3-3
デイモンが数体の石像を相手取ってはくれているが、相変わらずルカの核探しは難航していた。
(……デイモンの魔術の魔力もまじって、よくわからねえ……あんな数を相手にしてるんだ、魔術なしで戦えとは言えない)
横目で数体の石像を相手取るデイモンを見やりつつ、ルカは胸の内でそう呟いた。
また精神を集中させ、ルカは空間内の魔力を探る。
破砕音とともに、デイモンの魔力らしきものが広がる。その近辺に数個あった魔力が収縮するのがルカには分かった――そして、その収縮した魔力が石像のものだと断定する。
(石像は破壊された瞬間、魔力が随分と少なくなる。ということは、魔力の量が変わらないものが、核ということだ――)
魔力を探るのを続けていると、風を切るような音と殺気――こちらに魔力が近づいて来るのを感じて、ルカはさっと身を翻した。
「邪魔だっ!」
罵声が詠唱となり、ルカに襲い掛かってきた槍を持つ石像が爆散した――とはいえ、それだけだ。少し経てばすぐに元に戻る。
デイモンの取りこぼしだろうが、彼も人間離れした戦闘能力を持つとはいえ、身はひとつ。一匹たりとも逃がすなと言う方が無理と言うものだとルカもよく分かっていた。
かといってルクレティアをもみくちゃにしている客たちは戦力にならない。わあわあと何か罵声のようなものをわめいているルクレティアも、だ。
幻種と意思疎通は基本的にできない。ルカとは操る言語も文化も違う。そもそも、人間を助けるとか、そのために戦うなんてことはほとんどない。
と――ルカの脳裏にある人物が浮かんだ。戦力と言えば戦力だ、問題を抱えているが。しかし、それも、絶対的な、下手をすれば自分をも遥かに超える力を持つ存在がこの場にいる――。
「たあいへんそうじゃん、魔術師」
上から侮蔑と嘲笑を含んだ声が飛んできて、ルカは目をすがめ、そちらを睨みつける。
いつの間にやら部屋を出ていたらしいリンドが、窓の縁に座ってにやにやと薄笑いを浮かべていたのだ。
そして、ルカの脳裏に浮かんだのは、もちろんリンドその人だった。
(こいつに助けてくださいお願いしますなんて言ってもな……)
と、ルカは胸の内でぼやく。そう言ったところでただただ笑うだけで、手を貸すような男でもない事が、ルカにはよく分かっていた。
「何度やっても壊れねー石野郎を相手して、どこまで持つんだろーな。まあ、オレさまにゃ関係ないけどさ。まあせいぜいがんばってよ」
頬杖をついて、ルカを煽るようにリンドは手ををひらひらさせつつそう言って見せる。
「……コソコソドラゴンの癖に、そんなところで見物決め込んで……バカとなんかは高いとこが好きってなほんとだな。――ああ、なんかってのは臆病なヘタレ蜥蜴だったっけ」
ルカは嘲笑気味にそうわざとらしく言って見せた。案の定リンドは一瞬、むっとした表情を見せる。
「……なんて? ぼそぼそ妙な戯言が聞こえた気がすんだケド」
ルカの言葉に、リンドはかろうじて笑みを浮かべ直してそう聞き返した――と、言っても、額に青筋が浮かんでいたが。
「ダッセェの、何がドラゴンだよ。壊れねえ敵だからって、ビビってそんなとこにいるのかよ――見ろよ! あれをっ!」
ルカが示したのは、先ほどまで客たちのパニックが起こっていた場所だった。
言われて、リンドは顔をしかめつつぱっとそちらに目を向ける。
ルクレティアが泣きわめきつつも近づいてきた石像に花瓶を投げている。他の客も先ほどの混乱が落ち着いたのか、若い男を中心に女子供を守りつつ、物を投げたりして近づいてこようとする石像を遠ざけていた。
「雑魚が徒党を組んでご苦労なこって」
そう皮肉るリンドに、ルカはふんと鼻を鳴らして続ける。
「雑魚、だと? おかしなことを言うもんだな、ええ? 雑魚ってな、てめえみたいな奴をいうもんだろうが」
そう言うと、あきらかにリンドの表情が変わったのがルカには分かった。しめたとばかりにルカは口角を上げ、続ける。
「こうして人間が立ち向かっているっていうのに、ドラゴンってのはヘタレしかいねえんかよ――ただの石の塊如きに怯えてるなんてよ。だせえわ、マジで。――雑魚はそうやってこそこそ隠れてビビってろ! いるだけ邪魔なんでね!」
そう一思いに言って、ルカは先ほど破壊した石像が完全に再生しかけているのに向き直った。もうお前に用はないとばかりに、リンドから目を背ける。
「――――く……くく……」
押し殺したような笑い声が響く。だがそちらの方にルカは一切目を向けない。あとは頭を再生すれば元に戻る石像をただ見つめ続ける。
「――――はははははははあ!」
笑い声を上げながらリンドがルカの目の前に飛来してきた――ずどん!という激しい音とともに、砂煙が巻き上がる。
鬱陶し気にルカは砂煙を手で払う。砂煙が晴れた先には、石像だった破片を踏みにじるリンドがルカの方を睨みつけていた。
「ンな石の塊のひとつやふたつ、何個でも何回でも壊したらあ! いいかクソ魔術師! 舐めた口きいとんじゃねえぞ! オレさまを誰だと思ってんだ!」
プライドをさんざんルカに踏みにじられたリンドは怒り冷めやらぬと言ったような調子で、
「あとで覚えとけや、てめえもぶち殺したる――この石ころみてえに、踏みつけてなァ!」
ルカを指さし言い切った。眉を吊り上げ、リンドの顔は怒りで紅潮している。
「ま、せいぜいがんばってよ、ドラゴンモドキオオトカゲさま」
ふ、と鼻で笑いつつ、ルカはリンドの肩に手を置きそう言い放つ――リンドの肩が怒りで震えているのがルカにはよく分かった。
「死ね!」
怒り狂うリンドに腕を引っ掴まれそうになったのを避け、ルカは石像をリンドに任せてさっさとその場を去ることに決めた。
「……オレさまここまでコケにされたんは初めてだわ……ムカつきすぎて妙なテンションになってきた……」
ぶつぶつ言いながら、ひとまず落ち着こうとしているらしいリンドは息をつく。
「れーせーになれ、クールだ、クールなドラゴンだオレさまは……ひえひえ――」
それをあざ笑うかのようにデイモンが取り逃がした石像がリンドの前を素通りし、ルカの方へ向かって行く。
「……石っころにも相手されねーな、蜥蜴?」
とどめとばかりに目を半目にしたルカにそう言われ、
「ぐぐぐぐぐぐぐ……うぐおああああああああっ!」
我慢が聞かなくなったらしいリンドは意味のない怒声を上げ、石像に飛び蹴りを食らわした――リンドに怒りをぶつけられた石像はあっさり破砕する。
「テメエ! 石クズが何オレさま無視しとんじゃあ! サンドバッグになりやがれくそったれがあ! 死ねえっ!」
物言わぬ破片となった(少しすれば、再生はするが)石像を踏み散らかし、リンドは猛りに猛っている。ルカはそれを一瞥すると、今度こそ魔力を見つけるべく別の方向へ足を向ける。
(馬鹿と鋏は使いよう、ってな)
プライドがやたらと高いリンドを焚きつけるのはルカにとって至極簡単な事だった――まだぎゃあぎゃあと喚き散らすリンドに心の中で舌を出しつつ、ルカはその場から離れた。
怒り狂うリンドから距離を取ったルカは再び感覚を研ぎ澄ませる。
探っていくと、ひとつ、ふたつと魔力が少なくなるのをルカは感じた。確実にひとつひとつ破壊していくデイモンに加え、咆哮のような怒鳴り声とともにものすごいスピードでリンドが様々な箇所に散らばる石像を破壊していっているのがルカにはよくわかった。
(けど……バンシーの魔術のせいで、やっぱり靄ががってるようでよくわからねえ……なんとなく、つかめてきているのに……)
魔術師が魔力を感じるのは視覚ではない――少なくとも、ルカはそうだ。他の魔術師にはそういうのもいるかもしれないが――記憶から何かを引っ張り出そうとしているのに、それができない、そんなときの感覚に、ルカは今陥っていた。
霧の中から出口を探しているような、途方もないそれに、ルカは心が折れかけそうになる。
(――バンシーを、殺すか? それなら、邪魔な魔力が消える――)
脳裏にそんなことが浮かんだ。それは手っ取り早い方法だった――薄く目を開くと、泣きわめき続けている少女の姿がルカの視界に入った。
だがルカはかぶりを振った。それが最善なわけがない、命を軽率に奪うこと、それは――。
(たかだか妖精一匹死んだところで、何か問題があるの?)
ルカの脳内でそう声がささやく。どこか幼いが、ルカ自身の声だ。忌々しい、人殺しの、声だ。必要とあれば、命すら奪うことすらにもさして心も痛めぬ人殺しの魔術師の声がした。
(べつに、非魔術師でもない。しかも、人間じゃない――そんなもの気にかける必要があるの? ぼくなら、すぐにできるでしょうに)
ルカはその声に血の気が引いた。その声――考えは、それは確かにルカ自身のものだった。そんなことを考える自分自身を、いますぐ殺してしまいたくなる。
(バンシーは善良な妖精だ! 魔術を使っているのは、彼女の意思じゃない! それ以前に――――俺の怠慢で、命を奪っていいわけがあるか!)
響く声をかき消すように、ルカは胸の内で叫ぶ。またかぶりを振り、必死に否定するルカがおかしいのか、声はころころと笑っていた。
(ひとつ増えるだけなのに。そもそももう数えるのもやめた癖に。そんなものにいちいち心を痛めて、何か意味があるの?)
子供が小首をかしげながら聞くような、純粋な、そして残酷な問いかけに、気が狂いそうになって、ルカは頭を掻きむしった。
(だってきみは人殺しだ。そう、ルカ・ナイトレイは――どうしようもない、人殺しだ!)
脳裏にその声が反響し、ルカは上手く息が吸えない錯覚に陥った。失神しそうだ、とぼんやりと思った――正しくは、失神してしまいたかった、だが。
(いまさら命を尊ぶふりなんて! 冷酷で、自分の目的のためなら命を奪うことすらいとわない様な、おまえが、おかしいったらない! そうすれば罪は許されるのか? 奪った命が、戻るのか!)
声が責め立てるように罪を問う。ルカを糾弾し、逃げることを赦さない。
「意味はない……俺は、ただ、自己満足をしている……いつか、罰を受けるから、そのときまでは……」
断罪を待つ罪人が命を乞うようにルカはぶつぶつとうめく。最初にルカ自身が言ったように――ルカのこの言葉に意味はない。自己満足でしかない。
と――――。
「――――………」
唐突に、声が止んだ。声は、ルカを追い詰めていた声ではない。バンシーのものだ。
視界が晴れて行くように、もやがかっていたものがきえていく――同時に、ルカを追い詰めていた声も、すっぱりと消えていた。
「――は、あ……」
ゆっくり息を吐いて、ルカは呼吸を整えた。痛む頭をさすりつつ、
(……バンシーの泣き声は……精神に干渉する魔術でもあったな。すっかり、忘れていた)
自分に言い聞かせるように胸の内で言いつつ、ルカは浮かんだ脂汗をぬぐった――すべて魔術のせいだと決め込んで、先ほどの声を脳の隅に追いやる。
もやが晴れて、増えたり減ったりする石像たちの魔力のほかに、一点――ぼんやりと、それでも量が一切変わらない魔力が確かにあった。
(あそこだ――!)
それを補足したルカはすぐに床を蹴った。視覚に惑わされることなく、感覚だけを頼りに。魔力を探る時、視覚というものは邪魔でしかない。目で見るものではないから。
その場にたどり着いて、ルカはぱっと目を開いた――そこには、真っ赤な目をこすっている、バンシーがいたのだ。
一瞬、ルカは激しく動揺した。バンシーを手にかける、という先ほどの考えが現実になるのか、と――。
(違う、それならバンシーの魔力に纏われているはずだ……)
冷静になって、ルカはまた精神を研ぎ澄ませた。ほんの小さな魔力だった。何かにこめられているような、丁度、バンシーの胸辺りの――。
(このペンダントからだ――!)
赤い石のペンダントだった。小さな、何の変哲もないようなペンダントだ。
未だに目をこすり、上目遣いで不安げにちらちらとルカの様子を伺っているバンシーの首から、ルカはそっとペンダントを取ってやる。
(……無価値な、たかが、石で)
ヒトの命が失われた。こんな、ちっぽけな石のせいで――ルカはそれが、腹立たしくて仕方なかった。
「こんな――こんなものがっ!」
衝動のままに、ルカは激しくペンダントを床に叩きつけ、踏みつぶした――あっけなく、ペンダントは壊れた。石像に殺された男のように、あっけなく。
命が失われることが、とてつもなく簡単な事なのだという事を、またルカはありありと思い知らされたような気がした。
「…………」
虚無感と怒りに耐えるようにぐっと唇をかみしめるルカを、バンシーは不安げに見つめていた。
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