3-2

「きゃあああっ!」

 女の悲鳴を皮切りにその光景を見ていた客たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。かと言って、出口はふさがれているので会場内を逃げまわる事しかできないだろうが……。

 石像は逃げまどう客の一人に目を付けたらしく、そちらに向かって飛んで行く。

「――魔鯨の贄となれ!」

 黙っているわけもなく、怒声に近い声でルカが唱えると、鎖状になった光がシャンデリアの下あたりにいる石像を絡めとる。

 絡めとった光の鎖をルカが力いっぱい引くと、石像は床に叩きつけられ、そのまま家具を破壊しながらルカの方へ引きずられていく。

「破壊の牙持つ猟犬よ!」

 ルカがそう唱えると、光の鎖は消え、解放された石像はまた飛ぼうとする――それを黒い光の弾丸が三つ、猟犬の如く襲い掛かる。

 黒い光から逃れようとする石像を追尾するひとつの光弾が石像にぶち当たると、同じように追いかけていた他の弾丸も巻き込んで炸裂――石像は爆破され、破片がそこら中に飛び散った。

(なんで壊れたんだ……? まさか、本当にただの石像だったのか……?)

 あっけなく破壊された石像の破片を見て、ルカは疑念を深めた。別に、不思議な事ではない――ルカの魔術であれば、建物ひとつを破壊できる程度の威力はある。だから、石像ひとつ爆砕したところで何の不思議もない。

(飛び回り、人を殺す石像が、ただの石像なわけがない……)

 ルカはいぶかしんで、バラバラになった破片の一つを拾った。何の変哲もない素材のようにルカには思える。――そんな考えは一瞬にして終わったが。

 破片が淡く光を帯び、ルカの手から離れて行く――あたりに散らばっていた破片も同じように光り出し、一か所に集まっていく。

 そうしてすぐ、集まっていく破片は元の悪魔の姿を取り戻し、ルカの前に再び現れて見せた。

(恐らく……さっきのドアと同じだ。爆砕された破片を魔力によってつなげて、元の形に戻したんだ……古代人の技術によってつくられたもの……古代の王なんかの霊廟や遺跡にあるセキュリティによく似てるな、確か……ガーゴイル、だったか。術式魔術に似た仕組みで、原動力となる魔力が籠った魔術の核を破壊するまでその場に存在する生物を殺戮するセキュリティ……)

 考えつつ、ルカは適当な魔術で再度石像を破壊した。結果は同じく、破片はまた集結し、元の像の姿をとる。

(現在の技術では再現困難な失われた技術ロスト・テクノロジーの中でもガーゴイルは比較的仕組みが簡単だったから、再現は出来るものの、誤作動起こしたときのデメリットが大きすぎるんで、結局無駄な技術だと打ち捨てられたと聞いたが……まさかこんなところでお目にかかるとはな)

 ルカは舌打ちをすると、また構えを取る。同時に精神をとぎすませ、魔力を探り始めた。

 そんなルカに気を留めることは勿論なく、石像は容赦なく槍を振るい、ルカに襲い掛かってくる――つまり、ルカは攻撃を避けながらの集中を強いられたのだ。

(……もしガーゴイルと同じ仕組みなら、核があるはずだ。――石像の魔力が一つ、この空間に広がる、恐らくはバンシーの魔力、それとまじりあうような魔力がもうひとつ――石像の魔力と限りなく近いものだ……どこにある――)

 瞬間、頬に何かが掠めてルカの思考が霧散する。それは今対峙している石像が槍をルカに振り上げているのが視界に入ったところだった――。

「――――っ!」

 正面にいる石像を蹴り飛ばし、ルカはその場から弾かれるようにして後ろに跳び下がった。

 そうしてすぐ、ルカのいた場所に一条の光線がぶち当たる――その光線は高熱だったらしく、床がどろりと溶けていた。

「くそったれ、一体だけじゃねえのかよ!」

 ルカはそう吐き捨てて、その光線が飛んできた方に視線を向けた。そこには、彼の言う通り、先ほどルカが対峙していた石像とよく似た悪魔の像がいる。違いはと言えば、不気味に目を光らせていることくらいか。

「………」 

 嫌な予感がして、ルカは再度さっと周りを見渡す――予感、というよりは微弱な魔力を感じたからだが、案の定同じように目を光らせはじめている石像が数体、部屋に存在していた。

(こいつらを相手にしつつ、客を守って、核を壊せってか!?)

 ルカは胸の内でそう誰にでもなく問うたが、そんなものは彼の中で既に答えは出ているルカはただの魔術師だ。百戦錬磨の英雄でもなければ、奇跡を起こす魔法使いでもない。

(方法は……ほかに、何かないのか……!)

 ルカは怪しく目を光らせる石像たちを尻目に思考を焦燥に支配されはじめていた……。

「石の塊風情が、偉そうに! デイモン、あの忌々しい石像を粉砕してしまいなさいな!」

 バンシーのけたたましい泣き声の中でもよく響く女の声が、ルカを思考の渦から引き戻した。

「他の者たちはこちらに来なさい! ルカ様の邪魔ですわ! つ・ま・り! ルカ様の邪魔になるものは死、あるのみです!」

 ルクレティアが声を上げると、客の数人が悲鳴を上げながらリンドのいた部屋になだれ込んで行った。出られないのならどこかに隠れようと言う考えなのだろうが、部屋はまたたくまにすし詰め状態になり、小さな諍いが起こっている。

(……ルクレティア、そういうとこ、好きだぜ)

 いまだに誘導しながらわあわあと喚き散らすルクレティアになんだか笑えて来て、ルカは本人にはけして言うことのない言葉を胸の内だけで呟き、視線を石像の方へ戻した。――と、同時に、ルカは自分の目を疑った。

「どおっ!?」

「ルカ様、戦いにおいて焦りは最大の敵ですよ」

 いつの間にやらルカの傍らにいたデイモンががそう、にこやかに忠告して来たのだ。

「出た、神出鬼没妖怪執事……」

「はははは、おほめに預かり光栄です」

 デイモンの登場から先ほどの緊張感からルカは一気に解放され、なんとなく冷静さを取り戻した。

「デイモン、早くなさい!」

 離れた場所で急かすルクレティアに苦笑するデイモンに妙な安心感を覚えながら、ルカは自分を落ち着けるように息をついた。

「かしこまりました、お嬢様」

 デイモンはルカに狙いをつけている石像に目を向け、

「そうですね……再生できぬほどに粉々にしてしまいましょうか」

 にこやかに言って、右掌を石像に向けた。石像たちの方もデイモンが向ける敵意に感づいたらしく、身を翻して狙いをルカからそちらへ移す。

 デイモンと言う執事は、主君の命ならばなんでも叶えてきた。ルクレティアが出すどんな無理難題を、すべて迅速にこなしてきた。

 今回とて例外ではない。空を飛び魔術を扱う石像を破壊することなど、主君の突拍子もない思い付きを叶えることに比べればとんだ容易さだ。

「お別れのお時間です」

 そうデイモンが呟くと、石像の一体がぴたりと動きを止める。

 そしてすぐ、どがん!と破砕音がしたと思うと忽然と石像は粉塵に姿を変えた――正確には、デイモンの魔術によって内部から粉砕されたのである。

 その石像のそばで狙いをつけていた二体も誘発するかの如く、瞬く間に爆砕されていった。

 警戒しているらしく、他の石像たちはデイモンの様子を窺うようにその場でじっとしている。

「……本当、あんたは何者なんだよ……」

 半笑い気味で、ルカ。こんな状況でも笑えて来てしまうほどに、デイモンと言う男はでたらめだった。

「しかし、私の魔術ではやはりだめですね。時間は稼げますが、物質そのものを消滅させたわけではありませんから、再生しはじめています。ルカ様の大魔術なら、あるいは」

 言いかけるデイモンを、ルカがじろりと睨みつける。特に動じるわけでもなかったが、デイモンは困ったように笑って見せた。

「……この、会場と他の客を全部巻き込んでか?」

「ええ。仕事は迅速にが私のモットーでして。お嬢様おひとりを守るくらいならば、なんとかなりそうですし。どうぞ、ルカ様。存分に」

 ルカは何も答えない。話にならないとばかりに。諦めたらしいデイモンは肩をすくめ、続ける。

「しかし他の方法が思いついているのでしょう、賢明なルカ様ならば」

「……お前みたいな化け物執事がいたらなあ、と丁度考えていたところだ」

 言いつつ、ルカは少しずつ形を取り戻し始めている石像たちを忌々し気に睨みつける。

 様子を伺っている石像たちも、今にも飛びかかって来そうにルカには思えた。

「何なりとお申し付けください。今回ばかりはルカ様の命令に従いましょう」

「んなもん単純だ、俺がこいつらの動力――核を探している間、石像どもを壊し続けて欲しいんだよ」

 そう言っている間に、様子を伺っていた槍の石像がルカに向かって襲い掛かる――だが今度はルカは避けることはしなかった――正確には、避ける必要がないと判断したのだ。

 ばごんっ――という音がして、ルカを狙ってきた石像はあっけなく破壊される。べつにそれは魔術でもなんでもなく――

「承知しました」

 と、デイモンが返事ついでに回し蹴りを食らわしたのだった。

「……あのな……ま、いいや……」

 平気で石像を特に何の仕掛けもなさそうな革靴で破壊してしまった執事に何か言いたくなったが、ルカはその場をデイモンに任せることにして、駆け出した。

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