第15話 湖の上で

―クルト村の管理する湖の上。


ネア先生との訓練は実戦を時間の許す限り繰り返すと言うモノだった。

イグニに農耕用の巨鳥鞍を無理矢理取り付けて、手綱をさばく。

イグニが混乱している?

手綱から私の指示が届いてない!

指示が遅い!迷った!強く引きすぎた!

その都度、水の中の住人となる。

ネア先生は隙を見逃さない。

力強く叩き落とす。

容赦無い一撃。


―イグニごめんね?痛いよね…。


また湖に叩き落とされた。

そんな無様を繰り返していた。


―イグニに跨がり、空を駆ける。


そんな感動を感じる事なく、

水の中で喘いでいる。

情けない。イグニの実力なら十分ロランとも渡り合えるのに、

私が足を引っ張ってるんだ。


こんな事なら私が騎乗する意味が無い。

イグニ1人の方が遥かに上手く立ち回る。

でも、

イグニは辛抱強く私の指示を待つのだ。

何度も何度も蹴られても叩かれても、

私の指示があるまで決して動かない。


―信じてくれている。


―フィン・アスペラトゥスを主人として、見てくれている。待ってくれている。


―悔しい!悔しい!悔しい!



◆◆◆



「イグニ。どうしてるかな?酷いマスターで駄目駄目な私だよね」

深夜に寝付けなかった私はフラフラと家から出る。

イグニの厩舎まで行くと、中に入って黒い身体に抱きついた。

暖かい。心臓の音が聴こえる。安心する。

「クエ」

目を閉じてしがみついていると、

イグニが一声鳴いた。

「乗れって事だよね?」

私はよじよじとイグニに登ると背中に

しがみ付いた。

するとイグニは外へ駆け出してそのまま

空へと舞い上がる。

「ふぁ?」

空に高く高く舞い上がると

イグニは空中で静止した。

「相変わらず凄い技だよ!」

凄く安定している。不安感なんて無い。

これなら大丈夫じゃないかな?

私はイグニの上に立ち上がって

360度見渡して見た。

「凄い…」

まるで星空の中に立っているみたいだった。

空ってこんなに広いんだ!


―凄い!凄い!凄い!


「クエ」

「ん?上を見ろって?」


真上にはお月様。届きそう。届きそうだよ!

背伸びしてみたけど掴めなかった。

「残念。もうちょっとなのにな」

ぼふん。とイグニに仰向けに倒れ込んで

お月様を見上げた。

視界がまん丸お月様でいっぱいだった。


―3日目だと言うのに、今日の訓練が一番酷かった。


私自身が何の指示をしているのか分からないくらい酷かった…。

まるで溺れながら必死にもがいている様な

支離滅裂な手綱さばき。


―訓練を思い出す。


あの時はこうやりたかった。

あの時はこう動きたかった。


イメージする。私の求めるイグニの動き。

速く力強く、滑らかに!


イグニがフワリとイメージ通りの動きをした。仰向けの私を乗せたままで。


「あれ?」


もう一度イメージしてみた。

今度はあの時はこうやりたかった。


ヒュパ!


イメージ通りに動いてくれた。

しかも何で落ちないんだろう?


「イグニと背中がくっついてる?」


身体を起こしてみる。

普通に起き上がれた?

それじゃあ?これはどうかな?


―落ちた。


―あははっ!やっぱり落ちるよね!


仰向けのままお月様を見ながら落下していく。でも恐怖は感じなかった。


―だって。


ぼふん。背中にイグニの気配があったのだから怖がる必要無いよね?

ほらまた背中がくっついた。


―そっか。怖がってたんだ。


イグニを信頼して無い訳じゃない。

空を飛ぶ。

人では出来ないこの行動に本能が

恐怖していた。

訓練で成果を出せない。

色んな人の期待を裏切る。

この恐れに身体が強ばっていた。


「グエエェ!」


―えっ?最初はそんなモノだって?


―イグニも怖かった?あははっ!そっか!


気付いたなら治すだけだ。

気付いたから直すだけだ。


明日はリハビリがてら自由にやろうじゃないか!だって大空を舞うのに、束縛されてどうするの!


―空はこんなにも広いんだから!



◆◆◆



「ロラン。どうやらあの2人。昨日とは違うみたいだな?」

「グルル」

どうやらロランも同意のようだ。

雰囲気が違う。

フィンの目付きも違う。

何より、こちらを伺う圧力が違った。


―背筋がゾクリとした。


―一晩でここまで化ける!良いじゃないか!


まずはフェイントを織り混ぜつつ牽制。

歯牙にもかけない。

フィンとイグニが噛み合い始めている。

こちらの牽制には乗らない。

なら、突ついて見ようか!

最速!最短の一撃!

ヌルリと最小限の動きでかわされた。

良いね!落ち着いてる!


―イグニがあり得ない動きを始める。


空間をステップし始めた?

こんなの見た事無い!

冗談だろう!昨日今日始めたドラゴンライダーの技じゃ無いだろ!

楽しいじゃないか!


―おっと!?


ロランの鱗が開き始めた?興奮している。

あははっ!ロランの心に火を付けちまった!

良いね相棒!手綱は任せた!

好きにやると良い!


―行きなっ!



◆◆◆



「イグニ来るよ!」

「クエエエッ!」


バックステップからの上昇!

追ってきた!観察する!

凄い流麗かつ繊細だよ!

ネア先生の動きじゃ無い!

ロランだ!


―速いな~!!


良し!鬼ゴッコをしようよ!

行くよイグニ!さらに上昇だよ!



◆◆◆



「良かった。今日のフィンは凄く楽しそうだ」

私が見たこの3日間は、まるで溺れているように見えた。

でも今日はすいすいと、この空を泳いでいるように見える。


―いつものあの子だ。楽しそう。


気が付いたら、手にはジュースが握らされていた。

湖のほとりにはあのレッドドラゴンとの戦いで散らされたイグニの黒い羽根を手にした

観客達が集まっていた。

ある人は団扇代りに、子供達は旗のように振り、赤ん坊はおしゃぶりのように咥えて、

フィンとイグニを応援していた。

なぜか露店まで出ていて、

渡されたジュースはその売り子さんから無料で手渡された物だ。


―村を上げての全面バックアップ。


なるほど。

ネアの言ったことは間違いじゃ無い。

だって凄い人数が応援に訪れているのだから。


―みんな味方だ!フィン。イグニ頑張って!










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