第6話 人は見かけによらない
崩れ落ちる盗賊の眼から光が失われていく。
その瞬間を見てしまったセフィは思わずそこから目をそらす。
『探索者になる』、そう決めた時から、いや漠然とだがそれ以前から……この授かったギフトを鍛え始めた頃からその手で人の命を奪う覚悟はしてきた。
してきたつもりだったのだが……心臓は跳ね上がるほど激しく動き、なのに顔から血の気は引き、のど元には吐き気が込み上げて来る。
剣を鞘に納めようとするが何故か上手くいかず、その手元を見て初めて自分の手が震えていることに気付く。
(落ち着いて、落ち着かなきゃ……)
なんとか剣を鞘に納めると、震える自分の手を握りしめ目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返す。
そうしてようやく手の震えが落ち着き、それに合わせてセフィの心も徐々に落ち着き始め……
「避けろ、セフィ!!」
レオンの声が聞こえ、反射的に目を開けると眼前には雷の矢が複数。
咄嗟に横に跳んだセフィであるが雷の矢の一本が彼女の右太腿を貫く。
「くうぅぅ……」
右足を襲った激痛と同時に全身を駆け回る電流。
思わず口から悲鳴が漏れるが全身を襲う痺れに呼吸も浅くなりその声は弱弱しい。
その場に倒れ込んだセフィは立ち上がろうとするが力が上手く入らず動けない。
それでも力を振り絞り、なんとか顔を上げる。
その先にいたのはこちらに掌を向けてニヤついているのは盗賊の首領。
「へっ、どうした?俺が魔術を使ったのがそんなに意外か?人は見かけによらねえ……ってのはむしろこっちが言われる立場か……まさかこんなひょろいガキと箱入りの嬢ちゃんがここまでやるとはな……おかげさまでうちの団は壊滅だ」
そう言うと首領は顔をしかめモゴモゴと口を動かすとペッと血にまみれた唾を吐き出す。
そこには白い物体……つまりは折れた歯も混じっていた。
「お嬢ちゃんは後でたっぷりお礼も含めて可愛がってやるからそこで待ってな。まずはあのガキに落とし前つけさせてやる」
そのままセフィに背を向け、こちらに向かって来ているレオンに向き直る首領をセフィは何とか止めようとするが上手く身体に力が入らない。
首領は魔術系ギフト持ち、しかも攻撃速度が速く対人戦では圧倒的なアドバンテージを誇る雷属性。
さらに先ほどの投石を食らって立ち上がったことから身体強化の強度も高い。恐らく近接戦闘系のギフトも持っている万能型、魔法戦士タイプ。
対してレオンは先ほど見事な不意打で複数の盗賊を倒したものの戦闘系のギフトは持っていない。
そうなると身体強化は弱く。さらに防御手段も持たないレオンでは遠距離の打ち合いにしろ、近接戦闘にしろ勝ち目はほとんどない。
だから自分が何とかしなきゃならないのだが、身体がいうことを聞いてくれない。
セフィは自分の不甲斐なさに思わず涙が出そうになる。
ここまでレオンに頼りきりな自分……
世間知らずなのは……ある意味仕方ない。
箱入り娘だった自覚はある。
(……でも……)
覚悟が足りなかった。
同じ探索者を目指す新人同士。
ギフトにも恵まれある程度『戦える』自信はあった。
一方戦闘系ギフトを持たないというレオン。
馬鹿にするつもりはなかったがいざ戦闘になれば自分がレオンを守らなければと思っていた。
けど実際は……守られたのは自分。
いざ盗賊が現れるとどうしていいか分からずにただ成り行きを傍観し、感情のままに動こうとしてレオンに止められた。
女性探索者がパトリックを斬った時もただ驚き、それに便乗して不意打ちをしたレオンにもさらに驚いて見ていただけ。
実際に動けたのはレオンが声をかけてくれたから。
そして盗賊を殺せたのは……レオンが先に残酷な方法で殺してくれたから。
あの人当りがよくて親切なレオンが盗賊を容赦なく殺したことに驚きながらもどこかで安堵して、それを免罪符に盗賊を殺したズルい自分。
そのくせ人を切った感触に我に返り、呆然と隙を晒して不意打ちを受け、そのせいで今レオンが危機にさらされている。
これでレオンを死なせてしまったら……
だからなんとか立ち上がろうと身体に力をいれる。
しかし無情にもそんなセフィの眼に映ったのは、手を前に突き出した首領とその手の先でバリバリと音を発して明滅しながら今にも放たれそうな雷。
「死ねっ!!」
その声と同時に閃光がレオンに向かって放たれる。
雷撃は刹那の間にレオンの元に到達すると、炸裂音とともにひときわは大きな閃光を発する。
「ッ!!」
その光を直視したセフィは声にならない悲鳴を発して目を伏せる。
間違いなく直撃コースだった。
しかもセフィが受けた雷とは段違いの威力。
最悪の光景を想像しつつも恐る恐る視力の戻って来た目を向けた先には……
(黒い……障壁?)
どこか見覚えのある黒い……直径1メートルほどの円形の壁。
さらに次の瞬間、黒い障壁は消えさりボウガンを構えた無傷のレオンが現れる。
「なっ……ぐあっ!」
発射されたボルトがとっさに避けようとした首領の左肩に突き刺さる。
その隙にさらにレオンが反対の腕を振るう。
すると青っぽい半透明の球体がこちらへ飛んできて……
「えっ……キャッ!」
そのままセフィに直撃するとあっさりと割れて中に入った液体がセフィの身体を濡らす。
(えっ!?……なんで?狙いがそれた?……わざと?……怒ってる?……)
かかった液体の冷たさに驚いたものの、飛んできた速度のわりに簡単に割れたため当たった衝撃はあまりなかった。
しかし先ほどのゴードンが燃え上がった光景が思い浮かびセフィは混乱して慌てて立ち上がる。
(……あれ?立ってる……痺れは……ない?それにこの匂いって……ポーション?)
徐々に混乱が収まってきて自分の状態に気が付いたセフィは慌ててレオンの方を見る。
するとレオンはこちらに視線を合わせないもののニヤリと口の端を引き上げる。
「クソが!!」
それを見た首領は自分のことを笑われたと思ったのか怒りの声を上げると、無事な方の右腕を突き出し再度雷撃を放つ……セフィに無防備な背中を晒して。
(私が回復したことに気付いてない?……レオンがこちらを見ないのも、笑って見せたのもわざと?……だったら!!)
これだけお膳立てしてくれて応えないわけにはいかない。
そう思ったセフィは全身に魔力を行き渡せると首領に向かって一気に踏みだす。
その気配に慌てて頭目が振り返るが時すでに遅く、光を帯びた剣がその肩口振り下ろされる。
頭目が目を見開き心底驚いたような表情で倒れ行くのが妙にセフィの脳裏焼き付いた。
(その気持ち私も少し分かるかも……私も心底驚いてるし……)
倒れていく頭目を見送った後、剣を一振りして納めてからレオンの方へ顔を向ける。
すると予想通り再び黒い円形の障壁が現れており、レオン無事なようだ。
それどころか障壁の向こうでなにやら動いているレオン。
何をしているか気になったセフィは速足で近づいていき、黒い障壁を回り込むようにしてのぞき込む。
そしてレオンが何をしているか分かり、慌てて彼の見ている方向に目を向ける。
視線の先には両手に短剣を持った女性探索者と、対峙する一人の盗賊。
残りの盗賊は既に始末されたらしく地に伏せている。
どうやらレオンは投石で女探索者を援護していたようだ。
(また気を抜いてしまった……)
セフィはまだ女探索者が戦っていたことを失念していた自分にまた落ち込みつつ様子を見る。
盗賊が踏み出そうとした瞬間牽制するように石を投げるレオン。
それに反応した盗賊は慌てて回避してバランスを崩す。
そこに女探索者が襲い掛かると盗賊は辛うじて防御するものの明らかに態勢不利だ。
レオンはそんな様子を見ながら空いた手を黒い障壁に伸ばす。
するとその手はズブズブと障壁の中に飲み込まれていき、すぐにそこから引き出される。
引き出されたその手には新しい石。
「……えっ!?」
その光景を見てセフィが思わず声を上げると、それに反応したレオンが振り向き軽い調子で声をかけて来た。
「あっ……お疲れ様、大丈夫?あっちももうすぐ終わりそうだから申し訳ないけど念のため周囲の警戒だけお願いしていいかな?」
「えっ?……あ、あぁ……はい……」
「うん、ありがとう。じゃあお願いするね」
そう言って柔らかく笑ったレオンは石を手にあちらに注意を戻す。
それを見てセフィも慌てて周囲に警戒の目を向ける。
ただ、頭に浮かぶのは先ほどの光景。
手を飲み込んだ先ほどの黒い障壁。
どこかで見たと思ったら先の街での買い物の途中、レオンが見せてくれたギフト『インベントリ』だ。
ギフト『インベントリ』とは世間一般的な認識としてはいわゆる異空間倉庫。
しかし正確には異空間倉庫へつながる窓、入り口を創りだす魔法。
ではその入口の反対側はどうなっているのか。
その答えが先ほどの障壁なのだ。
正解は何も通さない空間を断絶する壁。
インベントリ持ちの人間には何人か会ったことはあるが、そんな使い方今まで見たことも聞いたこともなかった。
それに先ほどから何度か見せていた凄まじい速度の投石と半透明の球体。
あれは恐らく中に色々液体詰めて投げることの出来るアイテム。
自分に使ったのはポーションで、ゴードンに使ったのは油の類。
これも見たことも聞いたこともない。
何もかもが異色の闘い方をするレオン。
なるほど、確かに戦闘系のギフトはない……がレオンのいう通り戦えるのだ。
単純に一対一、近距離で向かい合って戦えばセフィはレオンを圧倒するだろう。
だが集団戦、パーティーという単位で考えた場合レオンは間違いなく優秀だ。
実際この戦場で一番活躍したのは間違いなくレオンだ。
攻撃、防御、回復手段を持っており何より立ち回りの上手さ。
(私が守らなければ、か……)
ここまでセフィの中でレオンという人物は、話していて楽しうえに博識で器用な好人物ではあったものの、一緒に戦う仲間としての認識は全くなかった。
いや、そもそも今まで教えを受けつつ一人で訓練してきたセフィにとって、誰かと戦うということ自体がイメージ出来ていなかった。
しかし今回の闘いでレオンが自分の後ろに居てくれる、という安心感を知ってしまった。
こうなると彼なしに探索者としてやっていくということは考えられなかった。
今回自分はほとんど何も出来ず足を引っ張ってしまった。
それでも一緒にパーティーを組んでほしい。
だからこの戦いが終わったら何とかお願いしてみよう。
そう決心したところでちょうど最後の盗賊が女性探索者に切られたようで剣戟の音が止む。
それを見たセフィは意を決してレオンを真っすぐ見据え歩み寄っていった。
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