7-4
「そこのガラクタごと、片付けなさい——」
苛立ちを募らせきったアビゲイルがそう命じると、ひょろりとした長身の半裸の男が錬金術の何かの器具だろう——人一人分は入るくらいの培養槽の後ろから出てきた。
「……………」
男は黙り込んで、ルカ達の前に対峙する——ただの人間ではない事が、姿からルカにはすぐ分かった。白目を剥いていて、涎を垂らしている。
(廃人か? いや——)
思いかけて、フレッシュゴーレムだろうとルカは思い直した。こんな状態で、生きていられるほど強い人間なんてものは、ハーメルンくらいのものだとルカは思う。
びっしりと男の両腕には羽が生え、鳥の翼のようになっている。人間の手だったはずの場所には、鋭利な鉤爪が着いている。死体をゴーレムに利用される前は別の実験に使われていたことが見てうかがえた。
(これはきっとゴーレムだ。精神を崩壊させた人間じゃない——だって、確かめる余地はないんだから)
ルカは自分に言い聞かせ、震える拳を握りこんだ。人を殺したくないと悲鳴を上げる自分自身を後押しするために。
覚悟を決めるのを待ってくれるほど、現実は甘くはない――男は、強く床を蹴ると跳躍し、瞬く間に姿を消した——同時に、強風がルカの横を通り抜ける。
「———!」
刹那——ルカの視界の隅でリンドが男の鉤爪を受け止めているのが見えた。
「ふっ————」
鉤爪を振るわれた方の腕を引っ掴んでいない方の左腕を、リンドは男のみぞおちに向けて振るう。どずっ、という鈍い音がして、リンドの左拳は男のみぞおちにえぐり込まれる。対して男は痛みに悲鳴を上げる事もなく、リンドに掴まれていない方の鉤爪をやみくもに振るい、リンドから距離を取った。
本能か、そう組み込まれているのかルカには分からないが——男は瞬時にリンドと接近して戦うことが分が悪いという事がわかったらしい。
「……」
距離を取られても、リンドはすぐに床を蹴って、逃れようとする男に肉薄した。男は跳躍し、また風と化す——正確には、人間が視認できない程度の速さで描けているだけなのだろうが——リンドは確実に男を目で追えていることが、ルカには見て取れた——両者はルカの知覚の外の戦いをしている。ひとならざるものだから為せる技だろう。
魔力を探れば応戦できない事はないが、リンドに投げてしまってもいいか、とルカはアビゲイルに向き直った。
「あそこの奥の扉に、屋根裏の階段が続いてる」
いつの間にか隣に居たハーメルンが檻のある所より奥まった場所を指した。ぼんやりと扉があるのをルカは視認する。
「どのみちアビゲイルとアンジュはなんとかしなきゃならないんだ……試してみるか——ハーメルン――」
アビゲイルの注意を引き付けておいて欲しい、とルカが頼む前にハーメルンはまっすぐにアビゲイルの下へナイフを振りかざして行った。とはいえ、恐らく彼がルカの気持ちを汲み取ったわけではない――彼にとって、この場で殺したい相手はアビゲイルだからだろう。
(そもそも命令して聞いてもらえるような関係性でもねえしな……それに関しちゃあの蜥蜴もだけど……)
自分たちの奇妙な関係性にルカは苦笑しつつ、ルカは檻の中で蠢く怪物を再度視認した。
やはり、怪物――アンジュの姿はじっと、見つめていたくなるような姿ではない――気持ち悪い、というよりは、これが少女だったのだと認めたくない、怒り、悲しみのようなものが、ルカの中から湧き上がってくる。
「——破滅の一縷よ」
振り切って、ルカはぼそりと唱えた――瞬間、単純な衝撃波が檻に襲い掛かる。
「アンジュに手を出さないでぇっ!」
悲鳴じみた声を上げるアビゲイルをハーメルンは行かせまいとナイフを首に突き付ける。アビゲイルは憎悪しきった眼で、ルカを睨みつけた。
檻に向かって放たれた衝撃波は、辺りの物を巻き込みながらも檻にぶち当たる前に音もなく消失して行った――というよりは、視認できない何かに吸収されたようにルカには思えた。
(かなり高い魔力で練られた結界だ……カーバンクルの魔石を媒介にしているとしたら、まずい……)
ルカは胸の内でうめく。魔術が不可視の結界に吸収され切ると、蠢いていたアンジュがいきなり檻の中で巨体を揺らし始めた……。
「アンジュ――アンジュッ! 落ち着いて! 大丈夫よ、ママがいるから、ねえっ!」
アビゲイルはそう、檻の中の娘に訴えかける。だがその声は届くこともなく、アンジュは檻の中で暴れはじめた。アンジュがその巨体を檻にぶつけると、ばちいっ!という激しい音を立て、苦しんでいるようにアンジュは奇声を上げ痙攣した――鉄の格子に雷電の魔術術式が刻まれているらしいことを、ルカは理解する。
(こんな姿になった娘でも教育しているつもりなのか。暴れたら痛い目を見る、と……)
ぞっとして、ルカはアビゲイルを見た。彼女の目からは、涙がこぼれていた。
「大人しくして、お願い、あなたのためなの――」
言われても、アンジュは何度も身体を檻にぶつけては感電するのを何度も続けている。檻から出ようと興奮しきった様子で。
「ルカ君――あれって、どういうことなのさ」
唐突にローブを引っ張られ、ルカは吃驚する。物陰に隠れていたハーメルンが手招きしつつ、声をかけてきたのだ。
「あ、ああ……魔術を吸収する壁――魔術術式結界だ」
現実に引き戻されて、ルカはハーメルンの疑問に答えてやる事にした。
「魔術術式結界が張られてて、殺すにも殺せねえ。かなり高い魔力で練られてるし、多分カーバンクルの魔石から持続的に魔力を供給されてるんで、壊すのも難しい……とはいえ、檻から出さなきゃ攻撃は出来ない」
「つまり?」
「檻の鍵を開けるには鍵がないし、魔術で檻を破壊することもできない。で――物理的に破壊しようにも、高電圧の電流が流れる仕掛けになってる――でも、あれを殺そうと思うなら、檻から出さなきゃ殺せない。割と詰んでる。しかもあの巨体でも破壊できないくらい頑丈な檻ときた」
「出さなきゃ殺せない、か……ねえ、結界って穴はないの?」
ハーメルンに聞かれて、ルカは首を傾げた。が、答えてやるべく口を開く。
「結界は術者の練度によっても違うが……高い魔力で練られていればもちろん魔術を防ぐこともできる。試してないんで分からんが、もしかしたら物質に反応する仕掛けもあるかもしれない。だが、実態は魔力の糸で編まれている対魔術用の障壁でしかない。糸の網目がある……まあ、人間が抜けられるような大きさじゃあねえだろうがな」
「……霧くらいの細かさなら抜けられるかな……」
ハーメルンが呟くのに、ルカは納得しかけた。だがすぐにかぶりを振る。
「電撃を喰らうぞ。檻にそう言う仕掛けがあるっぽいし……危険だ」
「電撃を喰らったくらいで、僕が死ぬわけないじゃん」
あっけらかんとハーメルンは言うと、自分の身体を崩し始めた。ぼろぼろと、ハーメルンだった破片が宙に舞う。破片はさらに小さくなっていき、やがてふわふわと白い霧がその場に浮かんでいた。
「……アンジュに手出しはさせないわ!」
ばっと振り向いたアビゲイルがそう叫ぶと、リンドと戦っていた男が霧と化したハーメルンの方へ向かって来る。
「早く片付けなさいよ!」
アビゲイルがさらに叫ぶと男の挙動が変わり、動きがより俊敏になる。ざむっ!と霧を鉤爪で切り裂く――が。無論霧は斬れない。空を斬るだけだ。そのまま霧になったハーメルンは男をすり抜けて、風に吹かれているかのように猛スピードで檻に向かって行く。
男も続いて檻の方へ向かう――阻止すべく、ルカは口を開いた。
「破壊の牙持つ猟犬よ!」
ルカがそう唱えると、二つの黒い光が男に向かって駆け抜けるように飛んでいく。 男は先ほどのように人の目に見えぬ速さで光の猟犬から逃れようとする――だが部屋の中では逃げ場にも限界がある――ついには男は光に追い付かれ黒い光に包まれる。そのままずどんっ!と音を響かせ、男の身体はあっけなく爆散した。
鉤爪は腕ごと吹きとび、鳥のような羽を散らして、頭が離れた胴体だけになっていたが――男の胴体は床を這いずり、檻の方へ向かっているように見えた。意味はないが。
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