第16話 踏み出す
―良かった。今日も良い天気だ。
ここはセレナの街のアマチュア大会出場者専用の広場だ。
セレナの街はまるで世界遺産に出て来るような白壁と赤い屋根の住居が建ち並んだ街。
そして、街の西側が湖に隣接している。
エアレース及びグランドレースの大会を
開くにはうってつけの街だった。
実際、プロの大会も行われていて、設備も整っている。
ずいぶんとドラゴンライダー達の育成にも力を入れているみたいで、
この大会も新人教育と発掘のための一環として、広く認知されているらしい。
ノエルのグランドドラゴンに引かれて
これで場所取りの仕事は終わったな。
トランスポートから、フィンとエルロと
ネアさんが降りて来た。
「さすがイグニ!良い場所とってるね!」
フィンが湖の際の一番良い場所に感激している。
「あたしは地面に書いてあるトランスポートの絵と呪われたような筆跡で書いてある『クルト村』の文字が気になって仕方がないね」
ネアさんが呆れてこっちを見る。
エルロもこちらを見てため息をついていた。
ノエルは興味深そうに俺と地面の文字を
交互に確認している。
―イグニ良い仕事したでしょ!
◆◆◆
開始まで間もなく。
フィンは俺に騎乗用の装備をセットしていく。村長さん。中々張り切りましたね。
真新しいクルト村謹製の『白い鞍』がフィットしていく。ふと周りがざわつくのが分かった。
―予想通りの反応だ。
『あれがドラゴン?くはっ!』
『レース前の緊張感が台無し』
『クルト村だって!ドラゴンも買えないとか!ウケる』
今のうちに嘲笑と侮蔑をしておくが良いさ。
度肝を抜いてやる。
おっと!
フィンがトランスポートから出て来たよ!
おおっ村長さん。あんた分かってるよ!
フィンは白い上下の鎧下を着て出て来た。
ミニスカートに太腿まであるオーバーニーソックス。
金色の髪と碧眼と相まって眩しい!
その上から、俺と同じ色の『黒い軽装鎧』を
纏い始める。ミニスカートを恥ずかしそうにしている姿が可愛いらしい!
―周りが静まりかえる。
―うちのマスターを舐めるなよ!
そして愛用の黒に染められた槍を手に取る。
どうやらこの槍。俺の血と羽根によって魔術的に染められたモノらしい。
ネアさんの琥珀色の槍と同じ理屈みたいだ。
ピッカピカの新人ドラゴンライダー出来上がり。新品の俺の装備とフィンの装備。
これから、2人の歴史のキズが刻まれて行く。大事にして行こう。
ネアが何かの紙を手に歩いて来る。
「フィン。スピードレースだ。滞りなくエントリー出来た。総勢56組による大舞台だ。各7組を8回の予選。1位による8組が本戦になる。お前は予選1回戦だ。間もなくだよ」
騎士姿となったフィンが振り向く。
すでに少女の顔から騎士の顔になっていた。
―この晴れ舞台で、その顔が出来るのか?
あたしが初レースの時はオタオタしてただけだった。お前らの成長が末恐ろしくもあり、楽しみでもあり。
「新人戦だが、厄介そうな相手も混じり込んでいるみた…?」
フィンが手で制する。その目線はあたしが伝えようとしていたドラゴンライダー達を的確に射抜いていた。
「いいね。良く見てる。存分に行きな!」
―最初は半ばエルロに脅される形だった。
だけど、今は違う。
ちゃんと伝えておこう。
2人に会えた感謝を。
エルロに振り返る。
そこにはイグニにスカートを引っ張られ、
必死でお玉で反撃している姿があった。
―うん。後から伝えよう。
◆◆◆
―父ちゃん。母ちゃん。舞台に立ったよ。
湖の上に迫り出しているスタート台に立つ。
そしてゆっくりとスタートラインに並んだ。
未だに周りから嘲笑が聴こえる。
―まったく。
お前ら何しにこの場に立ってるんだか。
集中したらどうだ?うちのフィンみたいに?
フィンは胸元からペンダントを取り出し
祈りをしている所だった。
何のペンダントかは何となく分かった。
ペンダントをしまい込むと
眩しそうに空を見上げていた。
俺も釣られて空を見上げた。
―吸い込まれそうな青空。今日も飛んだら気持ち良さそうだよ。
―周りを見た。
スタートラインには俺とフィンしか居なかった。目線を前に向けると、ドラゴン達のお尻が見えた。
―居ない?始まってるのか。
―誰だ集中しろって言ったの?
◆◆◆
―クルト村ビジョン前。
全員が目を点にしていた。
村長が泡を吹いて倒れていた。
―待機広場。
他のドラゴンライダー達が爆笑していた。
エルロとノエルが目を点にしていた。
ネアも爆笑していた。
―大会役員席。
役員達が困っていた。
VIPが激怒していた。
ネアに呼ばれたスカウトが笑っていた。
―(中々面白そうな逸材ね。好みだわ)
◆◆◆
「あの?スタートしてますよ?」
スターターの役員が声を掛けて来る。
フィンはうなずく。
さも、予定通りだと。
―イグニ。教えてくれないと駄目だよ?
―フィンこそ。
―いくらこの組に脅威が感じられないっていってもね?
―気を抜き過ぎたぞフィン?
―こっちのセリフだよ。
―ふたりのミスだな。
―そうだね。じゃ最速で。
―ああ。最速で。
目で会話する。
フィンが力ある言葉を発する。
「
俺は竜気を纏う。
「並びに
羽根1本1本に竜気の指向性を持たせる。
―ビリビリと両翼の空気が震えて行くのが分かる。
「
2人は風の抵抗を切り裂く気流を纏う。
俺は竜気を収束させ、
指向性のままに推進力に変える。
スターターはこの異様なうねりに遠ざかって行った。
スタート台がビリビリと震えている。
―行くよ!イグニ!
―準備はオッケーだぞ!フィン!
「駆け抜けろ!」
「了解!」
―俺とフィンは空に踏み出した!
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