【5-6】異国かぶれ ⑤

【世界地図】航跡の舞台

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927860607993226

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 帝国と砲火を交わせば、この国は必ず亡びます――。


 店内の喧騒が消え去ったかのように、友人の父親の声は、ソルの耳奥に響いた。


 その語気は、子ども相手に説くそれではなかった。これまで聞いたことのない彼の厳しい物言いに、ソルは思わず体が硬直を覚えたほどだった。


 だが、それらの言葉は、家訓と相反する手ほどきを受けた時と同様に、少女の胸に再びストンと落ちるのだった。


 それだけ、ソルは彼の薫陶くんとうを受け、諸外国の多くの文物に触れ、帝国の書籍を読み込みつつあった。


 多くの演目や書物を通じて、自国が産業文化ともに、いかに遅れているか、気が付きはじめていたのだった。


 少女は無自覚のうちに、ヴァナヘイム領民のなかでも稀有けうな存在となりつつあった。




 ヴァナヘイム国民衆の気質は、熱しやすく激しやすい。


 ブレギアは帝国相手に勝利を重ねている。その隣国と戦い続けてきた我が国も、帝国に負けるはずがない――そうした論調が諸都市をあっという間に席巻していった。


 ヴァーラス城塞都市では、代議士・リング=ヴェイグジルが領民たちをあおった。


 隣国に後れを取るな、我らも立ち上がれ、と。


 端整なマスクに若作りが相まって、もともと根強い人気のあったこの代議士は、領民たちがいま一番欲している声をよくわきまえていた。


 人気代議士による威勢よく小気味いい言葉は、たちまち広まっていった。城塞内では連日大小の集会が開かれ、兵役に志願する若者が相次いだ。


 家の方針により、新聞を読ませてもらえないソルですら、それら集会の勇ましい声は耳に届き、ビラに書かれた過激な言葉は目に留まった。


 ソルの実父・ファーリ=ムンディルも時流に共鳴した。王都に参内しては、文務省・教育局局長としての執務などそっちのけで、ヴァーラス城主として軍議に参加し、城下に戻っては調練の視察と忙しくなった。




 友人との別れは、思いがけずにやってきた。


 その日も舶来品の並んだ応接間で、2人はお茶を飲みながら、帝国の児童書についておしゃべりをしていた。


 その時、友人の父親が突然王都から戻ってきたのである。夏休みでも年末年始でもない時期の帰省に、少女たちは戸惑った。


 彼は、遊びが御開きになってしまったことを領主の令嬢に詫びたあと、いつになく怖い顔で、実娘にだけ早く身支度するよう命じた。


 しばらくのあいだ、一家は王都の別邸で暮らすことになったのだという。父親のただならぬ様子に、友人ははじかれたように自室に駆け込んでいった。


 彼の厳しい口調にソルは覚えがあった――それはすぐに思い当たった。ずっと少女の耳に残っていたあの言葉――帝国と戦えば、この国は必ず亡びる――を浴びた時と同じ調子あった。


 小一時間で身支度を終え、最低限の着替えや本などを革の旅行鞄に押し込んだ友人は、あわただしく馬車に飛び乗った。


「また、遊ぼうね」


「手紙、書くよ」


 せわしない雰囲気にのまれ、少女たちは気の利いた言葉を交わすこともできなかった。


 友人とその父親の乗った馬車が通りを曲がるまで見送ると、自分の迎えの馬車が到着するまで、少女は1人応接間に戻った。


 ムルング産の紅茶は、冷めていて渋かった。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


突然引き離されたソルと友人のその後が気になる方、ぜひこちらから🔖や⭐️をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


ソルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「少女の冒険 ① 祭りの前」お楽しみに。

少女が自分の足で歩きます。


久しぶりに訪れた王都は、殺伐としていた。

祭りの前のように、彼らは熱気に酔っていた――。

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