【11-5】夜襲 ②

【第11章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817139554817222605

【イメージ図】エレン郊外の戦い 8/20 23時30分 帝国軍の想定

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139559139323328

====================



 8月20日22時30分、エンレー旅団は、ヴァナヘイム軍本営にたどり着いた。


 彼等は、敵本陣について正面を避け、天幕がまばらな側面に忍び寄る。


 虫の音が響きわたるほど静まり返っている。本営に残るヴァ軍兵士は、眠りこけているのだろう。



 防護柵の一部を数カ所に渡って引き抜き、防護盾を踏み倒すと、彼等は陣営内に躍り込む。


「……!?」


 エンレーは、ここで首をひねった。さらさらな髪が揺れる。



 どういう訳か、ヴァ軍の将兵が見当たらないのだ。


 静かであった。


 敵本営内とは思えぬほど、静謐せいひつであった。



 考えてもみたら、別動隊に帝国本営を急襲させているさなか、ヴァナヘイム軍本営が静まり返っているというのも、おかしな話である。そもそも、師団規模の本営にしては、篝火かがりびの数も明らかに少ない。


 エンレーは下馬し軍剣を抜くや、無数に置かれたヴァ軍の天幕の1つをぐ。しかし、割かれた帆布の先も無人であった。


 ――さては、勘付かれたか。


 そのまま陣営を奥まで進むも、ヴァ兵と行き当たることはなかった。



 ブランチ家の次男は、ヴァナヘイム軍が退避していた場合のシナリオを考えていなかった。そもそも、敵本営にヴァ軍将兵が居なければ、急襲も何もない。


 ――このまま陣営だけでも焼き払うか。

 彼が善後策を講じようとした時だった。数発の発砲音を皮切りに、無数の銃弾が飛来し始める。周囲の兵卒がバタバタと倒れていく。


 エンレーは地に伏せながら、ただちに応戦を命じる――安堵感を覚えたことについては、表に出さないようにして。敵将兵が本営に居てくれたことで、作戦は予定通り遂行可能なのだ。



 さすがは、師団本営を固めるヴァ兵である。飛来する銃弾は力強さをもって飛んでくる。敵兵の発する野太いうなり声は、暗夜を震わせた。


 エンレー麾下は完全に力負けとなり、本営の外へじりじりと押し戻されていく。やむなく、先ほど蹴倒した防弾盾すら持ち出し、やり過ごそうとする。


 ――間もなく兄の率いる一隊も到着するはずだろう。

 それまでの辛抱である。北回りで進軍したアーダン旅団が到着すれば、前面のヴァ軍を挟撃できるはずだ。


 うわさをすれば影――そうこうするうちに、前面のヴァナヘイム軍のさらに向こう(北側あたり)から喚声が聞こえて来た。


 アーダン麾下きかの到着だ。



 早くも長兄は、ヴァ軍の背後に攻撃を仕掛けてくれているに違いない。我らもそれに呼応しなければ。


「いまだッ!打って出よ!!」

 エンレーのやや甲高い声に応じ、将兵は再び防弾盾を捨てた。前面の敵に迫り、猛射を浴びせる。


 ヴァナヘイム軍・本営隊と帝国軍・エンレー隊の間で、再び激しい応酬が繰り広げられる。


 ――我ら兄弟に挟撃されながら、意外に敵もしぶとい。


 しかし、さすがのヴァ軍も、やや息切れし始める。銃声が散漫になった頃合いを、エンレーは見逃さなかった。


 彼は、麾下の騎兵に突入を命じたのである。


 暗闇へと兵馬が突入していく。


 それを迎え撃つべく、相手も着剣を済ませたのだろう、馬蹄と雄叫びが入り混じり、激しい接近戦が始まる。



 暗夜のため、双眼鏡もほとんど役に立たなかったが、エンレーは前方を凝視せずにはいられなかった。


「……うッ!?」


 一瞬だけ、二対のレンズがあるをとらえた。


 それは、旗印――しかも見慣れた構図のようだった。篝火が少ないため、再び模様を浮かび上がらせるには心許ない。


 それは、ヴァナヘイム軍に翻る旗印のはずであった――見慣れた構図のはずがなかろう。彼は、レンズ越しに目を凝らす。

 

 だが、夜間戦闘中である。両軍とも軍旗はほとんど掲げていないため、双眼鏡の視界においそれと再登場することはなかった。


 ――気のせいだったか。

 エンレーがそう思った時だった。彼の両目は、再びその旗印をとらえた。


 今度は、確実に。







 それは、「雌牛」の模様だった。





 彼が生まれ育った生家の紋章――ブランチ家の旗印だった。




「……ッ!?」

 の喚声が響くなか、エンレーは髪を振り乱し、沈思した。


 ほんのわずかな間であったと思うが、とても長い時間のようにも感じられた。



 当たり前のことだが、ヴァナヘイム軍が、ブランチ家の旗を掲げることはない。


 いま、このヴァ軍本営にて、自分たち兄弟以外にブランチ家の者はいない。


 兄・アーダン麾下を先に屠り、奪った旗を掲げているとでもいうのか――我らを惑わすために。


 否、我らが銃火を交わすまで、発砲音が響いていないことから、アーダン旅団が先行して殲滅させられたことはないだろう。


 何より、あの屈強な兄旅団が、簡単にやられるはずがない。

 


 エンレーは、自ら想起した仮定を自ら否定していったが、いよいよ、恐るべき事実を認めざるをえなくなる。





 彼らがヴァナヘイム軍だと思い、必至に銃剣を交わしていた相手は、長兄・アーダン麾下の部隊だったのだ。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


裏をかいたはずのエンレーの作戦でしたが、ミーミルはさらにその裏をかいてきました。


戦闘推移とミーミルのこの先の手筋が気になる方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「【イメージ図 ③】エレン郊外の戦い」お楽しみに。


闇夜に同士討ちを演じてしまったブランチ兄弟の様子を、絵図をもって解説します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る