Bye×2?

佐々木実桜

桜はまだ咲かない

見栄えのしないこの景色を、幾度見たかなんて思い出せない。


広がる緑に、お寺に、一軒家。


テスト勉強と称して雑談をしたあのチェーン店も。


初めて遊んだ時あの子があの駄菓子屋の前で転んでたのを今でも覚えている。


定期券を更新しに行ったあの駅の近くには最近ラーメン屋が出来たらしい。


後輩がSNSに載せていた豚骨ラーメンは美味しそうで、誰か誘おうと思っていたんだ。


振り返っていると、コンビニは私達が入学する前に潰れてしまって9時から開く品揃えの悪いスーパーしかない田舎のくせに急行は止まる、見飽きた最寄り駅に着く。


時々現れる三毛猫は幸運なことに居てくれていた。


今日がこのちっぽけな思い出を訪れる、最後の日。


たった一年しかおらず、共に過ごすことも少なかった校長のありがたいお話は涙を誘うことも無く長ったらしい以外の感想は浮かばなかった。


式辞を述べる生徒会長は時折嗚咽を抑えきれずにいて、つられ泣きしそうだ。


大変そうだった、以外の感想しか持てなかった私だったが彼は立派に生徒会長を務めてくれたと思う。


「問題を起こしてばかりのこの学年を、それでも愛してくれた先生方には感謝の念しかありません。」


問題の多い学年、心当たりはいくらでもあった。


数週間で辞める子がいたり、喫煙がバレたり、蛍光灯を割ったり、なんとも治安の悪い学年だった。


既に呆れていた先生も居ただろう。


それでも、私は、私達は卒業することができた。



さぞかし楽しい高校生活を送ったであろう、一軍といえる子達が涙を零しながら写真を撮る。


「卒業しても絶対に集まろうねっ」


きっと、進学や就職をしても彼女らは集まるんだろうな。



「弥生、やっぱりここに居た」


「真希。」


治安の悪さゆえの人の少なさが心地良かった図書室を仲の良い先生に特別に開けてもらって一人黄昏ていた私を、高校生活三年間、一番長く一緒に過ごした真希が迎えに来た。


「あんたここ好きだったもんね。」


「うん、あったかくて、静かで、いいところだよ。いいところだった。」


「そうだね。私は教室の方が歌も歌えて楽だったけど。」


「教室も教室で落ち着く。テスト勉強、楽しかったね。」


「……」


「美香も誘って、三人で、息抜きに王様ゲームなんかして。SNSのアイコン変えるの結構恥ずかしかったな。」


「…そうだね」


「また、テスト勉強しようね。」


「弥生…」


「うそうそ、帰ろっ、写真撮ってから。美香は?」


「よっちゃんと写真撮るって並びに行ったよ、まじ大人気」


昇降口に着くと、真っ赤な目をして待っている美香が居た。


「やっちゃん!まきちゃん!写真撮ろ!写真!」


「まあまあ、あの子とは撮れたの?」


「撮った!一番に!もう、猛ダッシュで行ったった!」


真希と二人、美香に腕を引かれて大きな桜の木の下に立たされる。


まだ咲かない桜、咲いてくれたらきっと綺麗だったろうに。


ぼんやりと桜の木を眺めていたらいつの間にか誰かにカメラを託していた。


「めっちゃ笑顔でいこ!」


「うん」


「まかせろ!」



「明日から、もうここには来ないんだね」


「そうだね」


「みんなとも、会おうとしないと会えなくなっちゃうんだよね」


「そうやで」


「やり残したこととか、ないの?」


「……ないわけではないけど」


「まだ、残ってると思うけどな」




一年ほど前に、一目惚れをした。


仲良くなるなんて到底ありえない、違う世界の人。


勇気を振り絞って撮ってもらった写真一枚をただ大事にして、告白どころか、連絡先もなんにも知らない。


知っているのは隣のクラスで、バスケ部の部長ってだけ。


それから一年たって、何事も起きることなく卒業、

しちゃうのかな。


(したくないな…)


「あれ、真鍋」


「あ…橋野くん」


橋野航也。



彼は、人前で泣くのを嫌うから居るとしたらここしかないと思った。


「情けないとこ見せちゃったな、俺絶対泣かないって思ってたんだけど」


照れ笑いをしながら彼は言った。


「情けなくなんかないよ」


「でも、真鍋は泣いてないじゃん」


「それは、私こそ情けないなって思って」


「…なんで?」


「卒業するのに、なんにも出来てないの」


「そんなことないと思うけどな」


「ううん、好きな人に告白する気もなかったし。気が変わったけど。」


下手くそな展開になってしまった。


「……」


「好きだったよ、私。橋野くんのこと。」


それだけ、と言って、逃げてしまった。



「…は、言い逃げした?!」


「うん、もうすっきり!卒業だぁ!」


「ばか!戻りなさい!」


「やだ、帰ろう」


「美香、手伝って!こいつ戻す!」


「その必要は無いと思うけどなあ」


「なんで??」


「だって…」



「真鍋、言い逃げはずるいと思うよ。」



桜の花が一つ、芽吹く音がした__

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