第8話 過去

私とT枝さんはディナーを済ませ、二人は月明りに照らされた近くの公園を散策していた。


『今日はやけに月が明るいね♬』

T枝さんはそう言って嬉しそうに私の前を歩いていた。

私は彼女のことを好きだったが、彼女は私との関係をどう思っているのだろうか?


今夜はそのことをハッキリさせる為に、自分の思いを彼女へぶつけてみることにした。


『俺はもうT枝さんとは会わないでおこうと思ってる』

私から彼女へ正直な気持ちを投げかけた。


『どうしてそんな単極的な答えになるの?』

彼女から戸惑った素振りの返事であった。


『T枝さんは俺のことを好きでは無いし、俺はもっと将来のことを向き合える人とこれから付き合いたいから』

今まで言えなかった自分の思いをストレートに投げかけた。


すると彼女はその回答に応える訳でもなく、公園の中央にある噴水の中へ入って行き、頭から全身に噴水の水を浴び始めた。

季節は初秋で今夜は少し肌寒く、全身に水を浴びたら寒い時期だった。


『あははは!これでTETSUO君の車にはもう乗れないね』

彼女は自棄を起こしたように月空を見上げながら、天を仰ぐように両手を広げて薄ら笑いを浮かべていた。

私は急いで噴水の中から彼女の身を噴水から出し、私が着ていた上着を彼女の上半身へと掛けた。


『なんて馬鹿なことをするんだ!』

私はずぶ濡れになった彼女を車に乗せ、暖房をつけて彼女の衣服を乾燥させようとした。

すると彼女は財布の中にしまっていた、小さなポラロイド写真を取り出して私に見せた。


『これは私の大切な命なんだよ!!!』


白黒の画像で始めは何か分からなかったが、それがエコー写真であることに私は気付いた。


『元彼との間に出来た小さな命だったの』


『でも大きく成長する前に亡くなってしまったんだ・・・』


彼女は寒さに震えながらそのポラロイド写真を見つめて、大粒の涙をこぼしながら独り言のように助手席でつぶやいた。

彼女は左手の上にポラロイド写真を乗せて、そして右手でなぞりながらその命を感じているように見えた。


『私の・・・大切な・・・命なんだ・・・』

まだ命と呼ぶには本当に小さな小さな存在だった。

そんな彼女を、私は黙って見つめることしか出来なかった。


『一年前に私が妊娠をして、元彼と一緒になるつもりだったの。でも元彼が子供を産むことに反対して、そうこうしてる間に私の体調不良で流産してしまったの!』

少し冷静さを取り戻した口調の彼女が続けて話した。


『そのことが原因で私の心が落ち込んで、お互いに距離を置いた時期があったの』

『私は元彼と別れる決心をした当時、頼りになるO君と関係を持ってしまったわ』

O先輩とのことは昔のことで私と出会う前の話しだった。


『H君には相談に乗ってもらって、私が寂しさのあまりH君とも関係を持ったわ』

『H君は優しくて私のことを大切に考えてくれたのに、彼と彼の彼女にもいけないことをしたの』

H先輩が優しいのは分かっていた。

でもT枝さんからの誘いを断り切れないH先輩でもあったが…


『私は元彼と別れて全て忘れるつもりだった!そしてその気持ちを誤魔化そうとしたけど結局、誰と居ても誰と関係を持っても心は晴れることがなかった』


T枝さんの心境と今までの行動が分かってきた気がした。

彼女はお酒の勢いで複数の男性と関係を持った。

それは元彼との過去を全て忘れる為だと…

魔性の女の正体とは元彼のことを忘れることが原因だったのだ。


『そして半年前に元彼から連絡があって、またやり直したいって気持ちを聞いて、

私は元彼と再会したの・・・』


『でも同じ時期に・・・私の前に・・・

突然・・・現れた人が居たの・・・・』

彼女は言葉を詰まらせながら、ゆっくりとゆっくりと話しを続けた…




『・・・TETSUO君と言う人が』


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