五章 愛を捧ぐために

5-1

 結局――リンドがそのまま宿の食材がなくなるまで暴飲暴食を続けていたので、ルカはばかばかしくなって(とはいえ、疲労がたまっていたのは確かだ)翌日まで休んだ。

 酒樽に頭を突っ込んで寝ていたリンドを叩き起こし、ひとまずルカはヒューバートに会いに行くことにし、魔術連盟ハドロウズ支部に足を向けた。

「なんでいちいちンなとこに寄るんだよ、とっととカーバンクル探しに行こうぜ」

 唸るように、リンド。ぼりぼり頭を掻きながら、ひどく眠そうにしている。あれだけ異常な量を飲んでいたのに、リンドからは酒精の匂いはこれっぽっちも感じなかった。

(ドラゴンにはアルコールを急速に吸収・分解する器官でもあんのか?)

 まあ、どうでもいいが……と、ルカはくだらないことを考えるのをやめた。

「お前は蜥蜴だし無職だからいいけど、俺は人間だし一応組織に所属してるから、そういうわけにもいかないんだよ」

「ちぇ……めんどくせえな人間! みんな好き勝手に生きればいいのにやれ組織だなんだかんだと……雑魚は群れなきゃ気が済まねーのかよ」

 リンドがそう苛立たしげに声を上げるのに、

「……弱いから」

 ルカはそうぼそりとつぶやく。聞こえなかったらしいリンドが眉をひそめた。

「――弱いから、自分たちを守るために、群れるんだ。お前みたいな生き物にはわからないさ」

 皮肉気に言ったルカの言葉に、リンドは何か言いかけて、結局そのまま押し黙ると肩をすくめた。

 意外な事にリンドは嘲笑するわけでもなく、呆れたような、どこか残念だとでも言いそうな、そんな複雑な表情をしていたようにルカには思えた。

(こいつの考える事なんぞ、俺にはどうでもいい)

 ルカにはリンドの真意などわからないし、わかりたくもない。

 


 魔術連盟支部の建物というものは、大抵がその支部の支部長の性質が現れているように、ルカには思える。

 派手好きな男が支部長の支部は、外観が無駄にきらびやかだったし、気位が高い女の支部長は、見下ろすためなのか、わざわざ高台を作って、その上に建てていた。

 ハドロウズ支部はさして大きくもなかったが、周りの掃除も行き届いていて、可愛らしい花も植えられていた。きちんとしているように、思える――ルカがそう感じるのは、ヒューバートへの好印象もあるからだろうが。

 と――。

 ハドロウズ支部の周りの雑草を抜いている人物――と言っても、あきらかに人間ではないことが、外見からよく分かる——ルカは特に動じずに、

「やあ」

 そう、気さくに声をかけた。するとルカの存在に気づいたらしく、人ではないそれは振り返った。途端、隣をぼうっと歩いていたリンドはぎょっとした顔をする。

「なに……? 犬が服着てんだけど……犬人間?」

 リンドが言いながら指を刺した先には、ふさふさの尻尾を揺らし、狼のような外見の、それでも人間と同じような服を着た、二足歩行の生き物だ。凶暴そうな、野生の狼然とした顔だったが、声をかけてきたルカを見るなり嬉し気な表情をした。

「コボルトも知らねーのかお前は……彼らは魔獣のなかでもとても友好的で賢く、人間とも上手く共生できる生き物なんだよ。魔術連盟でも彼らの五つの部族と友好関係を結んでるんで、こうして魔術連盟の仕事を手伝ったりしてくれるんだよ」

「へー……」

 未だに信じがたい、みたいな顔をしているリンドにルカはコボルトが首から下げているペンダントを指した。

「これが、魔術連盟と協力関係にあるという証だ。この証をつけた魔獣や妖精に危害を加えたり殺したりすると、裁判になる。非魔術師であろうとな。逆に、彼らが非魔術師に危害を加えればもっと面倒なことになる。まあ、そんな奴にこれは渡さない。これは彼らへの、信頼の証だから」

 そうルカは解説してやった。コボルトは言葉が何となく理解できたようで、どこか誇らしげにしている。

 軽く手を振ってコボルトに別れを告げ、ルカは扉に手をかけながら、続ける。

「本来レティ―リアでは人間種族以外は基本的にあらゆる権利を認められないが、魔術連盟のルールの中ではそうじゃないからな。彼らコボルトだって、支部の敷地内じゃ最低限の権利を認められてる」

「魔術師ってなに、この国の法律無視なの?」

「支部の周囲と、魔術師特別区では、実質的にな。基本的にやっちゃダメな事――殺人、窃盗、その他諸々の犯罪はまあ普通にレティ―リアの法律にのっとってはいるが、国で認められていない他種族の受け入れや交流なんかは認められてる」

「へー、便利だな」

 自分で質問しておいてあまり聞いていないようだったが、リンドは適当に相槌を打ってくるので、

「それ以外でやらかすと死刑だけどな」

 それだけ言って、ルカは話を終わらせ、ハドロウズ支部へ足を踏み入れた。


「こんにちは。御用を承ります」

 書き物をしていた女性の魔術師が手を止め、ルカ達にそう声をかけてきた。支部の内部も、それなりに整理と掃除が行き届いている。やはり小さい支部で、部屋も少ないし家具も最低限の物しかなかったことから、辺境らしく本部からの経費は少ないのだろうとルカは改めて思った。

「アルカナ十六階位ルカ・アッシュフィールドです。タイナー支部長に会いたいんですが――ええっと、隣にいるのは……協力者です」

「あら……ええと、支部長から伺っております。こちらで少々お待ちください」

 一瞬、訝しそうな顔をしてから、すぐににこやかな表情に戻った女は、長椅子をすすめ、奥の部屋に急いで行った。

 まあ、よくあることだとルカは思った。アルカナ階位だからと言って特別顔が知られているわけでもない。ルカのような年若い青年が魔術連盟の幹部だという事に驚かれることは、別段少ない事ではなかった。

「……お前、いくつ?」

「は? 十九だけど」

 リンドに急に問われたので、ルカはそうつっけんどんに答えた。

「ンなおしめつけたよーな歳のガキにぺこぺこしなきゃならんなんて、まあ不快だらーな」

「魔術連盟は実力主義だ。年齢は関係ない。俺より年下の魔術師がそれなりの役職についてたりするし……てかガキ呼ばわりされる年か、俺?」

 不満げにそう声を上げたルカに、リンドは天井の方へ目を向けた。なにやら考えているらしい彼の横顔は、ルカとさして歳は変わらなそうに見える風貌だ――しかし今の姿は彼が言う「エコい形状」なので、実際の年齢とはかけ離れているかもしれないが……。

「途中から数えるのやめたけど、たぶんオレさま余裕で三百年は生きてるし。ンなもん十九なんか、赤ん坊じゃねーか」

(人間年齢で換算したらどうなるんだろ……精神年齢は五歳くらいだけど)

 ルカをからかって遊ぶぐらいしか暇をつぶせないらしいリンドを半目で見て、ルカはそう胸の内で悪態をついた。


 出された茶が冷めきって、リンドが寝こける程度の時間――と、言っても、後者はさほど時間はかからなかったが――しばらく待って、ようやく、

「すみません、お待たせしました」

 ヒューバートが慌てた様子で奥の部屋から出てきた。目の下にクマが出来て、どこか疲れているように見える。

「ご無事でよかった……いえ、そうでもありませんね、力になれず、すみません」

 席に着くなりヒューバートがルカの方を見てそう頭を下げてきた。ルカにはよくわからなかったが、首を横に振って、否定する。

「そんな。俺はこうして生きていますし」

「……しかし、念のために医者を呼んだ方が。けがをされているようですし」

 そう言われて、ヒューバートの真意がようやく理解できた。ルカは疲れ切っていたので、特に手当もせず、身体を拭いただけでベッドにもぐりこんだのだ。顔にあざがあったのか、どこかに目立つ傷でもあったのだろうとルカは思った。

「そんな、おおげさですよ。この程度、魔術ですぐ治りますし」

 苦笑気味にルカは言うが、ヒューバートは苦々しい顔をした。

「ルカ殿、治療魔術と言うものは――」

「ヒューバート支部長も、お疲れのようですし、話は明日にでもしますか?」

 そうルカごまかしぎみにに冗談を飛ばされて、ヒューバートはまだ何か言いたげだったが「わかりました」としぶしぶこの話を止め、改めて口を開いた。

「それで……まず、幻獣たちのことですが。バンシーの魔術のお陰で、幻獣たちは眠りにつきました。疲れ切っていたのもあるでしょうが――今日中にでもドロッセレインへ送れそうです。弱っている個体もそんなにいませんでしたし、それに関しては良かった」

「そうですか……ありがとうございます。と――バンシーは?」

「グリフォンに乗って、保護施設に知らせを届けてくれると先ほど発ってくれました。君によろしく、と」

 ヒューバートの話を聞いて、バンシーのひとなつっこい笑顔を思い出しつつ、ルカは安堵した。

 ヒューバートは緩みかけた表情を引き締め、続ける。

「それで――先ほどお待たせした理由なのですが、ジョエルの屋敷の、厨房で唯一殺されなかった女に話を聞いていたのです」

「ああ……ハーメルンが殺さなかった――妊婦だったとか言っていましたが」

 寝ているリンドが体勢を崩し、寄りかかってきたのを迷惑そうに押しのけながら、ルカ。

「ええ……彼――ハーメルンに助けられたのだと言っていました。その時は、エイダ夫人が丁度厨房に文句を言ってきた時で――エイダが横恋慕していた雑貨屋の店主の妻である彼女への当たりはすさまじいものだったそうです。いつお腹の子もろとも殺されるか分からないと恐怖していたようで」

 ルカが「ジュリアス・キャピレット」としてパーティにいたときも、エイダの男好きはなんとなく分かっていたので、その話に納得できた。胎に子供がいることも気にもせず、母親を攻撃する――ハーメルンの怒りの矛先としても、十分だとルカは思った。

「……あいつは、なにやら子供を守ることに固執しているようですね」

 ルカの言葉に、ヒューバートは深刻に頷いた。

「彼についてですが……彼女は『霧の天使』だと呼んでいました」

「霧の天使?」

「このあたりで最近、子供を多く取引していた奴隷商が不審死をとげたり、幼児趣味の貴族の家が都合よく狙ったように連続強盗に遭ったりする事件が起きていて――必ずそこにいた子供たちは忽然と姿を消すのが特徴で、凶器や状況から同一犯だと各自警団でも捜査されていたのですが、それでも犯人の足取りはつかめていません」

(あんな消え方をすれば、そりゃあ見つかるはずがない……霧の天使、ね……)

 ルカは話に耳を傾けつつ、魔術によって姿を消したときのハーメルンを、呆然と思い出した。

「民衆の間では色んな考察が飛び交い、悪をさばき、子供たちを救い続け、子供たちと共に霧に紛れるように姿を消す、ということから霧の天使だと呼ばれ始め、タブロイド紙で特集が組まれたりと、人気が出ているようです。恐らくハーメルンは、その人ではないかと」

「天使……か。皮肉ですね、殺人と誘拐を繰り返しているのに。それが、救いになりえる、と」

「それが民衆と言うものですからね。無関係の彼らにとって、人を殺す邪悪すら、娯楽にしかなりませんから」

 ヒューバートは忌々し気にそううめいた。ヒューバートはなのだとルカは思った。皮肉ではない。少なくとも、ルカや、ハーメルンのような邪悪ではないからだ。

(娯楽……か。それでもきっと、正義のつもり、だったんだ……)

 ルカはどうしようもない言い訳を胸の内でつぶやいた。

「それでここからが本題なのですが……彼が連れ去った子供たちの足取りが、分かったのです」

 ヒューバートの言葉に、ルカは吃驚した。ルカの様子には気づいたが、ヒューバートはそのまま話し続ける。

「ドロッセレインの近く――ウィートンという村です」

「何故、分かったのですか? 自警団の調査も、つまっていたんじゃ……独自に調べられたのですか?」

 ルカが問うと、ヒューバートは少しためらってから、口を開く。

「……お恥ずかしい話です……連絡係にコボルトを雇っているのですが、彼は私の息子と仲が良く、ドロッセレインに便りと一緒に、私に隠れてウィートン村に住む息子の友達に手紙を届けていたそうで……バンシーが行くと言う前に、コボルトに知らせを頼もうとしたとき、息子の手紙を持っているのを見つけまして」

 先ほど会ったコボルトだろう、とルカは断定した。コボルトは人間よりもずっと足が速いし、一度行った場所の匂いを覚えるので、連絡係として適正だ。

「その友達が、ハーメルンと何か関係が?」

「息子はウィットロック魔術学校に通っているのですが、友達とはトルトコックで知り合ったらしく、その子はスラムに住むストリート・チルドレンで、奴隷商に捕まった際にハーメルンと思わしき人物に助けられ、息子に尋ねると友達は今、ウィートンに同じような子供たちと暮らしているのだと聞きました」

「……おい蜥蜴!」

 ヒューバートの話を聞き終えると、ルカは怒声を上げて寝こけているリンドを小突いた。

「んが――んだよ、誰が蜥蜴だっての。世界最強の、偉大なオレさまを捕まえて――」

 まだ寝ぼけて、なにやらむにゃむにゃこぼしているリンドをもう一度ルカは殴りつけて、

「カーバンクルがいる位置は!」

 そう尋ねた。不機嫌そうに、「いきなりなんだよ」と、頭を摩りつつリンドはぶつくさ言うが、ルカは早くしろとばかりに急かした。

「たく……この街に二匹。ここに居る奴を含めて。で、こっから北西に――お、五匹。意外と近いな」

 意外そうな顔をしながら、リンドはそう声を上げた。さっとルカはヒューバートに向き直る。

「……ウィートンって、どんなところなんですか?」

 不服そうなリンドをまた押しやって、ルカはヒューバートに尋ねた。

「ウィートン自体はいたって普通の村です。教会の影響も少なく、魔術師の方もいます」

「どんな方ですか? ちいさな村に支部はないと思いますが……」

「錬金術師の方です」

 ヒューバートの言葉を聞いたとたん、ルカは吃驚した。

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