第5話 巣立ち

帰りついた。

何とか帰りついた。

兄弟達の待つ俺のホームに。


ただいま。すまない兄弟達。

たぶん血の臭いをヤツに追われた。

陽も落ちるから、

ヤツが襲ってくるのは明け方だろう。

ヤツの巣の中で父ちゃんと母ちゃんを見つけたよ。もう戻って来る事はない…。


―これが父ちゃんと母ちゃんだよ。


俺は二枚の羽根を兄弟達の前に置いた。

たぶん分かってくれたよな。


ヤツは俺が倒す。必ずだ。

お前達はその隙に巣立ちをするんだ。

絶対に後は追わせない。約束する。

突然すまない。

俺の事は放っといて良い。

父ちゃんと母ちゃんの分まで生きてくれよ。

頼むな?


それだけ伝えると、そのまま俺は気絶するように眠ってしまった。


―父ちゃん。母ちゃん。


―必ず兄弟達は巣立ちさせる!


―だから安心してくれよ!



◆◆◆



目が覚めた。

兄弟の1人が保存していた肉片を柔らかくして、俺に食べさせていた。

1人は足の爪を手入れしてくれている。

2人は両翼の毛繕いをしてくれている。

もう、1羽2羽じゃなくて1人2人なんだよ。

家族なんだよ。


―ありがとうな皆。


身体の方はどうだ?

うん。回復してるよ。

気力はどうだ?

兄弟達のおかげだな。

今までにないくらい充実してる。


空気の匂いで分かる。

明け方だ。

ヤツはいるか?

細胞がピリピリする。

間違いなく居る。

息を潜めて明るくなるのを待ってるんだ。


―行くよ。父ちゃん母ちゃん。


―見ててくれよな。


二枚の羽根を視界に納めて呟く。


―行ってきます。皆。


4人を視界に納めて、深く記憶した。


節穴を通り抜ける。随分と小さく感じた。

もうちょっと大きくなると、通れなくなるだろうな。


空が白んで来た。それと同時に緩やかな上昇気流が崖の岩肌を舐め出した。


後ろを見た。4人共見送ってくれる。


―必ず倒す!


4人の視線を背中に受けて、フワリと浮かび上がった。



◆◆◆



崖の上にはヤツがいた。

林からノソリと出てくる。


朝日が辺りを照らし出した。

俺はヤツを、ヤツは俺をハッキリと捉える。


双方ともに咆哮する!


「ギュアアアア~~~~~ッ!!!!」

「こっちが日の出だっ!行くぞぉっ!」


朝日がヤツの目に入った瞬間に崖下に飛び降りる!俺は知ってるんだぜ!

その瞬間に強烈な上昇気流が生まれるって!


空高く舞い上がる!


ヤツは俺のいた場所に向けて粒子の散弾を放っていた。


―ハズレだよ!


俺を見失ったな?急降下だよ!

あの猿の時の感じだ。

たぶんアレは加速したんだ。

粒子の力を推進力にした。だから間に合ったんだ!


狙いはヤツの目だ!恐らく俺と一緒の回復力を使えるハズだ!視界を潰して一気にカタをつける!


―加速しろ!


翼から黒い粒子が吹き出した!

朝日に照らされた峡谷。いつもは鳥達が行き交うその場所に黒い軌跡が描かれていた。


―その目もらった!


寸分違わぬ一撃だったが、ヤツが顔を反らした。俺の足爪は片目を潰すだけに留まってしまった。


―勘か?くそっ!


滑りながら着地すると、ヤツは俺の着地点に粒子の散弾を放つ。

ギリギリ横に跳ねてかわすが

それを待っていたかのように眼前にヤツが飛び込んで来た。


―狙いは俺の首か!


俺より大きく鋭い爪が伸びて来る。

鷲顔がニヤリとしたように感じた。


―くそっ!そうは行くか!


俺は足で地面に生い茂る芝生を掴むと上体と首を後ろへ反らした。

俺の嘴を削りながら爪は通り過ぎる。

俺とヤツの身体がぶつかりあって転がり、崖の上昇気流に巻き込まれた。

錐揉みしながら上空へと舞い上がる。


―ドッグファイトに持ち込まれた!


ヤバい!まだ飛ぶの得意じゃないんだよ!

くそっ!とりあえず逃げる!


直ぐ様体制を立て直して逃げようとするがヤツは散弾をやめて機関銃のように粒子を撃ち出して逃げ道をふさいで行く。


ちくしょう!不味い!加速しろ!

死角に入れ!


だけど上空へ更に上空へと追い詰められて行く。どこまでの高度が生存限界なんだよ?

逃げ場は少なくなって行くばかりだ。


―意識がクラっと来た…。


そうだ。ブラックアウトだ。俺の脳はまだこのスピードに馴れてない。この低酸素の高度に馴れてない。生まれて間もないんだから。


気が付いたら落下していた。


そうか…。ヤツは俺が生れたてだって気づいてたのか…。だからここに追い詰めたのか


―フワリフワリ。


暗くなった視界の中に何か見えた。

父ちゃんと母ちゃんの羽根だ。

無くしちゃいけないよな?


それを両足で掴んだ。

そこには羽根なんて無かった。

でも『そこ』を確かに掴んでいた。


―ありがとう。父ちゃん。母ちゃん。


俺の意識はその瞬間クリアになっていた。

ヤツの気配はすぐ後ろだった。


掴んだ『そこ』を基点にしてクルンと頭を上にして振り返った。


ヤツは驚愕していた。

ザマァ見ろ。盗んでやったぞ。


迫っていたヤツの無事な目と胸に翼爪を突き立て、ヤツの足に俺の足爪を突き立てた。


―加速しろ!最大だっ!


地表へ最大の加速を。もう何もさせない!

自分の両翼から更に黒い翼が生えているようだった。


自分で思うのも何だけど、めっちゃカッコいいな!父ちゃん。母ちゃん。兄弟達見てるか?


―俺やったぞ!


瞬間、地面にヤツごと突っ込んだ。



◆◆◆



地面にはクレーターが穿たれていた。

ヤツの気配はもうない。


俺はバウンドして川に落ちたみたいだ。

身体はズタボロの泥だらけで流されながら空を見上げていた。


―最期まで見守ってくれてたんだな。


兄弟達4人は上空を旋回していた。

そして、クレーターに俺の姿がないのを確認すると1人、また1人と飛び去って行った。


飛んでる!やったな!

そうだ。俺の言う事を良く守ったな。

俺は大丈夫だから頑張れよ!


―兄弟達の巣立ちを見送ると意識は薄れていった。続く限りのエールを…。




―頑張れーっ!頑張れーっ!頑張れーっ!!





























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