七章 愛も正義も

7-1

「ああ。そうだ。だが、正確には違う。僕はヨハンの造ったゴーレム人形だ。六体目らしいな。五体目の手記にあった」

 他人の事を話す風に、ヨハンは言った。ルカは複雑な気持ちになって、ヨハンを困惑気味に見つめる。それに対して、ヨハンは笑みを浮かべた。

 人と目が合ったら微笑みかける。そうするのが人間として自然な行動だと判断したのだろう。

「……何故いちいち声をかけた。魔術やなんなりで攻撃すればいいだろう」

 ルカが尋ねるのに、ヨハンは迷いなく、間髪入れずに答えようとする。

は、ヨハン・パートランドは、君のような、魔術連盟の魔術師が来るのを待っていた。大方、カーバンクルを探しに来たのだろう? それと、禁術に手を染めた錬金術師の捕縛」

 ヨハンの言葉に、ルカは黙ってうなずき、

「待っていた、というのはどういうことだ」

 そう尋ねた。ヨハンはまた無表情のまま、ルカの問いに答えようと無機質に口を開く。

「彼の願いを叶えるためだ」

「彼って……ヨハンか? お前、快く犯罪者に手を貸すとでも思うのか、俺が?」

 わけがわからないという調子でルカが言う。隣にいるリンドが殺気立ち始めたので、ひとまずルカは目でそれを制した。

「断るなら、君がカーバンクルを手に入れる手立てを失うだけだ」

 そう言うと、ヨハンは何やら宙に視線を向けた。勿論何もない――今は。

 少しすると、白い霧のような気体が唐突に発生する――ルカは魔力と、その現象に覚えがあった――つい、顔を歪める。

 白い霧が徐々に人型に変わっていく――やがて踊り場に、傷だらけのハーメルンが小さな体をうずくませて、現れた。

「ハーメルン……」

「メンテナンスはまだ終わってないのに、呼び出してすまないね」

 また感情のこもらない声で、ヨハン。その声に答えず、ハーメルンはただ肩で息をしている。先ほどの出来事が尾を引いているのだと、ルカには分かった。

「上階へ続く扉を開くための魔力は彼が持っているらしい。これは三体目の手記にあった」

「その命令権はお前にあるってか」

 忌々し気に、ルカはうめいた。それに対し、ヨハンは否定する様にかぶりを振った。

「いや。私の一言で術式が発動し、彼は爆死するように設定した。そうすれば君は、カーバンクルを手に入れる手立てを失うだろう」

「——なんだとこのクソ野郎! そんなことをする前に、お前をぶっ殺してやる!」

 怒りに任せて、ルカは叫んだ――ハーメルンを追い詰める理不尽が、また増える――罪を犯したとはいえ、彼がこれ以上そういう目に遭うのは、ルカにとっても耐え難い事だった。

「……それほどヨハン・パートランドは追い詰められているという事だ。理解してほしい」

 と、ヨハンは言った。苦し気に、絞り出すような声を出すべき場所であるが、相変わらずの無感情な声でだ。

「六体目であるは、最早ヨハンの残りかすでできたような存在だ。彼の手記が無ければ、人間のふりをすることもままらなかった。そう、最後のチャンス、というやつだ。僕はそれを逃すわけには行かない」

 淡々と続けるヨハンに、ルカは唇を噛みしめた――お前は身勝手だ、と叫びたくなる衝動を堪え、ただ睨みつけた。

「その、ヨハンの願いってななんだ」

 怒りに震えるルカの代わりに、リンドがあくまで冷静に問う。

「……ヨハン・パートランドの妻、アビゲイルの賢者の石の創造の阻止と、その原因たるアンジュの殺害。この二つは絶対条件だ。アビゲイルの生死は問わない」

 報告書でも読むかのような声音で、ヨハンは告げた。リンドは眉をひそめる。

「アンジュ?」

 リンドの問いに答えようとしたヨハンだったが、その前にゆるゆるとハーメルンが立ち上がり、

「……アンジュは、延命しようと狂ったアビゲイルに化け物になったんだ。しかも、術に耐えられなかったアンジュの魔力は。つまり、アンジュの身体をベースにしたフレッシュ・ゴーレムでしかないんだよ」

「……フレッシュ・ゴーレムって?」

 リンドが隣で冷静さをようやく取り戻したルカに問う。

「死体を媒介にしたゴーレムの一種……通常のゴーレムは、泥と魔力のみで造られるが、泥の代わりに死体を使う事によって、元の生物と似た形状になる。行動パターンもある程度はマネできる、そういうだ……」

 答えながら、ルカは意味ありげにヨハンに視線をやった。その意味に気づいたらしいリンドもまた、ヨハンを見つめる。

「我々もヨハンの死体をもとにした、フレッシュ・ゴーレムだ。少しずつばらした彼の死体を使い、造られた。六度目の私は、最後に残った心臓をもとに造られた。心臓はあの小ささで、一人作れるからね、最後にとってあったんだろう」

 事実を淡々と話すヨハンに、ルカはぞっとした。ヨハンと言う男の、願いに対しての妄執に。

「アビゲイルの不毛な行為を終わらせることをヨハンは望んでいる」

「賢者の石というものの実態は、一体何なんだ……?」

 錬金術師だけが知りえるという真実を、ルカは尋ねる。するとヨハンは、無表情な表情を変えた――その表情は、彼が浮かべた中で、一番人間らしいものだった。ヨハンは皮肉気な笑みを浮かべた。

「賢者の石なんてものはないよ。あるのは、研究しつくした先人が残した実在するなら強大な魔力をもつ石だろうというやけっぱちな言葉だけだ」

 感情のこもらない声で彼が自嘲気味に明かした錬金術師の秘術は、そんなものだった。彼はただのゴーレムではあるが、ヨハン・パートランドという男の絶望と悲哀を受け継いでいるように、ルカには思えた。

「アビゲイルは、その男の言葉に縋り続け、凶行を繰り返している。化け物を延命し続けるために手段は選ばない女だ」

「ゴーレムとはいえ、ヨハンだろう、あんた。それなのに……」

 どうしようもなく、ルカは呟いた。ヨハンはまた表情を消して、口を開く。

「さっきも言ったが、わたしはヨハンの残りかすでしかない――いや。適切ではないな。君はきっと、ヨハン・パートランドと言う男の言葉を欲しているんだろうな。それなら」

 そう言ってから、彼は――ヨハンは、頭を深く下げた。

「もう、妻と娘の苦しむ姿を見たくはない。どうか、僕の眼に映る絶望を終わらせてくれ」

 相変わらず声は無感情だったが、切実で、悲痛な一言だった。

「……わかった。ヨハン、お前の願いを叶える。約束する」

 その男の一言は、ルカの心を動かすには十分なものだった。


 あれほど二人が苦心していた扉は、ハーメルン手を当てただけで瞬く間に開いてしまった。恐らく魔力でも込めたのだろうが。

 扉の先は長い廊下が広がっていた。外から見た屋敷からは想像できない広さだった。恐らく、魔術によって目に映る建物の形状を偽装しているのだろうとルカにはすぐに分かった。

 ルカが真っ先に足を踏み入れると、リンドが何やら肩を掴んできた。

「あ?」

「てめえが前歩けよ」

 そうリンドが鋭く言いつけた方向には、ハーメルンがいた。ハーメルンは訝し気な顔をするでもなく、ただリンドの方へ目を向ける。

「てめえみたいのに後ろ歩かれたかねえんだよ。妙な気起こして刺しかかってきても面倒だしな」

 一切の敵意を隠すことなく、リンドがそう言って、ルカをどかしてハーメルンを前に押しやる。

 リンドの言った事に何の間違いもなかった。別に、ルカは否定する理由もない。だが……。

「いいよ。ぼくが妙な気を起こしたら、後ろからぶち殺してくれていい」

 振り向かずに、ハーメルンは言った。そして、続ける。

「アビゲイルは多分、アンジュと一緒に二階の最奥の研究室にいると思う。カーバンクルは屋根裏部屋に閉じ込められてるはず。屋根裏への階段は研究室経由でしか行けないから、どちらにせよ先に二人を何とかするのが先だ」

「言った事全部、信用しろってか?」

 相変わらず刺がある風に、リンドは言う。

「ぼくには嘘をつく理由がない。別に信じなくたっていいけど、ぼくはぼくで、けじめをつけなきゃいけないから行くんだ」

 だから、とハーメルンは続けて、さっとリンドに視線をやる。

「邪魔立てする気なら殺す」

 ぼそりとハーメルンが言った瞬間、ルカははっとした。

(あ、そっか。こいつらアレか、ガチで殺し合いしてたわそいやー……) 

 そんな風にルカが冷汗をかいていた瞬間、リンドが床を蹴る――のを、ルカが羽交い絞めにして阻止することに成功した。

「離せボケカスクソ魔術師お前からめためたにぶっ潰してやろうかコラ」

「短気は損気だぞ……ヤメロ暴れるなデカくて重いんだよお前ええ……」

 悲鳴じみた声を上げながら、ルカは今にもハーメルンに殴り掛かりそうなリンドを必死に止める。に対して、ハーメルンはふっ、と鼻で笑った。

「ごめ~ん、単純単細胞な蜥蜴君と、短い間でもやっていける気がしなくてさあ。てわけでこの辺で帰れば?」

「よし! コロース! 人間じゃなくて混ぜられちゃった人でなしだからノーカンだろノーカン!」

「や・め・ろ・や!」

 怒声を上げつつ、ルカは掴んだ体制のまま、リンドの尻を膝で蹴り上げた。想定外の攻撃だったらしく、「うぐおぉぉお……」とリンドは情けない悲鳴を上げて床に倒れ込んだ。

「……殺す気なら、とっくの昔に襲い掛かってるよ」

「ンなもんは分かってる、先を急ぐぞ」

「……そう信用されてるのも、むずがゆいっちゃむずがゆいね」

 ぼそりとハーメルンが言ったのに聞こえないふりをして、ルカは悶絶しているリンドを引きずりながら先を急いだ。



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