第17話 最速で

―ぐぅ!


空気を切り裂きながら前へと進む!

最後尾のドラゴンとはおよそ半周の差。


確か一周が20km程度のオーバルコース。

それを5周の周回レース。

新人戦だから100kmの距離。

プロの公式戦はこれの倍飛ぶ。

公式スピード戦のひと試合は30分程度だってロランさんが言ってたっけ?

時速400kmを30分。駆け引きしながら

航続するのか!プロは凄いな!


―負けてられるか!


ターンに差し掛かる。

フィンの指先とイメージが俺にアウト イン アウトを指示する。


―フィン!横Gがかかるぞ!


チラリと見たが、槍から出る黒い粒子がフィンに纏わりついていた!

俺の竜気がフィンを守ってるのか?


笑顔で返された。目が語っていた。

さらに加速しなさい。と。

自分を気にしている余裕は棄てろ。と。

主人である自分を信じろ!イグニ!


―了解したよ!


右へスライド!

左翼の竜気に力を込める!

コーナーを加速しながら駆け抜けた!

ギシギシと身体が軋むが俺の骨格はしっかりとスピードを掴んでいる!


立ち上り。

コースの空中マーカーすれすれを

さらに加速しながら駆け抜けて行く!


まだだ!まだコース取りが甘い!

さらに突き詰めろ!

俺とフィンは全然限界なんかじゃ無いだろ!


フィンはさらに身体を伏せて俺の背中に

張り付いて来た。手綱に指先のかすかな動きで指示してくる!


コース取りは任せた!

加減速の制御に集中する!緻密で正確な

コースを滑るような動きを羽根の一枚一枚に

指示して行く!


気が付いたら目の前にはドラゴン一体のみ!


どうやらコイツは俺達のラインを塞ぐらしい!どうするフィン!?


―圧力を掛けて押し上げる?

―スリップに入ってコーナーの立ち上りでパスする?

―何なら体当たりで押し退ける?


―ははっ!


コーナーに入る直前で

お尻に向かって最大加速だってさ!


―後ろから接触したら2体共にコースアウトとバイオレーション。

―無理矢理抜くなら俺が曲がり切れない。

―無理にインに入るなら失速する。


何をする気かわからないけど、

楽しそうだ!やりましょう!


―ここ!


最大加速!竜気を推進に回せ!


―回せ!回せ!回せぇーっ!!



◆◆◆



「ヤバい!あれじゃあコースアウトする!」

ネアは立ち上がって役員席に駆け出そうとする!コースアウトだけならまだ良い!

失った左腕がズキリと痛んだ。


選手生命、いや命すら危ない!

すぐに救護班を!


それを止めたのがエルロだった。

その目が『あの子を信じて』と訴えていた。

コースに目を戻す。

そこには信じられない光景が繰り広げられていた。



◆◆◆



―まさか、空中でドリフトをするとは。


俺の左足が空間を引っ掻きながら、最大加速を続けていた。

無理にコースを塞いでいたドラゴンは大きくアウトに膨れている。しかも身体が開いていた。

俺はと言うと、加速をしながらインに突入。身体はすでにストレートに向いていた。

後は、左足を離すだけ。


―それじゃ、お先にな?


ポンと離してギュッと加速。

滑る様にストレートを駆け抜ける。

後続は誰も居ない。

邪魔する物は何も無い。

ただ、

フィンと俺の為だけのチェッカーフラッグ。



◆◆◆



疲労で足腰の立たなくなったフィンを連れて

エルロとネアさんとノエルの元へ

帰ってきた。

ゆっくりとトランスポート内に

フィンを降ろす。

瞬間、

エルロの平手打ちがフィンの頬に炸裂した!

凄い音がした。エルロがこんなに怒っているのは初めて見た。

「フィン!あなたどれだけみんなに心配掛けたと思ってるの!」

フィンはエルロの怒声に泣き出して

しまった。

そしてエルロは自分も泣きながらフィンを力いっぱいに抱き締めた。


―あ~、そりゃそうか。調子に乗りすぎてやってしまった。


俺はトランスポートを後にすると、ロランの隣に腰を降ろした。

「イグニ。見事なレース内容だ」

「レース内容は。でも14歳の少女の命を預かった俺としては失敗しました」

ロランは『2人共若い若い』と笑っていた。

そうだ。いくらフィンを信頼していたと言っても、最後は止めるべきだった。

フィンの人生はまだまだ長い。

リスクが大きすぎた。


―でも楽しかったんだよ。


もし、同じ事になったら?

またやっちゃうんだろうな。

どうしよう…。



◆◆◆



―クルト村。


村長は大いにはしゃいでいた。

イグニの羽根を頭に巻いて、

太鼓腹を大いに揺らして。


―おい!家からあるだけの酒を持って来い!


―みんなに振る舞うんだ!


ビジョンの合間合間にフィンとイグニの

チェッカーフラッグシーン。

白い鞍にはクルト村の金字の刻印。

何度も映るそのシーンに笑いが止まらない。


―屋台のつまみは全部買い取る!皆に振る舞うんだ!今日は無礼講だぞ!



◆◆◆



午前の予選が終わった。

すべての予選を見た。

身体の細胞がピリピリと来る。

警報を鳴らすドラゴンが1体いる。


―ヴィーブル。


白いドラゴン。細身でどこか女性的。

だが、中身の竜気が半端ではない。


―とんでも無いのがいたな。


「ほう?大したものだ。イグニよ。お主を軽く上回った竜気を感じるのぉ」

ロランはさぞや楽しそうに笑う。

プロの騎竜となんの遜色もない。

ぶっちぎりの優勝候補が俺の目の前で

立ち止まる。

さて、こちらから挨拶しておくか。


「こんにちは。綺麗な白竜さん。俺はイグニ。何かご用ですか?」

「あの…こんにちは…あの…」

ヴィーブルから聴こえて来た念話は確かに女性的なものだった。だけどなんだか、

思念がオドオドしていた。

予選レースで見て感じたのは、

いわゆる高飛車。

気安く話かけないで下さる?みたいな。

イメージと合致しない。

違和感あるけど、まぁいいか。

「こんにちは。良いレースにしような」

「あっはい。良いレースになれば幸いなのですが…」

ん?何か変な言い回しだな?

「あの…私はヴィーブル。よろしければヴィーとお呼び下さい」

「そう?ヴィー。俺はイグニでもイグでも好きに呼んでくれて構わない」

クルト村ではイグ呼びが普通だ。

特に子供達からはイグと呼ばれている。

「はい。イグさん。よろしくお願いします」


すると、突然怒声が響き渡った。

向くとフィンと貴族風ゴージャス娘が

睨みあっていた。


彼女は確か、ヴィーの主人マスターで名前は…、

「ああ!クレア。またですか!」

そうそう。クレア・グリッドノース。

何だか貴族の人だ。

しかし、またって何だ?またって?



◆◆◆


「せっかくこの私が褒めて差し上げたのにその態度!」

何よコイツ!何が私の騎竜には劣りますけど、あなたの鳥も中々ですわね?だよ!

うちのイグニは世界一に決まってる!

腹立つなぁ~!

「褒めて頂かなくて結構です。イグニと私はキチンと実力で1位を取りますので」

「なっ?それはどう言う意味ですか!」


―ガツン。


「「あっ」」


「「おろしたての鎧にキズが!」」


良く見ると双方の鎧にちょっぴりキズが入っていた。

まぁ、こう言うキズも後から見れば良い思い出になるかも?知れないな。


―しかしフィン。最速でケンカ売るとは大したものですよ?




















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