とか知識を教えてくれましたし……レオンさんすごいんですよ!買い物するときも材質とか相場とかいろんなことを知ってて、それで店員さんと交渉して凄い値引きしてもらいましたし……」


 なぜかムキになって自分の弁護(?)を始めたセフィに嬉しさを感じつつも思わず苦笑してしまうレオン。

 確かに交渉が上手くいき手頃な値段でセフィの身の回りの物を買えたものの、つい熱くなりすぎて時間がかかってしまったせいで馬車に遅れかけたのだ。

 あまり胸を張れることでもなかった。

 そのことを内心で思い出して反省していたレオンであったが、そこに先ほどの探索者から再び質問が飛ぶ。


「ふーん、旅にも慣れた様子だしそんな色々知っているってことはどっかの農村から出て来たって感じじゃねえな。探索者の弟子か……もしくはどっかのクランの訓練所出身か?」


(……先ほどの相棒といいずいぶん無遠慮に聞いてくるな)


内心少し呆れて適当に流そうかと思ったレオンであるが、横から向けられてくる何かを期待したような視線に気づいて少し考えなおす。


 クランというのは主にパーティー単位では処理しきれない大規模な討伐や依頼を受けたり、情報や技術を共有するために組織された探索者の集まりである。

 2,3組のパーティーが集まってできた十数人規模の共闘関係のようなものから、完全に組織化された数百人規模の連合体のようなものまでその形態は様々である。


 そして後者のような巨大クランの場合、人材の青田買いのために迷宮都市以外の大きな都市に訓練所を設置していることがある。

 訓練所はいわゆる奨学金付きの学校のようなもので才能、つまりは探索者にとって有望なギフトさえあれば無料で入ることが出来、農村や貧困層出身の者のために食事つきの寮まで完備しているところも多い。


 当然そこでかかった費用は実際に探索者になってから返済しなければならないし、クランに所属することも義務付けられている。

 しかし優秀なギフト持ちが英才教育を受けるのだから新人の中ではその実力は突出しており、さらに大手クラン所属となるため傍から見れば完全なエリート候補生なのであった。

 またそういったクランの訓練所とは違い個人単位ではあるものの、引退して地方に引っ込んだ探索者が弟子を取ることがある。

 その場合も同様に即戦力のホープと目されることが多い。


 つまりレオンはこの探索者から「すでにある程度実力をもったエリート候補生なのか?」と聞かれ、セフィはそれを聞いて目を輝かせてレオンを見ているというのが現状である。


 しかし残念ながら的外れもいいところで、レオンはエリートどころか探索者としては微妙な……下手した誰にも相手にされないか寄生を疑われるようなギフトの持ち主だ。

 もちろんレオンとしてはそれでもそこらの新人よりは上手くやれる自信はあるし使い方によっては十分上を目指せるとも思っている。

 だからセフィには後々、自分の能力について丁寧に説明して理解してもらえればと思っていたのだが……

 この余計な冒険者のせいでセフィに変な期待を持たせてしまい、ハードルが上がってしまったことにレオンとしては舌打ちしたい気分であった。


 ただこのまま誤解させておいてもいいことはないので、とりあえず軽く身の上は明かすことにした。


「いやいや、そんなエリートなんかとんでもない。調合士の家に生まれたので仕入れのために旅をすることが多かっただけですよ」


「へえー、それであんなに色々知ってるんですね……あっ、調合士ってことはレオンさんもポーションとか作れたりするんですか?」


「そうだね、一応親から習ったから基本的なものは一通り調合出来ると思うよ」


「凄いですね!あれだけ色々知ってて調合まで出来るなんて!」


 露骨にガッカリして見せるような性格ではないだろうと思っていたが、ここまで素直に褒めてくれるセフィにレオンはホッとする。

 ただ探索者の男の方は予想通り微妙な反応だし、他の同乗者たちも少なくともポジティブな反応はしていない。

 ここでこの話が終わればよかったのだが、やはり無遠慮な探索者はさらに踏み込んでくる。


「なぁ、ポーションを作れるってことは『調合』のギフトをもってるってことだよな?ってことは戦闘系のアビリティはなしってことかよ。そんでなんかいい補助系アビリティもってんのか?」


 正直パーティーを組むわけでもないのに教える必要もないし、無遠慮に聞いて来るのも明らかにマナー違反だ。


 だが、現役の探索者の反応を見てみたいと思ったのであえて答えてみることにした。


「他には一応『ストレージ』を持ってます」


「……『ストレージ』かよ……」


「あれ便利ですよねー」


「…………」


 買い物の際に『ストレージ』見せたセフィは羨ましそうにレオンを見ていたが他の面々の反応は微妙だ。


 確かに荷物持ちとしては優秀だが戦闘の役には立たないと見られたのだろう。


 聞いて来た男の探索者は微妙そうに顔をしかめ、その相方の大男の方は露骨に見下すような目でレオンを見てニヤついている。

 商人風の男はさすがのポーカーフェイスで微笑みを顔に貼り付けたまま反応はうかがえないが、女性の探索者は無表情ながら心なし目元がきつくなったように見える。


 やはりこうなったかとレオンはため息をつきたくなったが、分かっていたことだから仕方ないと割り切ることにした。


 それよりこの馬車の中を満たす微妙な空気をどうしようかと考えたところで馬車が緩やかに減速をはじめ、休憩を告げる御者の声がレオンを窮地から救い上げた。



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