【6-15】囮作戦 2 花模様

【第6章 登場人物】https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428954319651

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 キイルタ=トラフは、愛銃の癖を知り抜いている。


 銃口を照準からわずかばかり左に逸らすと、彼女は静かに引き金を引いた。



 敵の将校と思わしき影は、面長な顔を撃ち抜かれ、その衝撃でのけぞったまま落馬した。


 将官を失い、浮足立ったヴァナヘイム軍は一方的な殺戮さつりくの的となる。



 帝国軍は各所で優勢に戦闘を進めていたが、1区域だけ例外があった。


 ブライアン=フェドラー中佐麾下の前面に展開するヴァナヘイム軍は、指揮官を失っても頑強な反撃を繰り出していた。


 フェドラー大隊の中央は、いつの間にか撃ちすくめられ、備えが薄くなっていた。正面のヴァ軍は、そこへ最後の突撃を仕掛けてきたのである。


 敵による捨て身の白兵戦を前に、あわや大隊長戦死かと、レイスたちが顔をしかめた時だった。



 突撃をかけたヴァ軍の横面に、騎兵ごと体当たりした一団が現れる。


 その騎兵は「黒コガネ」の旗がたなびいていた。あろうことか、その先陣を突き進むのは、紅茶色の髪が翻る女指揮官――レディ・アトロン――であった。


 小銃を撃ち尽くしたのだろう、馬足をゆるめることなく愛刀の鞘を払うや、白刃の翼を広げていく。


 斬り上げ、薙ぎ、斬り下げ、突きが決まり刃が敵兵から抜けなくなっても、レディ・アトロンは慌てる様子は見えない。馬上の敵の体へ彼女は軍靴の裏を見舞い、その反動でサーベルを引き抜くや、脇の敵兵を払う。


「……」

「……」

 双眼鏡越しながら、女連隊長の気迫にのまれ、戦場慣れしているはずのトラフやゴウラたちも、言葉にならない。


 接近戦では、銃よりも刀が有効であることは理解できるが、連隊長自ら乱戦のなかに突入することについては、さすがのレイスも説明がつかなかった――「レディ・アトロンゆえ」としか。


 主人の剣技の妙を際立たせるアトロン家伝来の名刀は、刀身の鍔元つばもとから切っ先にかけて薔薇の花模様が刻まれている。血しぶきを浴び、花びらが紅く染まるのは、刀匠が意図したものだろうか。


 突撃の足を止められ、ダマになったヴァ軍は命運尽きる。味方の背中に当たることを恐れ、射撃の密度を薄めたところを、帝国軍騎兵による蹂躙じゅうりんを許した。


 白刃により薙ぎ払い、馬蹄によって蹴散らし、踏みつぶすことで、最後のヴァナヘイム軍の抵抗を平らげ、レディ・アトロンは、部下の窮地を救った。


 しかし女連隊長は戦場で勇を誇ることなく、そのまま麾下もろとも戦場を疾駆・迂回し、再び灌木かんぼくの茂みの裏、自陣に収まっていく。


 アトロン騎兵という暴風が駆け抜けた後、立ち尽くすヴァ軍の残骸に、態勢を立て直したフェドラー大隊が、とどめの一斉射を見舞う。



 アトロン連隊の完勝が具現化されたその時だった。


 背後の山腹に展開するヴァ軍が、ラッパと小太鼓の音を響かせ、鳴動し始めた。


 地面にうつ伏せになり、自軍を指揮していたレイスも顔を上げる。

「お出ましか……?」


 猛将・アルヴァ=オーズ中将麾下各隊の蠢動しゅんどうである。


 眼下の友軍がなす術もなく撃ち減らされていくのを看過できぬと、動き出したようであった。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


戦場におけるトラフの射撃術やレディ・アトロンの剣技に魅せられた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「【イメージ図】囮作戦」お楽しみに。


本編3回にわたってお届けする「囮作戦」につきまして、帝国・ヴァナヘイム両軍の様子を今回も図上に落とします。

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