3-5
「……連盟からの任務の調査を兼ねてジョエルのパーティに潜入したところ、幻種などの密売の場でガーゴイルによって閉じ込められていた、と……」
惑っている客たちと幻種の保護をヒューバートの部下たちに任せて、ルカは先ほどまで起きていた出来事をヒューバートに話した。終始苦虫を噛み潰したような顔をしてヒューバートはルカの話を聞いていた――自分の管轄であるハドロウズで、そのような事が起きてしまったことが彼にはひどく悔しいらしい。
「ジョエルが密売をしていたのは、ご存じでしたか?」
ルカにはヒューバートがそこまで愚鈍な男には見えなかったが、念のために聞いてみる。
「ええ……何せ、数回部下を潜り込ませていましたから。ですが、ガーゴイルが……」
「ジョエルが何かあった時のためにと今回のパーティから設置したものかもしれません。客の中にジョエルの友人を名乗る、不審な魔術師らしき男もいました。事実、後ろめたいことをしていたわけですし……正直、証拠をもみ消すには一番確実なものではありますから。ジョエルが作動させた可能性も――」
「……いえ、ジョエルが作動させたとは私には思えません」
ルカの言葉を遮るように、ヒューバートは言い出した。
「……何故そう言い切れるのですか? 確かに、ジョエルの妻、エイダはこの会場にいましたが……」
「私がこの屋敷に着いた頃には、ジョエルはもう死んでいた――いえ、殺されていましたから」
「な――――!?」
ヒューバートの言葉に、ルカは吃驚した。
「あとは、厨房にいた五人、廊下や上の会場にいた侍従が六人殺害されていました。そしてジョエルの死体は書斎に。既に書斎に隠し扉があるのは調査済みだったのですが、ガーゴイルによって扉は封じられ、入れませんでした。こうして侵入できたのは、ルカ殿がガーゴイルを解除してからです」
(厨房にいた人間が殺されていたのは聞いていたが……暗殺にしては派手すぎる。強盗のつもりか……? いや、強盗を装った暗殺か……目的が、わからない……)
ルカはヒューバートの話に耳を傾けつつ、思考を深める。
「それにルカ殿の話では、ガーゴイルの核がバンシーに着けられていたという話ではないですか。まるで、ジョエルが殺されることを想定していたように私には思えます。ルカ殿を、妨害するような――そう、いうなれば……」
「時間稼ぎ……」
ヒューバートの言葉を引き継ぐように、ルカは呟く。それに同意する様に、ヒューバートも静かに頷いた。
「……バンシー。きみが泣くときは、家にいる人間が死ぬときか? それとも――この家の主と、その家族だけか?」
じっとルカとヒューバートの話を聞いていたバンシーがルカに尋ねられ、首をかしげてから、
「このいえにんげんむかしドイルド。たすけるわたし。し、かなしい」
と、答えた。つまり、ルカの言った問いの後者らしい。
「なら、バンシーが泣いていたのはジョエルが殺されたためか……。俺がかぎつけているのを知って……バンシーの魔術が発動することがわかっていたから、てこずることまで想定して、ガーゴイルを作動させ足止めをした――ジョエルから何かを聞き出して、殺害するまでの時間稼ぎか……?」
そう呟くルカに、ヒューバートは頷き、
「恐らくは。ジョエル以外は鋭利な刃物で急所を狙い、ほぼ一撃で殺されていましたが、ジョエルに関しては痛めつけられて殺されていたようですから……拷問されていたのかもしれません」
そう自分の考えを告げた。だがルカもヒューバートもいまだ表情は暗いままだ。
「……ただ、問題は何が目的か、ですね」
ルカに言われ、ヒューバートは頷く。
「……ただの強盗であれば、そんな回りくどい方法をとる必要はありませんし、そのうえルカ殿の存在を知っていたのであれば――何か狙いがありそうですね。トルトコック支部に掛け合って人員を回してもらい、調査しましょう」
「客たちの聴取も必要ですしね。あとは、保護した幻種ですが……」
「ドロッセレインの幻種保護施設に連絡しておきます。……彼らも後ろめたいことがある可能性が高い。すぐにすっ飛んでくるはずです」
「てつだうわたし」
厳しい表情で話し合っているルカとヒューバートの間に、バンシーが割り込み、続ける。
「ドイルドすきわたし。わるいいるようせい。てつだうわたし」
「心強い。ありがとう、バンシー」
少しだけ表情をやわらげたヒューバートにそう言われ、バンシーは満足げに笑った。
「お、お利口さんですのね。褒めてあげてもいいわよ」
蚊帳の外で暇そうにしていたルクレティアが、先ほどのバンシーへの取ってしまった態度を反省しているらしく、ばつがわるそうにぼそぼそと呟くように言う――反省している割には、やはり尊大ではあるが。
「……えらいわたし。えらくないきらいおまえ」
と、じとっとした目でルクレティアを見ながら、バンシー。ルカにまたしがみつきながら、ふいとそっぽを向いていた。
「……きいいいっ……大人しくしていればああっ……わたくしのルカ様にいいっ……合法的にしがみつくなんてええっ……わたくしだったら蹴り飛ばされているのにいっ……かわいそうなわたくし……しくしくしく……」
ルクレティアはまたどこからともなく取り出したハンカチを取り出し、出ない涙を拭き始めた。
「変人奇人極まるお嬢様がいるのにもかかわらず、妖精の少女に現を抜かすとは……さすがルカ様、守備範囲がお広くいらっしゃる」
寝転がっているリンドを平然とまたぎながら、デイモンは手を叩きながらにこやかに言って見せた。
「……あの女性や、控えている執事らしき男、そして、ふて寝を決め込んでいるのは、ルカ殿の協力者ですか?」
「まさか。他人です……」
泣きそうな顔で言うルカに、ヒューバートはなんとなく同情し、そしてルカの言った言葉が嘘であることを瞬時に理解した。
「ひとまず――ルカ殿はお疲れでしょう、簡素ではありますが、支部の仮眠室をお使いください。明日調査に協力いただければと思います」
混沌としてきた場に、ヒューバートは軽く咳払いしてからルカに提案して見せた。に対して、ルカは眉をひそめる。
「いざと言う時、頼れるのはあなたです。私も戦闘の心得はありますが、あなたを翻弄するほどの魔術師、そしてこれほどの手練れの暗殺者を相手取るのはいささか厳しいものがあります。ですから、どうか体を休めてください」
ヒューバートはそう言うが、黙っていたルカは首を横に振る。
ルカの第六感が訴えている。何者かのまとわりつくような視線、あきらかな殺意――それが、真っすぐにルカに向けられているのだ、と。
「そうも言っていられないようです……タイナー支部長、バンシーと一緒に、ここから脱出してください――早く」
一瞬だけ惑いはしたが、なんとなく状況を理解したらしいヒューバートはルカの言葉に従い、バンシーを連れ、保護された客たちと同じように上の階へ駆けあがって行った。
デイモンは既ににルクレティアを庇い、警戒の態勢を取っていた。リンドも何か感じ取ったらしく、うっすら目を開いていた――が、すぐまた興味が失せたように目を閉じたが。
「――こそこそしてないで、出てこい! いるんだろう!」
そうルカが怒声を上げると、石像(今は、粉々にされてはいるが)の台座から、ゆっくりと人影が現れる。
「やっぱり気づいてた?」
その人影の主は、ルカの想像よりもずっと幼げな声だった。別に、子供の暗殺者が珍しいわけでもないが。
ルカの目の前に現れたのは、その声の主に相応しい、色白で小柄な少年だった。少年、とは言っても、十二、十三くらいだろうか。少年と言うには大人びているが、青年と呼ぶには子供過ぎる――そんな、曖昧な年ごろのように見える。
「さすが、アルカナ階位だよね。ルカ・アッシュフィールド君」
少年は大きな瞳を細め、口元にシニカルめいた笑みを浮かべて、ルカを称賛して見せた。一切の尊敬の念も込められていないように、もはやルカには侮蔑めいて感じられたが。
「そもそも、隠す気がなかっただろう」
「うん。きみを暗殺するのは難しいって分かってたし。みてみて! ひとじち!」
悪態をついてきたルカに、にっこりと笑って見せて、少年は自身が隠れていた台座から人影を引っ張り出す。
「……くそったれ」
その人影の姿があらわになって、ルカはつい舌打ちをした。――少年が「ひとじち」と呼び、引っ張り出したのは、ジョエルの妻、エイダであった――ルカにとっては、失い難い――ジョエルが死んだ今、有力な手掛かりを持つ可能性が高い人物だ。
「ぼくのいうこと聞いてよね、ルカ君」
怯え切って涙を流し続けるエイダの喉元に大型ナイフを押し当て、少年はきわめてにこやかにそう言い放った。
「さっきの騒動の黒幕か? わざわざ出向いてくれるとはな。感激で涙が出そうだね」
皮肉を飛ばすルカに対して、少年はまた笑う。三日月のように不自然に弧を描いた少年のその笑みがルカには不気味でしょうがなかった。
「まあ、そんなとこ。喜んでもらえて嬉しいな!」
「一体何が目的だ。ただの強盗とは思えない」
おどけた調子の少年に対して、ルカはきわめて冷徹に尋ねる――今にも泡を吹いて倒れそうなエイダに突き付けられたナイフから視線を逸らさずに。
なんとなく少年から、気まぐれでそのままナイフを突き刺しそうな危うさをルカは感じ取っていたのだ。
「ただの強盗だよ、すくなくともそのつもりだった。ただ、きみたちがいたのは想定外だった」
「ガーゴイルを作動させたのはお前か」
「そうだよ。時間稼ぎにはなったけど、結局欲しかったものは見つからずじまい。きみを足止めしたかったんだ。やっかいなのはきみだけだし」
「人をそんなに殺してまで、欲しい物ってのはなんだ――そもそも、ジョエルを殺したら、それの場所も分かんねえだろうが」
「そうなんだよねえ、ジョエルは、ほんとは生かしとく手はずだったんだけど……怒られちゃうかなあ」
少年のその言葉は、子供が遊んでいるうちに植木鉢でも割ってしまったような口ぶりだった。少しの後悔と反省の色をにじませたような。
それでも、それだけだ。さして悪いことだとは自覚していないように、ルカには思えた。
「――でも、しかたないんだ。ジョエルは、ぼくにとって、殺すべき人間だったから」
先ほどとは打って変わって、少年は一切の笑みを消して、吐き捨てるように言った。
「幻種の密売をしていたからか? 今はやりのエコテロリストってやつかよ」
と、ルカ。それに対して少年は、微かに眉をピクリ、と動かし、
「……ちがうよ。ちがう! ぼくは――ぼくは! こどもを食い物にする大人が大嫌いなんだ!」
分かってもらえない事に癇癪をおこす子供のように――豹変したようにわめきだした。それでも少年に隙は無いようにルカには思えた――むしろ、下手な行動をとれば、少年はその衝動のままに、エイダを殺してしまいそうだとも思え、じっと少年の話に耳を傾けることにした。
「ジョエルは獣人のこどもを繰り返し仕入れて、ある男に売っていた。その子たちがどうなるのか、わかっていたのに、だ! ジョエルもその男も、同じように、無様な醜態をさらして死んだよ! 内臓を腹から出しながら、命乞いして来たんだ! ふふっ、あははははははっ! おかしいったらない――」
喜びと、怒りが混濁したような、興奮しきった声色で、少年はわめき続ける。
「この女もそうだ――厨房にいたおねえさんから聞いたよ、くだらない理由で、妊娠している彼女を蹴り飛ばしたんだって。うまれようとするこどものいのちを奪いかけた、ひどいあばずれだ!」
少年のナイフを握る手が震えていた。強く押し当てられたナイフのせいで血が流れ始め、エイダの口から悲鳴が漏れる。
「やめろ!」
ルカの怒声で、我に返ったらしい少年は息をつき、エイダに押し当てられたナイフを少しだけ離した。
それでも少年の灰のような瞳には、未だ炎が爛々と燃えているように――未だ激怒し続けているように、ルカにはそんな気がしてならなかった。
「こどもを利用し金を稼いでいる大人、無垢なこどもを汚す大人、こどもの命をゴミみたいに扱う大人、まもるべきこどもを見捨てる大人――――全部全部、赦されない。そのくせ、このゴミみたいに平然と暮らしている。だったらぼくが手を下すしかない。罪には罰を。それが摂理ってものだ」
少年は冷徹な声で言いきった。自分の言っていることに、何の間違いもないのだと言わんばかりに、言いきった。
先ほどまでの笑みはいっさい浮かんでいない――そんな、少年の言っていることが、ルカには理解できないわけではなかった。
(理想と正義のためなら、人を殺してもいい。なにを犠牲にしてもいい。だって、その結果救われる人がいる。その、救われる人は正しい人だ。殺される方は正しくはない。悪だから、殺されても仕方ない。だって奴らは僕たちをひどい目に遭わせた連中だ。――だから、僕は間違ってない――僕は人殺しなんかじゃない……人殺しと英雄は、紙一重なんだ……少なくとも、僕は……後者なんだ……)
ルカは胸の内で、少年の気持ちを代弁した。想像に過ぎなかったが、自分の経験則からそう言う風に思った――無意識下ではあったが、後半は殆どが自分自身に向けられたものだった。
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