第7話 目合

「先日の部活動も、なかなか有意義なものだったわね」


 休日 二人で一両編成の電車に揺られて町へ行った


「ただの荷物持ちでしたけどね」


 町と言っても寂れたもので 駅近くの小さな商業施設は空きテナントが目立った


「そんな不満げな顔で言わないで欲しいわ。最上階のペットショップで目を輝かせていたのは誰なのかしら?」


 三階 プレイランドが大半を占めるフロア


「小動物には、目が無いんですよ」


 きつめの臭い 電波状態が悪い最上階


「契るような兎との見つめ合いには、嫉妬したわ」


「あの兎、ホント可愛かったですよね! 正直、お持ち帰りしようかと悩みました」


「あら。私を持ち帰るだけじゃ、満足出来なかったのかしら」


 先輩は 哀し気に俯く

 もちろん 似非であることは言うまでもない


「持ち帰るって、人聞きの悪い」


「そう? それじゃあ、私は枯木君のオナペッ――」


「で、あんなにお菓子買って、どうするんですか?」


 一階にある食品売り場で これでもかというくらいに買い込んでいた


「少し、配る予定があるのよ」


 脚を組む先輩

 椅子の軋む音が生々しい


「そういえば、あの子ちゃんと親に会えたんでしょうかね」


 プレイランドの隅で「いないの」と言って泣きじゃくる幼女がいることに気が付く

 たどたどしい話から 親と逸れてしまったらしいことを僕らは悟っていた


「私達が出る頃まで、間隔を空けて何度かアナウンスがあったわね」


 母親と逸れてしまったようだと僕が店の人に伝えて 小一時間


「親っぽい人いましたか?」


「枯木君は見たかしら?」


 僕は 腕組みした


「三人……いた気がします」


「へえ」と言って 先輩は興味津々で先を促す


「まず、あの階から慌てて階段で降りて行った四十代ぐらいの女性です」


「それから?」


「それから、僕達が並んだ一階レジの後ろにいた三十代くらいの女性」


「そして?」


「僕らが入店した時、入れ替わりに出て行った五十代ぐらいの女性ですかね」


「その三人の女性が、親でありそうだという根拠は何かしら?」


「落ち着きが無くて、焦っているように見えたところ……でしょうか」


「なるほど。では、置き去りにしようとしたとかいうのは無しで、その中で枯木君は、誰が母親だと思うの?」 


「年齢的に一番しっくりきそうなのは、レジに並んでいた三十代じゃないでしょうか?」


「だとすれば、アナウンスが聴こえていたはずだから直ぐに迎えに行くのではないかしら?」


「逆に場所が分かっていたから、買い物済ませちゃおうとしたんじゃないんでしょうか?」


「図太い親なら有り得そうね。だったら、あんなに焦る必要はないと思うけれど」


「確かにそうですね……」


 先輩の言う通り とても焦っているように見える女性だった

 あの様子からすると 娘のことであるならば 真っ先に迎えに行きそうなものだ


「じゃあ、四十代ですかね?」


「慌てて階段を下りる姿からすると、考えられるわね。でも……」


「でも?」


「あの女性ひと、トイレの場所を店員さんに聞いていたわ」


「あの階なかったですもんね。では、用を済ませて……ん?」


「そう、そもそも連れて行くと思うわ。仮にあの子が愚図るようなら、直ぐに戻るはずよ。それに、アナウンスは一度だけで十分だと思うわ」


「とすると、五十代……ですかね?」


「かもしれないわね。でも、多分違うわ」


「どうしてですか?」


「聞こえなかった?」


 僕は 記憶を呼び起こす……


「そういえば〈遅刻しちゃう〉って、言ってましたね」


「そう、あの焦り方は予定に対してのものだと思うわ」


「ということは、全員ちがう……」


 人気も然ほど多くはないデパートの中 焦っている母親なんて直ぐに見分けが付くかと思ったけれど 中々に難しいものだった


「先輩は、誰が母親だと思いますか?」


 相貌を少しだけ崩して 微笑んでいる


「私は、誰もだとは思わないわ」


「じゃあ、他の女性……」


「そうじゃないと思うのだけれど」


 理解できない


「どういうことですか?」


 何か 揶揄われているようだという事だけは判った


「だから、母親ではなくて、父親よ」


「――あ⁉」


 いた 確かに

 階段を一段飛ばしで駆け上がる 二十代後半ぐらいの男性が帰り際にいた


「でも、どうして……」


「あの人、携帯電話を握り締めていたでしょ? あれは多分、プレイランドで電話に出たのではないかしら。けれど電波が悪かったのでしょう。その所為で場所を変えた。そして、思いのほか長電話になってしまって慌てて戻った……という所かしら」


 そうなのだ よく考えたら あの子は泣きじゃくっていて「パパ」とか「ママ」とかいう言葉は口にしてはいなかった

 母親だと思い込んでいた僕は そう店員さんに伝えてしまった……


「お見事です」


 先輩は 首を横に振る


「確信ではないわ。それに、枯木君の優しさが何より大切よ。ご褒美にバニーガールの恰好でもしてあげるわ」


「遠慮しておきます」


「なぜ?」


「そんなことをして頂いたら青春豚野郎になって先輩の夢を見ないように気を付けなくちゃいけないからです」


「そう」


 夏風

 いつもより長く目を合わせた気がする

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