6-2

「本当にごめんなさい」 

 別の部屋に子供たちを連れて行った女が戻って来るなりそうルカ達に頭を下げてきた。先ほどの出来事からか、かなり憔悴しきった様子だ。

「いえ。ところで、大丈夫ですか? ケガとか……」

「傷だらけでぼろっぼろのてめえが言う台詞か、それ」

 言いかけるルカに、リンドが鼻で笑いつつそうかぶせてきた。

「……お前は黙ってろ」

 そうルカが静かな声で窘めると、リンドは「へえへえ」と不満げな声を上げ、だるそうに柱にもたれかかった。

「私は大丈夫よ、ありがとう」

 そう女は言うが、ルカは心配になり、ぱっと彼女の身体の怪我の具合を確認した。

(確かに……大したケガはなさそうだ。口ぶりの割に、別に殺す気はなかったって事か……? ますますわけわからん、あいつ……)

 そう胸の内で呟きつつ、ルカは不機嫌そうなリンドの方へ視線を向けた。すぐに気づかれて、なにやらリンドに睨みつけられたのですぐに視線は外したが。

「あの……さっきあの子が言っていた、みんなが死んじゃうって言うのは……」

 女の無事を確認したので、ルカはそう尋ねた。聞かれた女は少しだけ戸惑ったような様子だったが、

「……私にもよく分からないんだけど、あの子が言うには、他の子供たちが人質にされてるんだって言うの」

 そう答えた。ルカは続いて尋ようと口を開く。

「他の子供たち……ハーメルンが助けた子たちですか?」

「ええ。さっきの子たちもそうよ。私は、ハーメルンの育て親みたいなものなんだけど、今はあの子たちのお世話もしているわ」

 女は落ち着かない様子で手を組んだりしながら、ゆっくりと続ける。

「ハーメルンにはもしあなたたちが来たら適当にあしらって、追い返してほしいって言われたんだけど……」

(食事を出して、滞在させ、翌日、適当に帰そうと思った……ということか。確かに自然だし、友好的なら妙な印象も持たれない)

 言いづらそうな女の説明にルカは胸の内でつけたし、そう断定した。

「……本当にごめんなさい。謝っても謝り切れないけれど……あの子があんな真似をするなんて、思わなかった。ハーメルンの力になりたいからって、毒を盛るなんて、そんな、恐ろしい事を……」

 女は俯いて、頭を抱えつつそう涙声でうめいた。断罪を待つ罪びとのように、ただ女は顔を俯かせたまま、そのまま黙り込んでしまう。

「……ハーメルンは、愛されてるんですね」

 ルカの口からこぼれた言葉は、そんな一言だった。発したルカ自身も苦笑しそうになる、場違いで、滑稽で、陳腐な。そんな、くだらない、どうしようもない言葉。

 それでも、俯いた女の顔を上げさせる程度の力が、その言葉にはあった。

「そんな風に言ってくれて、ありがとう……あの子は、本当は優しい子なの。なんでも、全部自分で背負い込んで、黙っているのが玉に瑕だけれどね」

 目尻をこすりながら、女は微かに笑ってそう言った。女の様子の変化にルカは安堵して、つられるように微笑んだ。

「殺されかけたのに、何ニヤニヤしてるんだか」

 ぼそりとそう呟くリンドを無視し、ルカはまた尋ねる。

「……ハーメルンは、ずっとこの村に?」

「いいえ。元々此処は、わたしの故郷だったの。しばらく離れていたんだけどね。別の街にいたとき、時路地裏で倒れていたハーメルンに出会ったのよ」

「……ハーメルンは、捨て子だったんですね。だから同じような境遇の子供を助けてるのか」

 あくまで優しい声音で、ルカはそう納得したように言った。

 ――と。

「どこに行く」

憮然とした様子で柱にもたれかかっていたリンドがいきなり家の出口の方へ足を向けたので、ルカはそうつっけんどんに尋ねた。リンドはそちらには目をやらずに、答える。

「ガキの身の上話なんか興味ねえわ、クソ馬鹿馬鹿しい」

 そう答えにならない答えを言って、リンドはさっさと家から出て行ってしまった。ルカはそんなリンドに肩をすくめたが、特に引き留めるでもなく、女に向き直る。

 女はリンドが出て行った理由がが自分たちにあるのではないかと責任を感じているのかオロオロとし、不安げな表情を浮かべている。

「……大丈夫です、そのうち戻ってくるはずですから。たぶん」

「……仲がいい友達なの?」

「いいえ。全然」

 ルカはきっぱりと言うが、その言葉が女はまた不安にさせたらしい。それでも言葉が見つからないらしく、それ以上リンドについては言及しないように、ルカには思えた。

(俺を殺せなかった。だからあいつは信用していいんだ)

 ルカは胸の内でそう断定した。少なくとも、目の前の女より、ルカにはリンドの方が信用できると思えた。

 利害と言うものは、希薄なものではあるが、それでも強固な繋がりなのだ。

「……ハーメルンは元々裏社会に暗殺者として飼われていた子でね、それで、仕事に失敗して――瀕死の状態で、路地裏に倒れていたの」

 続きを話し出した女に耳を傾けつつ、よくある話だとルカは思った。

 子供は、へたな大人が近づいて来るよりずっと警戒されにくい。だから子供は暗殺者として重宝される。ナイフを突き刺す力がなくとも、無邪気ささえあれば人は殺せる――殺人というのは、そういうものだ。

「ハーメルンのいた組織には同じくらいの子たちがいて、誰かが脱走すると皆殺しにされるんだって言って、助けたとき、そう言って戻ろうとしたの……もしかしたら、あの子がああして子供を助けようとしているのはそのためかもしれない」

(……助かったのが、幸運だとは言い切れない……んだろうな)

 ルカは胸の内で呟いた。誰かを踏み台にしてまで助けられる自分の命が、それほど価値のあるものだと真に思える人間なんて、いるのだろうかと、ルカは漠然と思った。少なくとも、自分はそう価値のあるものだとは思えなかった。――かつては。

(それでも、あの人は生きて欲しいと願ってくれたんだ)

 そうルカは心の中で結論付けた。ハーメルンもいつか、気づく日が来るだろうと、ルカはぼんやりと思った。

「……彼が助けた子供は、二人だけですか? 他には……」

「……何人か、ヨハン先生の手伝いに行ったきり、戻ってこないの。それを、ユーキ――ええと、さっき、あなたたちに毒を盛ろうとした男の子なんだけど、ユーキが、人質にされてるんだって、言うのよ」

 眉を下げて、女。ユーキ、という少年の名前の響きは異世界人の名前だとルカには分かった。セインシアでルカが会った医師、マサチカと同じくニッポン人だろう。

(異世界からこの国に流れてきた異世界人の生存確率は著しく低い。それも子供とあれば、顕著だ。だけに、ハーメルンへの恩義が強くあるんだろうな……)

 先ほどのユーキの必死の形相を思い出しつつ、ルカはそう納得した。

「……ヨハン……錬金術師の、ヨハン・パートランド氏ですか?」

 ルカが尋ねると、女は頷いて、困惑した表情のまま続ける。

「そう。ヨハンさんの手伝いをすることは前からそれなりにあったんだけど……ハーメルンも、最近はヨハンさんのところへ通ってばかりで、うちにも帰っていなくて……昨日帰ってきたと思ったら、貴方達の話をして、さっさとどこかに行ってしまうし……」

「ヨハン氏は、家族と暮らしていると聞きましたが、家族構成は?」

「ヨハンさんには……奥さんがいるわね」

「妻だけですか? 彼に子供は居ないのですか?」

 矢継ぎ早に尋ねるルカに対して順調に答えていた女だったが、そう尋ねると、考え込むように黙り込んでしまう。

「……よくわからなくて……」

 少したってから、曖昧に女は答えた。その様子に、ルカは眉をひそめるしかない。

「……よくわからない?」

「……その、この村はね、元々疫病が蔓延していた村なのよ。だから住民もどこかに移り住んだ人も多いの。私は疫病が流行る前に、出稼ぎに出ていたんだけど……」

「……え?」

 初耳だった。少なくとも、ルカがヒューバートから聞いた話にはそんな情報はなかった。もしそんな事実があれば、ヒューバートは既に話しているはずだとも思えた。

「……ウィートンで疫病が蔓延していたのは、教会が秘匿しているの。ヨハンさんの錬金術で造られた薬で疫病が治ったらしいから」

 女が言った言葉に、ルカは合点がいった。疫病が錬金術で造られた薬で解決、となれば神の威光が危うくなる。魔術が人の役に立つ、という事柄があれば、ひと昔前のリーズ教会はあらゆる手段を使ってその事実を揉み消していたことは特に珍しい事でもなかったからだ。

「なるほど……それで、疫病と、彼の子供と何か関係が……?」

「ヨハンさんは、教会も慰問に訪れない、誰からも見捨てられたウィートンの疫病を治そうと薬の開発を進めていたの。そのせいで娘さんも疫病にかかってしまって……その薬ができたのは、娘さんが亡くなってからだったの」

「……彼の娘は、既に亡くなっているのですか?」

 ルカの言葉に、女はまた困ったような表情をした。それだけの話でもないらしい。

「それが……ヨハンさんはで話をされていたのよ。聞き間違いかもしれないけどね……」

 また曖昧に、女。ルカにもよく分からなかったが、錬金術師の娘について唯一知る情報を女にぶつける事にした。

「……その子の名前は……アンジュ、ですか?」

「ええ。アンジュ・パートランド。五歳くらいの、元気な、可愛らしい子だったと叔母から聞いているわ」

 ハーメルンが言っていた情報と、ヨハンと言う錬金術師の話にようやく重なる点が見つかって、ルカは息をついた。

(錬金術、娘の死、大量の魔力を保有するカーバンクル、あらゆる奇跡を引き起こす源になる至高の秘術、賢者の石――母親はよくわからないけど、多分、これは……)

 ルカは今ある少ない情報から、あるひとつの答えを導き出した。それは荒唐無稽で、愚かしい、滑稽な、そんな答えだったが――それでも、それに至る痛みはルカにはよく理解できた。

(……娘を蘇生させる魔術を本気で造ろうとしているんだ、その錬金術師は……)

 ルカは苦々しい顔をしつつ、胸の内でそううめいた。

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