第13話 さらに前へ

「小僧?生きているか?」

小僧?まぁ実際生れたてなんだけど。

俺に話しかけて来た?ずいぶんと渋い声だったけど誰だろう?

「誰か分からないけど、何とか生きてるよ」

しかし、頭の中に直接話しかけられている

様な不思議な感覚。言葉も通じてるし、

どうなっているんだか?

「ワシはロラン。年経たドラゴンよ」

ん?ドラゴン?

ここに居るドラゴンは、

目の前でくたばっている赤竜せきりゅう

隻腕の女性が乗ってきた琥珀竜こはくりゅうしかいない。

と言うことは。

赤竜を倒した実力者と言う事だな。

「琥珀竜の方でしたか。こんな姿で失礼します。俺はイグニ。生れて2ヶ月も経たない未熟者です。」

琥珀竜。ロランに視線を向ける。

間違い無いな。こちらを凝視している。

「ほう?生れたてでその力量。中々に興味深い逸材だのう」

「残念ながら、自分は強いと勘違いした挙げ句のこの体たらく。赤竜を倒して貰ってありがとうございました」

痛みを堪えて頭を下げる。

本当にありがとうございます。

俺を助けてもらって、フィンとエルロを守って貰った事に感謝します。

「ほうほう!礼儀もなっておる。実にワシ好みの幼子よ!」

幼子…。好み…。

食われる?いや、別の意味で食べられちゃう?

「食べはせぬよ。近頃の若いドラゴンやつらは礼儀はなっておらぬ。見所のある幼子だと言う事よ」

聞こえてたか。

けどなんで頭の中で会話出来るんだ?

「念話を知らぬと見える。お主も『竜気りゅうき』が使えるのではないか?」


―はて?竜気?


―あの光の粒子の事かな?


翼からチラチラと出る黒い粒子を思い出す。

アレだったら持ってるけど、竜気と言うくらいだからドラゴン特有のモノ?

俺ドラゴンなのかな?

「それの事よ。使い方はてんで成っておらぬようだがな?」

「あの?自分はドラゴンなのですか?」

そうだったら嬉しいのだけどな。

「まさか。霊格の高い存在が有する力。ドラゴンでも魔獣でも幻獣でも持っておるよ。竜気とは人間達が便宜的に総称しておるにすぎんよ」

霊格の高い存在って何だろう?

「霊格か?魂の位階の高い者たちの事だ。事実、こうしてワシとお前は言葉をかわしておろう?」

「なるほど」

知能や知識が高いほど『霊格』が高い感じか?元異世界の人間だったからかな?

しかし、ドラゴンじゃ無かったか。

フィンと飛びたかったんだがなぁ。

「俺って存在は何なのか、あなたはご存知なのですか?」

琥珀竜は俺の前まで来ると、腕を組んで胸をさらして誇らしげに言った。

「うむ!お主のような存在は見た事も聞いた事も無い。全くもって摩訶不思議!カッカッカ!」

そんなにドヤ顔しなくても。

エルロが怯えてます。

「だが、お主はここで生きておる。幼子よ。存分に悩み楽しむが良い!」


―確かにその通りですね。生きている限り進めるのだから。



◆◆◆



「私はエルロ・アスペラトゥス。フィンの姉になります。よろしくお願いします」

私も良く覚えている。7年前。

あの日の事は忘れた事はない。

「ああ。あたしはネア・シェルフ。元エアレーサーで今はしがない運び屋をやってる」

ネアさんの顔をじっと見た。

覚えている。忘れたくても忘れられない。

あの日の空は良く覚えている。

レースの最中に正気の失ったドラゴンが落ちて来た。

私達の居た観客席にだ。

苦しみもがく一体の灰色のドラゴンと、

それを取り押さえる琥珀色のドラゴン。

止めを刺す片腕の無くなった騎士。

そして、その下で物言わなくなった両親。

焼き付いている。


―ふぅ。


フィンを見る。

あの頃と変わらずこの人に憧れを抱いている。妹は強い。心も身体も。

未だにドラゴンとエアレースに恐怖を抱く

自分とは違う。


私はネアさんに頭を下げた。

「ネアさん。不躾なお願いであることは、重々承知しています。どうか妹のフィンに手解きをしてあげて欲しいのです。もちろん報酬はお支払い致します」

フィンはビックリしているようだ。

当然か。ずっと諦めるように言い続けて

きたのだから。

「あっ…う…。手解きって、エアレースの事で合ってるのか?」

私はさらに頭を下げた。

フィンが駆け寄って来て、私の隣で一緒に頭を下げたみたいだ。

「あたしはもうエアレースをしていない。7年もだ。もっと教官に相応しい人物ならいくらでも紹介出来る!…だから…な?」

たぶん断られると思った。

でも、私は知っている。

絶対に断れない卑怯な言葉。

妹はあなたに手解きして欲しいの。

「アスペラトゥスの娘としてお願いします」

うぁ~。自己嫌悪…。最悪ですね。

私の事はいくらでも蔑んで構いません。

「…分かった。…引き受けるよ…」

情けない。情けない。

酷い仕打ちだと分かってます。

でも、それでも、そうしたかった。

だって私もエアレースが大好きだったから。

フィンとイグニならもっと

高い所に羽ばたける。

そう確信してしまったから。

私は頭を下げたまま心の中で謝った。


―本当にごめんなさい。


そして私は気絶してしまった…。



◆◆◆



「ロラン。エアレースの先生の仕事が入っちまったよ…」

背中に寄りかかっていた相棒に言った。

まさか、またエアレースに係わる事に

なろうとは。

「ようやく忘れられると思ったんだけどな」

ロランの鱗を撫でる。


蒼穹に映える深い金色。

ライバルと呼べるドラゴンの騎士達。

大空に少しでも高く、少しでも速く。

叩きつける風を突破すると、

まるで空に溶け込んだ液体のように自分を

感じたものだ。

緩やかに流れる青の中で鼻先を競いあった。


バトルロワイヤルも一緒だった。

そんな切磋琢磨したライバル達と本気で

じゃれあった。

観てる人達には分からなかっただろうけど、

じゃれあってたんだよ。


こんな技はどうだろう?

こんな策を用意したんだけど、かわせる?

お前それはズルいんじゃないか?!


―見てくれよ!

―聞いてくれよ!

―感じてくれよ!


そんな領域に到達した騎士と騎竜。

ライバル達と目と目で会話しながら、

何故か自然と笑顔が零れ落ちる自分。


そして、散々やんちゃした結果のフラッグ。


―ハッとした。


自分の失った腕を見る。

もう2度とその領域には行けない…。


あんなにも美しく心踊るその場所は

今はもう、どう足掻いても手に入らない。


―遠い…。


ロランがゴツンと額を打ち付けて来た。

まるで『まだ行けるぞ』って怒られたみたいだ。鼻先で未だに広場で治療を受けている

フィンとイグニを指す。


「行ける。そう言っているのかお前?」

「グルルゥ」


あたしの身体にすり寄って来た。

分かったよ。相棒を信じるよ。


―エルロだったね。この仕事あたしとロランが引き受けた。もう一度本気でエアレースに向き合ってやるさ!





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