5-2
「錬金術師!? そいつは――女ですかっ?」
ルカはつい、そう喰いかかる勢いで尋ねた。ハーメルンが言ったことを、思い出したのだ。
「いえ、男性の方で――ヨハン・パートランドと言う方です。薬師をされています。連盟から発行された魔術的薬物の取り扱いの許可証も拝見しました」
少々驚いた様子で、ヒューバート。ルカは軽く頭を下げると、小さく息をついた。
(ハーメルンがいっていたのは「母親」だ……いや、あいつが嘘を言う可能性だってあるが)
ヒューバートの言葉はルカの思ったものではなかったので、少々落胆はしたが、ヒューバートの話に引き続き耳を傾ける。
「元々は廃屋となっていた屋敷を改築され、ご家族で住まわれているそうで……特に不審な点は見られませんでした。博識な方で、加えて彼が作ったゴーレムのお陰で生活が大変便利になったそうで……村の方々からも慕われているようです」
「ゴーレム、ですか。土塊と術者の魔力で造れるそうですし、労働力としてはかなり便利でしょうね」
「ええ。もしも錬金術がらみの問題があるのならば、ヨハン殿を訪ねてみるのもよいかと思います。きっと力になって下さるはずです」
と、ヒューバート。彼にそう言わしめるという事は、それなりに腕が立つ、信頼における魔術師ということだろうとルカは思った。とはいえ――。
(錬金術師と聞いた時点で、今の俺には信用は出来ないが……)
そう胸の内でルカは呟いた。少々顔を曇らせているヒューバートは小さく息をつく。
「私が今提供できる情報はこの程度ですね……あまりお役に立てず、申し訳ない」
「いえ、十分ですよ。ひとまず――」
ルカは少々迷ってから、
「ドロッセレインに向かってみようと思います」
そうヒューバートに告げた。隣でリンドが「は⁉」とすっとんきょうな声を上げたが、ルカは無視を決め込んだ。
「幻獣保護施設の職員のなかに、ジョエルにカーバンクルを提供した人間がいるはずです。ハーメルンを直接つついても、また逃げられるかもしれないし……」
ルカが言いかけると、唐突に戸が開く音が響いた。
「その必要は無いよ、ジュリアス君」
わざわざルカの偽名を呼びつけるその声と共に、ルカ達の話に入ってきたのは六十代くらいの、伸ばした顎ひげが特徴的な男だ――ルカに、自分はジョエルの友人だとか名乗った、あの、やけに幻獣などに詳しく、不自然に博識だった不審な男である。
「は――あ、あんたはあのときのっ!」
「ウェズリー施設長。お早い到着で」
吃驚したルカを尻目に、ヒューバートはにこやかに男――ウェズリーに挨拶した。
「し、施設長って――」
「この方はドロッセレイン幻獣保護施設施設長、ウェズリー・グリーンバリー氏です。……と、面識はおありのようですが……」
不思議そうに言うヒューバートに、ルカはついかっとなって、
「ひ、人が悪いですよ! おっしゃられれば、俺だってあんな無礼な態度はっ」
そう怒声を上げた。どちらかといえば、ウェズリーに対してではなく、気づけなかった自分の愚鈍さに、ルカは恥ずかしくなってついそう怒鳴ってしまったのだ。
「はははは……いやあすまない、私もあの時は急いでいたのでね、意地悪をしたようで申し訳ない、アッシュフィールド君」
苦笑ぎみにそう言うウェズリーにルカは嘆息し、改めて口を開く。
「ところで、必要がないというのは……」
「ジョエルに引き渡した魔術師が分かったからさ。私はそれを調べに来たんだ。どれもある魔術師が担当している幻獣たちだったからね――彼だよ」
ウェズリーが示すように顎をしゃくる。示した方には二人の魔術師が、拘束された男――顔には痣があり、一応、手当はしてあるようだが――手を見ると指が折られているようで、拷問の痕跡がありありと残されているのにルカは気づいた。
「……彼が?」
そうウェズリーに問うたルカを、恨めし気に拘束された男が睨みつけてきた。
「マイルズ・エイデン。優秀な職員だったんだけどねえ」
ウェズリーがそう声を上げた。言葉の割に、さして残念そうでもないように、ルカには思えた。
「お前が、幻獣たちをジョエルに引き渡したんだな」
きわめて静かな声で、ルカ。脳内で、阿鼻叫喚に包まれる会場の様子が鮮明に映像として流れ出した。それを、かぶりを振って消し去る。
「……そうです。ある人物からジョエルへ商談を持ち掛け、カーバンクルと比較的僕のいう事を聞く適当な幻獣を用意しました。高額の報酬に目がくらんで」
淡々と、マイルズは答えた。罪を、罪とも思っていないような、なんの反省の色も見えないようにルカには思えた。ルカには当然だとも思えた――たかが、物の価値を決めるしかできない金などという、くだらないものに固執するような、この男には。
「――ある人物と言うのは」
「……顔は見えなかったのでわかりません。声からして女性でした。取引が終わった後も、薬で失神させられたので、どこに向かったかも」
相変わらず声の表情を変えずに、マイルズは答えた。
あのときの、胸を貫かれ、絶命した男の悲鳴がルカの脳内で響いた――幻聴だと言い聞かせたが、ルカはついに我慢が効かなくなって――ついにマイルズの胸倉を引っ掴んだ。
「どうしてそんなことをしたんだ……罪になると、わかっていただろうが!」
マイルズを連行してきた魔術師たちの制止を振り切り、ルカはマイルズに怒鳴り散らし続ける。
「人が死んだぞ! お前のせいで、何人も!」
「――僕の同僚もたくさん死にました」
ルカの非難をものともせず、マイルズはぼそりとそう呟くように言った。
「……は?」
唐突に言い出したマイルズの言葉を理解するのに、ルカは時間がかかった――解説してやるとばかりに、マイルズは切れた痛みに口端を歪めながら、口を開く。
「幻獣保護施設の仕事をあなたは知っていますか。危険な化け物を、何故保護しなければならないのか理解しがたい生き物を、命がけで世話をするんですよ」
「それは、幻獣たちは人間よりもはるかに力がある種類もいるが……」
「そのくせ、貰える給金はあなたたちのような戦闘魔術師に比べれば雀の涙ほどです。おなじ命を懸けているのに、不平等だと思いませんか……?」
訴えるような口調で、マイルズ。理解してくれと言いたいような、そんな切実さをルカはマイルズの声から感じ取った。――が。
「……そう言う仕事だから、仕方ないんじゃないのか。それを分かって、この仕事を選んだんだろう?」
ルカは言葉を選んで、恐る恐るそう口にした。――ルカは、マイルズの言っていることが分からなかった。
「あなたは異常者だからそう思えるんじゃないですか」
幻滅したような顔をして、マイルズはそう吐き捨てた。ルカはマイルズの言葉にぎょっとした――刃物でも突きつけられているような気分になった。
(異常者? 俺が? なんで?)
訳が分からなくなって、ルカは自問を繰り返した。それでもマイルズの言ったことの意味はわからなかった。
「普通の人間は、自分の命を懸ける事に、疑問を覚え、怒りを感じるものなんですよ!」
ルカの疑問に答えるように、マイルズはそう怒鳴った――ルカは、その勢いに気おされ、つい顔を俯かせた。
(……何故? 疑問を覚える? 怒る? 何に対して? だって、人は死ぬじゃないか――人は殺されれば死ぬんだ、なにがおかしいんだ……―――おかしいのは、俺なのか?)
葛藤しながらルカは、マイルズの顔を盗み見た――マイルズの嫌悪に満ちた視線が――どちらかというと、異質なものをみるような――冷淡な視線がルカを刺していた。
(俺を、そんな目で見ないでくれ――俺が、まともではないのだと言いたげな、その目! やめてくれ――俺は、やっとまともな人間になれたはずなんだ!)
ルカは逃げ出したくなる衝動を抑えながら、胸の内でどうしようもない悲鳴を上げた。
黙り込んでいるルカにより怒りを募らせたらしいマイルズは、かっと目を見開き、ルカを責め立てる。
「せめてと、それ相応の対価を貰おうとすることが、そんなにおかしい事でしょうか!?」
ルカの気など知らず、畳みかけるように言ってくるマイルズに、ルカは何度か口を開いては閉じを繰り返し、ようやく、
「俺には、わからない……」
そう絞り出すようにつぶやいた。――自分の異常性を突きつけられたルカには、それくらいしか言えなかった。
「人殺しを専門に――」
「――ということだ。アッシュフィールド君。さっさとこの男は牢屋にぶちこんでしまうとするよ。よろしくね」
また何か言おうとしていたマイルズを黙らせ、魔術師たちに連行する様にウェズリーは促す。マイルズは何か未だにわめきちらしていたが、左腕を掴んでいた魔術師が容赦なくマイルズのみぞおちを殴りつけたので、すぐに静かになり、そのまま去って行った。
マイルズの声が聞こえなくなって、ルカは深く息をついた。苦痛から解放されて、心から安堵する。
「……幻獣保護、ということ自体の重要性を理解できる魔術師が少ないですからね。彼をそうしてしまったのは、そう言う現実かもしれませんね……」
ヒューバートは、どこか気の毒そうに連行されていくマイルズを見つめた。
「うちの施設は、連盟から支給される資金も少ないし、給料も多くないんだ。エイデン君のように幻獣に対しての情熱がない職員にはちと厳しいかもしれない」
ウェズリーはヒューバートの言葉を引き継ぐ形で話し始め、続ける。
「皮肉なことだけれど、この機会をきっかけに、魔術連盟の上層部も幻獣保護の意義がようやく理解できるんじゃないかなと思う。まあ、つまり……悪い事ばかりじゃないということだ」
「……そうですね、そうだといい」
ルカは呆然とそう答えた。と――。
「つか、そこのてめーは幻獣保護施設とやらの長なんだろ? ザルかよ。ヴィーヴルのやつがよく黙ってるもんだぜ……なにせ、ヤツはカーバンクルを通して外界を視ることができるからな」
隣で不機嫌そうに黙っていたリンドが、不遜な笑みを浮かべつつ、そう言った。ルカは初めて知る情報にぎょっとしたが、ウェズリーは動じることなく、
「あー……彼女には黙っているんだ。それに、彼女の洞に通じる道も封じている。彼女は洞から出てこないだろうが、万が一に備えてね」
苦笑まじりにそう答えた。ルカとしては、色々と聞きたいことがあったが――。
「ば、ばれたら大事でしょう! それに、ドラゴンに人間の魔術師の結界が効くんですかっ?」
「いや? たぶん破ろうと思えば破れるけど、結界はブラフ。どちらかというと魔力遮断の術式を隠すためと、時間稼ぎ。カーバンクルからの眼も見えにくくなるようだし」
「なるほー……だから魔力感知ができなかったわけだ。だが――ンなもん張らなくたって、アイツはどうせ洞からは出てこねえよ」
「……何故だ? だって、カーバンクルが盗まれたのが分かってるんだろ?」
ルカに尋ねられて、リンドは目を丸くして、
「……? 自分が離れたら、宝が盗まれるじゃねーか。子供なんて、知ったことかよ」
そうきっぱりと答えた。ドラゴンと人間の倫理観が違う事を、リンドは平然と表明して見せた――ルカは、一気に気分が悪くなった。種族間の相違があるのは分かっていても、ルカには受け入れることができない。
「まあ、流石に知ってて放置はありえねえと思うがな、人間ごときにコケにされて、プライドが許さねえだろうよ」
そう言っているリンドのフード(やけに気に入っているらしい)カーバンクルがもぞもぞと這い出てきた。
リンドの肩から飛び降りてルカの方に移動すると、カーバンクルはじっ、とルカの瞳をを見つめた。ルカも不思議になって、カーバンクルの瞳を覗き込む。
「――!」
途端、ルカは視界がぐらりと揺れた錯覚を覚えた。悪寒が走り、得も言われぬ不快感に襲われた。
焦燥しきって、ルカは立ち上がり、カーバンクルから目をそらそうとするが体が動かず、汗がふき出した。
(何だ――? カーバンクルの、魔術かっ!?)
状況を打開しようと必死にもがくが、ルカは自分の身体だというのに指一本自由に動かすことは出来ない――無論、魔術を使うための口も動かすことを許されない。
「ルカ殿、どうされたのですかっ」
ヒューバートがそう声を上げながら、ルカの身体を揺さぶるが、ルカは反応ひとつできない――興味深そうにしているウェズリーがリンドの方へ視線をやって、
「これは一体なんなんだい? カーバンクルの魔術?」
そう尋ねた。に対して、リンドは口角を上げ、不遜に笑った。
「いや? よーやく動く気になったらしい――お怒りのヴィーヴルの魔術。つっても、まあ――人間からしたら魔法かな」
リンドの声を聞きつつ、ルカは不快感だけでなく、壮絶な眠気に襲われていた――正確には、眠気などではなく、意識が遠くなっていたのだが。
「名前くらいは聞いた事あるだろ、空間転移魔術――地を這う竜でもその程度はできるんだよ」
薄らいでくる意識の中で、ルカはリンドの言葉を聞いた。ルカは荒唐無稽だと思った――自分たち人間の魔術師の常識ではありえないものだった。
空間転移――魔法のひとつだと言われている、離れた場所へ一瞬にして移動するという、技術だ。
魔術で身体を強化して、ある程度まで跳躍することくらいか、何かに人間をしばりつけて、衝撃波で吹き飛ばすくらいしか近しいことは人間の魔術師にはできない。しかも、そのどれもが実用的ではないし、空間転移では可能だという「遮蔽物を無視しての移動」ができない。
それをドラゴンにはリンドが下位だと言ってのける種でもできるというのだ。
(平気で俺たちの常識を覆してきやがって、本当に――嫌な連中だ……)
ルカは胸の内でそんな悪態をつきながら、意識を手放した。
(つめ、た……)
――頬に、ひやりとした感覚が触れてルカは目を覚ました。
ルカが目覚めたのは、もちろんベッドの上でも、先ほど居たハドロウズ支部の机でもない――なぜか、冷たい石の上に転がっていた。
壁も同じような材質に見える――薄暗い、石窟らしいとルカおぼろげな意識の中、思った。
「……っ! な、なんだ、ここ……っう……」
覚醒しかけ、段々と混乱してきたルカは声を上げたが、唐突に吐き気が襲ってきてすぐに口を閉じる。
「カーバンクルの空間転移魔術だよ」
上から声が降ってきて、そちらに視線をやる。辺りを見回し、何かを探しているリンドだった。
「空間転移……マジだったのか……」
息も絶え絶えに、ルカがそううめいた。そんなルカに、リンドはわざとらしく大きなため息をついた。
「人間ってほんと軟弱だよなあ……たかだか空間を移動するくらいで、グロッキー状態になるとか……まあ、内臓が破裂する奴とか、四肢がバラバラになる奴もいるみたいだから、まだマシかあ」
「ンなもんに軽率に巻き込みやがってこの小動物……」
ルカは何も知らぬとばかりにそのあたりで跳ねているカーバンクルを半目で見つめた。
「まあ、正確にはこいつを通してヴィーヴルが空間転移魔術を使った、ってのが正解だぜ相棒。お手柄だ、ヴィーヴルの洞にご招待されたみたいだな、お前」
「はあ……? ていうか、お前はどうやって来たんだよ……お前、空間転移なんて使える魔力あるのか……」
ルカに問われて、リンドは呆れかえったような表情をする。
「はあ? 空を飛ぶオレさまに、空間転移なんてショボ魔術必要だと思ってんのか?
ただカーバンクルにオレさまも連れていくように命じただけだ。竜種は上位種に絶対服従だか――」
リンドが揚々と話しているさなか、ルカはえずきだした。顔を真っ青にし、必死に吐き気を耐えている――リンドの足元で。
嫌な予感がしたリンドもまた、顔を青ざめさせ、口元をひくつかせた――本能的に危険を感じ取って、リンドは地面の強く蹴る――が、ルカがしっかりとその足を掴んだ。藁にも縋りたいとでも言いたげなルカは涙目だ。
「ちょ――相棒、落ち着け、待って――馬鹿にしてごめんて――」
「もうむり……」
顔面蒼白のルカが限界だとばかりに、泣きながらそうこぼす。瞬間――。
「やああああめえええええろおおおおおおおおっ――」
リンドの悲鳴が石窟全体に響き渡った――理由は、言うまでもない。
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