まぜるなキケンー調合士の迷宮探索

十並あそん 

プロローグ 

第1話 なんか変なのに絡まれた



「こんにちは、そこの兄ちゃん。アンタも探索者志望の方ですか?」


そこは複数の街道が交わる地点にある中規模な交易都市ラブールの城門前の広場。

南東の国境沿いにある町ペリテへと向かう乗合馬車の停留所。


 突然柔らかい声で、しかし妙にちぐはぐな口調で話しかけられた青年は怪訝そうに振り返った。そして声をかけた相手……恐らくは10代とみられる若い女性を見て微かに驚いたように眉を動かす。

 しかし青年はそれに気づかれないように取り繕うと、にこやかに笑みを浮かべて答えを返した。


「ええ、そうですよ。『も』ということはあなたも探索者志望の方ですか?」


「えっ……ええ。わたっ……アタイも探索者になるために迷宮都市に向かうところです」


 すると声をかけてきた女性は丁寧に返されたことが意外だったようでわずかに慌てたような様子を見せる。

 しかしその反面ホッとしたようでもあり表情から少し硬さが取れた。


 そのままその女性と青年の間で当たり障りのない会話がしばらく続く。


 その間も青年が丁寧に対応していると、最初は恐る恐る話していた少女も徐々に打ち解けていき、数分もすると柔らかい表情でこれから向かう迷宮都市のあれやこれやについて話すようになっていった。


 そうして話し続ける彼女ににこやかに相槌をうちながら、青年は改めて目の前の相手を観察する。


 (年は……十代後半かな?一見すると……いや、百歩譲ってかなりひいき目にみると、かろうじて旅装に身を包んだ……金持ちで異常にきれい好きな探索者に……見えないことも……ないかな?)


 艶やかでサラリと柔らかそうなプラチナブロンドの髪。

 目鼻立ちがはっきりとした整った顔立ちに、こちらを真っすぐ見つめる蒼い瞳。

 見たことのない質感のナニカの革で出来た鎧と、それを覆う手触りのよさそうな外套。

 そして彼女の左右には大きなスーツケースが一つずつ……


(貴族……だよな?)


 さすがに確証はないが貴族かそれに近い富裕層出身であろうことは容易に見て取れる。

 しかしさりげなく辺りを探ってみるが彼女の連れのような人物は見当たらないし、彼のわかる範囲では監視されている様子もない。


「あっ……私、戦えなさそうに見えますか?けどこう見えてきちんと先生をお呼びして剣術を学んでたんですよ」


(うん、貴族だ)


「恥ずかしながらギフトは聖騎士の心得とホーリーエンチャントなんてありきたりなものなんですけど……」


(うん……両方ともフィレット王国の貴族が持つと言われているギフトだし貴族社会ではありきたりなのかもね。でもそれって持っていたら近衛騎士団に入れると言われているギフトのうちの一つだよね?)


 『ギフト』というのはこの世界の人間が生まれ持つ特殊な能力のことで、一般的には1~3個持って生まれて来ると言われている。

 後天的に獲得することもあり、その際には新種のギフトが生まれたりもするのだがそれは極めて稀なケースだ。

 基本的には生まれ持つものであり……そしてそれは遺伝することが多い。


 つまり貴族系のギフトを持つ彼女は貴族出身であることがほぼ確定なのだが、そのわりには連れが一人もいない。


(最初のカオスな口調も身分を隠そうとしていた結果のようだし……やっぱわけありだよな)


 しかしそうなると彼女の身の上に触れるべきではないし、そもそも彼女に関わること自体が厄介ごとの種になりかねない。

 

(けどなぁ……)


 改めて彼女を見る。


 話し続けてすっかり緊張も解け、ついでに妙な口調については完全に忘れてしまったようで、丁寧な口調で楽しそうに話し続けている。

 

 とても素直でいい子なのだろうということは見ていて想像がつく。


 ただ彼女は世間知らずのお嬢様。

 ここで自分が関わらないことを選択した場合、探索者となった彼女の末路は想像がつく。


 良識ある探索者ならば厄介ごとは御免だと彼女を避け、彼女がネギを背負ったカモに見える奴だけが彼女を歓迎するだろう。

 万に一つ、お人よしに出会える可能性もないわけではないだろうが……


 そこまで考えて彼は大きく息を吐く。


 それにビクッと反応した彼女は話すのをやめ、バツの悪そうな……そして少し怯えたような顔でこちらを窺っている。

 どうやら一人でしゃべり過ぎて嫌がられたと思ったようだ。

 本当に考えていることが表情によく出ている。


「……フッ……ハハハ……」


 そんな彼女をみていると思わず笑いがこみあげて来た。


 こんな子が火中に飛び込むのを黙ってみておくことは自分にはどうやらできそうにない。


 それに自分だって組んでくれる相手に恵まれないであろうことは想像に難くない。

 

 なにより……


(これからはやりたいように生きていくと決めたしな)


 ここで声を掛けられて知り合ったのも何かの縁。

 それなら今後彼女が困らないように多少手を貸すのもいいじゃないか。

 トラブルに巻き込まれたならその時はその時だ。

 

 なかばやけ気味に決心した彼は笑いを収めると姿勢を正し、真剣な顔をして彼女に向き直る。

 それをキョトンとした表情で見つめる彼女。


 そんな彼女に再び笑いが込み上げてきそうになるがそれをこらえてとりあえず自己紹介から始める青年、レオンであった。





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