【5-18】梟

【第5章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428838539830

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 ソル=ムンディルのノーアトゥーン滞在はここまでであった。


 夜中に屋敷を抜け出していたことが発覚した娘を、父は問答無用でヴァーラス城へ送り帰してしまったのである。


 帰路、少女が馬車に揺られているうちに、後先考えぬ愚か者たちが、帝国大使館に押し入った。


 ヴァナヘイム・帝国間の戦端が開かれることになったわけである。


 帝国暦381年3月3日のことであった。

 


 大使館関係者を惨殺したアルヴァ=オーズ中将以下を、ヴァナヘイム国の民衆は絶賛した。


 新聞は彼らを英雄扱いし、英雄たちをいましめてきた農務大臣や軍務省次官を国賊扱いにした。


 物事の本質を見極めた者が世間に異端視され、国を救わんと尽力する者が民衆に奸物扱いされる――。


 大きな声量の意見や、数の多い側の行動が本当に正しいのか。それは帝国のやり方と同じではないのか。


 夜、自室に隠れながら新聞を開いたソルは、首をかしげるばかりだった。窓に映った己の姿を見て、まるでフクロウか何かのようだと、ソルは1人自嘲気味に笑った。




 大使館襲撃以降、ヴァナヘイム国は国交を一方的に破棄し、歩み寄ろうとする帝国を一蹴した。


 そして、審議会の上申を受けた国王・アス=ヴァナヘイム=ヘーニルの名により、アウジ=ヴィスブール大将以下、国内の貴族将軍麾下全軍への動員が発令された。


 帝国暦381年4月5日のことである。


 ヴァナヘイム国は止まらない。


 帝国大使館襲撃後、新聞は水を得た魚のように躍動した。好戦的論調はとどまることを知らず、威勢の良いあおり文句は爆走した。


 新聞という名の暴走汽車に、ヴァ国の貴族から領民までが飛び乗り、車上で吠えたぎった。



 そうしたなか、農務相・ユングヴィ=フロージと軍務省次官・ケント=クヴァシルは諦めなかった。


 戦時特別糧食法――食糧を無条件に前線に投入できる仕組みづくり――について、審議会にはかる前に農務省が廃案に追い込んだ。


 東方・リューズニル城塞を、ブレギア領・アリアク城塞より騎翔隊がうかがいつつあり――との情報を軍務省は、「いつでも後詰ごづめに向かわせる用意をしておくよう」ヴィスブール総司令官をけん制した。


 同時に、軍務省はその外局たる外務省へ、帝国との交渉の可能性を探らせ続けた。


 国を想い民を守るため、彼らは身をていして暴走汽車へブレーキをかけようとしたのである。


 だが、彼等に出来ることは限られていた。大きなうねりの前に、彼等は非力だった。


 新聞は2人を蛇蝎だかつのごとくこき下ろす。彼らの悪評は、たちまち民衆へ伝播していく。



 帝国避戦論は踏みにじられた。



 そうしたやり口が、ソルにはうとましくて仕方がなかった。


 各紙の勢いばかりの論調に、疑念を差し挟まない読み手たちも大概であろう。


 新聞が垂れ流す軽薄な情報や意見に感化され、自らろくに調べ考えようともせず、感情のままに拍手喝采を送る愚かな存在――この国の民衆が、ソルは心底嫌いになった。


 だが、この国において、彼女の考えは圧倒的な少数派である。



 周囲が異常に見える自分こそが、異常なのかもしれない――不条理に包まれている間に、少女は何が正しいのかよく分からなくなっていった。


 話を聴いてほしい――友人とその父親は、相変わらず行方が分からなかった。


 話を聴きたい――ヴァーラスに帰された身の上では、農務大臣や軍務次官に会うこともかなわなかった。



 少女は1人、郊外のヴァーラス駅へ向かった。


 帝国からの生活物資を満載した貨車や荷車の姿はなく、あれほど賑やかだったホームも停車場も静まり返っていた。


 居並ぶ酒場や宿屋は、どこも「休業」の看板が下りていた。


 道路脇には、虚ろな目をした者たちや力なく頭を下げた者たちが、そこかしこに座り込んでいる――職を失った者たちなのだろうか。


 反対に、帝国へ攻め込むための兵馬や軍需物資を載せた車両が、活力に欠いた街道を時折南下していった。



 ソルはヴァーラス城下の屋敷内に閉じこもるようになっていった。


「ばっかやろう……」


 机に広げた新聞紙に、水滴が1つ2つと落ちた。



 いつしか少女は、動くことはおろか考えることにすら、億劫おっくうになってしまった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


帝国との戦端が開かれてしまったことに落胆された方、

落ち込むソルを励ましたいと思われた方、

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ソルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「お化け屋敷 上」お楽しみに。

帝国軍がヴァーラス城塞に迫ります。


ソルは、屋敷に1人残っている。

彼女は自室の天蓋付きベッドで、胸の前で両手を組み、仰向けに横たわっていた――。

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