第19話 壁を穿つ

―自分が飛ぶ事が好きだから。


そう来たか。単純明快で分かりやすい。

横並びでストレートを駆け抜けて行く。

俺はフィンに目配せする。


―フィン。真っ向勝負したい。


良かった。フィンは仕方ないなぁ?

みたいな目で許可してくれた。

勝てる見込みは少ないけど、

正面からぶつかって行く!


―最大加速より、さらに先へ。


「さて鳥頭さん。身体も暖まった事ですし、そろそろスピードを上げて参りますわよ?」


クレアの竜気がさらに吹き上がる。

ジリジリと俺は遅れ始めた。

既に俺の加速は最大だったけど、

まだ試して無い事があるんだよ。


―本当の意味で空を駆け抜ける。


両翼で加速をしつつ、両足で空を蹴る。

上手く行くかな?

いや、絶対巧くやって見せる!

コーナーに入る!

クレアは立ち上りから間違いなく仕掛けて来る!

俺を追い抜く為に竜気を最大にしてくるぞ!


「それでは、ご機嫌よう。鳥頭さん。中々楽しかったですわ~!」

「させるかよ!食らいつく!」


―立ち上りだ!


「その竜気の残滓を利用させて貰うぞ!」


足に竜気を纏う。

クレアが再加速した瞬間にサイドステップ!

真後ろについて空間を蹴りだした。


両翼からの推進を利用しつつの全力駆け足!

からのスリップストリームだ!


―行けた!


そして予想通り!

クレアが気流を切り裂き巻き込んでいる!

粒子の微風ではあるが、追い風に近いモノがある!

ヴィーが後ろを振り向いてクレアに指示している!

竜気を濃くして更に加速しろ!

その方が俺にとっては好都合だ!


「何でついて来てますのぉっ?!」

「離される訳にはいかないだろっ!」


ちくしょうっ!

予想よりクレアの加速が伸びてやがる!

踏ん張れ俺の足ぃ~っ!


「えっえっ?空中を走ってますのっ?!なんて非常識な鳥!?」

「あんたに言われたくないよっ!?」


スリップストリームから離されるな!

追い付けなくなるぞ!


「キモいですわっ!キモいですわぁっ?!このストーカー鳥が!!」

「誰がストーカー鳥だ!このやろう!離されるもんかぁ~!!」

「この変態鳥ぃ~!離れなさぁ~い!!ぐぬぅぅぅっ!」


まだ加速するのかよ!ちくしょうっ!


「負ぁ~けぇ~るぅ~かぁ~!!」

「いやぁ~!キモいですわぁ~っ!!」


最終コーナーだ!

ここの立ち上りで並んでやる!

身体がバラバラになりそうなGだな!

フィン!踏ん張ってくれよ!!


―並んだ!


全部の力を使って加速駆け足!


―行くぞフィン!これで決める!


チェッカーフラッグまで後5歩!

クレアとの鼻先は完全に並んでる!

1ミリでも良い!

まだか!まだなのか!


―先に!


―先に!!


―もっと先に!!!


その瞬間、液体に突っ込んだような感覚を味わった。周りの時間が止まってしまった様に静寂が支配した。


「あんなに煩かった風切り音が消えた?」

「静か。ですわね?」

「クレアも同じ状態みたいだな?」

「良いでしょう。名を呼ぶ許しを与えますわ。鳥に言っても仕方ないので、呼び捨ても特別に許しましてよ?」

「ありがとうよクレア」

「ふん!調子に乗らない事ねイグニ」


―チェッカーフラッグを駆け抜けていた…。



◆◆◆



あたしはネア・シェルフ。

頬を水滴が流れ落ちていた。

知らず涙していたみたいだ。

レース会場を轟音と衝撃が包み込んで

余韻が耳の奥でワンワンと鳴っている。

あいつらが空気の壁を突破した瞬間、あたしの時間は確かにあの時に戻っていた。

もう2度と味わう事の無いと諦めていた

あの時間にだ。

あいつらを通して、間違いなくあたしも

突破したのだ…。

「ネア?泣いているのですか?」

エルロがあたしを抱き締めてくれた。

今なら言える。心から。

「エルロ…。あたしをフィンとイグニと会わせてくれて、心から感謝している。ありがとう。ありがとう…」

それだけ何とか伝えると、

あたしはワンワンと子供の様に泣き出してしまった。

エルロはそんなあたしをギュッと抱き締めてくれて、ノエルとアプサットが背中を撫でてくれていた。


―本当にありがとう…。



◆◆◆



「どっちが先だ?!」

「私の方が速かったですわよね?!」


俺とクレアは急ブレーキをかけつつ、振り返った。

その目が捉えたのは、魔法でフラフラと回されたチェッカーフラッグと空を舞うフィンとヴィーだった。


―あれっ?背中が軽い?


急いでクレアを見ると背中には誰も居なかった?俺は背中を見た。誰も乗って無かった。


―うおああぁぁっ!2人足りない!?


クレアは惰性で滑って行く。

すぐには動けない!

俺が動け!

急げぇっ!



◆◆◆



「落ちてるね」

「落ちてますね」


私とクレアは衝撃波に巻き上げられて、

落下している最中だった。


知ってる。空気の壁を突破したんだ。

プロのレースでもそうは見られない

現象だよね。こんなにも強烈だったなんて、

心構えしてないと無理だよ~…。

ごめんねイグニ。


「フィンさんは随分落ち着いてますね?」

なんか変な雰囲気のクレアに答える。

指を空へ向けた。

「だってイグニが絶対来てくれるからね」

「ふふっ。そうですね」

なんか可愛らしい顔でイグニを見ていた。


―むぅ?なんか胸の中がチクッとしたよ?


イグニは私を嘴で咥えて、

クレアを両翼で捕まえた。

そのまま足爪で空中ブレーキをかけながら

保護ネットを突破して着水する。


―おおっ。虹が綺麗だよ~。


イグニが岸まで水面を歩くとお姉ちゃん達の前に2人共下ろしてくれた。

ドラゴンのヴィーブルも降りて来たみたいだ。クレアの無事を確認していた。


―あ~あ、騎士無しでチェッカーを受けたって事はあれだよね~。


―頑張ったんだから何とかならない?


―うぁ~。無理だよね~…。





















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