1-5

「……で、一体何の用事だ。そろそろ訳を話せよ」

「ルカ様の目的地はドロッセレインでしたわね」

 誰にも話していなかったはずの目的地をいきなり上げられ、ルカはつい座席から崩れ落ちそうになった。

「何でお前、知ってるんだ……」

「乙女の情報網ですわ♡ 愛の追跡者ですもの♡」

「それを世間では、ストーカーとゆーんだ……」

 半目にしつつ言ったルカの言葉を無視し、ルクレティアは続ける。

「そこまでルカ様を馬車でお送りさせていただこうと思うのですが……ドロッセレインの前に、わたくし、ちょっとした野暮用でハドロウズという街に寄りたいんです」

「まあ、ここからドロッセレインまで馬車ではそれなりに距離があるし、それはかまわないけど……その野暮用に俺を巻き込む気じゃないだろうな」

 ルカの言葉にルクレティアはにっこり笑って頷く。やっぱりか、とルカは心底落胆した。

「さすがルカ様は勘がいいですわね。ルカ様には護衛を引き受けて頂きたくて」

「……おめーにはあの、人間かどうかよくわからん妖怪執事がいるだろーが。護衛なんぞ要らんだろ」

「ルカ様の護衛はただの口実ですしおまけですもの! わたくしがルカ様とともにありたいだけですし! ルカ様よりデイモンの方が強いことはわたくしもわかっておりますしね」

「……なんか、泣きたくなってきた……」

 ルクレティアに事実を笑顔で突き付けられ、ルカは心が折れた気がした。肩を落とした自分の姿すらもルクレティアにとっては愉悦でしかない気がするという被害妄想すら浮かんで来る――それまた事実かもしれないが。

「ハドロウズの町長が親しい貴族や羽振りの良い商人を呼んでパーティを催すらしく、わたくしもエルフィンストーン商会の副代表として、そしてエルフィンストーン家の令嬢としても招待されまして」

「へえ。パーティね。てか、お前の兄貴が呼ばれたわけじゃないのか。代表ははあの人だろ?あの、万年胃痛に苦しめられている、お前の家の中ではいちばんまともな……」

 ルカに言われて、ルクレティアはああ、と声を上げる。今思い出したとでも言うような反応だったので、なんとなくろくでもないことを言い出しそうだとルカは思った。

「お兄様は急に腹痛を起こしたので……楽しみに張り切ってらっしゃったのですが、わたくしが代わりに行くことになりましたの。かわいそうなお兄様! 紅茶を飲んだだけでおなかを壊してしまうなんて!」

 またルクレティアはハンカチを取り出し、やっぱり涙が出ない目元を押さえながら嘆くように言った。

「……誰が毒を仕込んだんだろーな……」

「毒なんて仕込んでいませんわ。そんな理由もありませんし。何かぶつぶつ呟きながら、疑わしそうに何時間も紅茶の前で唸って、それからようやく口を付けたと思ったらいきなり倒れましたの」

「……ストレスが原因かあ……」

 不憫なルクレティアの兄にルカは心の底から同情した。

「なんでも珍しいものを持っているらしくて。気に入ったものがあればそうですわ。ドロッセレインから逃げ出した幻種、密漁しやすい幻種の仔、それにアースガルズ帝国から流れてきた異種族の亜人なんかが取引されるらしく……」

「は?」

 ルカは気の抜けたような声を上げた。あまりにも信じられない事だったので——気にも留めず、ルクレティアは続ける。

「わたくし、癒しのためにペットを飼いたいと思っておりまして。ユニコーンとかわたくしにピッタリだと思いませんか? 清らかな乙女たるわたくしに」

 ルクレティアが言ってから、ルカはわなわなと拳を震わせ、

「どこがだこの成金性悪女――ッッ!! それはっ、は・ん・ざ・いだっ! お前みたいな奴や、そういう密売をするような連中がいるから幻種保護施設なるものがあるんだっ! ドアホ!」

 そう一思いに叫ぶ。が、ルクレティアは呆れたような顔をして息をついた。

「ルカ様だってリュカオンを飼ってらっしゃるではないですか」

「俺は特別に許可得てるからいーの!」

「ならわたくしだって許可を出していただくので心配いらなくてよ」

「だあかあらあ! お前はっ、そうやってっ、すぐ財力を振り回すなあっ!」

 ルカがそう怒鳴ると、ルクレティアは傷ついたような顔をして、顔を俯かせる。

「そう、わたくしにはお金しかない……わたくしはそれだけの弱い人間ですから、いつもそばにいてくれる子が欲しいんです。寂しくてどうにかなってしまいそうで」

 言いながら白く細い指で目元を撫でるルクレティアの姿は、どこか深窓の令嬢然としていた―――ルカはそれを白けた目を向けている。

「なんですかその眼は! しらじらしいと言わんばかりの! さめざめと乙女が泣いているというのに!」

「ご名答だわ……お前みたいな妖怪女、千年は生きてそーだ……」

 ルカの悪態にルクレティアはむくれてしまった。ため息をついてから、ルカは頭を掻きつつ、

「それで? ハドロウズの町長ってのは、どんな奴なんだ?」

 そう尋ねた。口元に指をやり、少しだけ考えたようなそぶりをしてからルクレティアはそれに答えるべく口を開く。

「ハドロウズの町長、ジョエル・ハドロウズは、至って平凡な男でしたが……最近やけに金回りがいいと、商人の中でももっぱらの噂ですわ。平民の分際で、貴族の爵位を金で買おうと画策しているとか」

(それはお前の親父もだろうが)

 そうルカは胸の内で悪態をついたが、敢えて口には出さなかった。またなんだかんだと面倒なことをわめきだし、愛おしい経費を人質に取られることがわかっていたからだ。

 とはいっても、ルクレティア自身は生まれてこの方平民の生活などしたことはない。彼女の父が爵位を金で買ったのは、彼女が生まれる前だったという事をルカはデイモンから聞いている。だからこの尊大な態度もまあ無理はないか、とルカは微苦笑を浮かべた。

「……わたくしの愛らしい顔を見て、微笑まれましたがルカ様、何か?」

「いや?」

「? そうですか……? まあ、金で買った爵位だけでは、貴族の中で冷遇されるに決まっていますからね、こうして人脈を増やしているのでしょう」

「いきなり金回りが良くなったという事は、まあロクでもないことをしているというのが相場か……。もしかしたら、ドロッセレイン方面に出るとか言う盗賊も、何か絡んでる可能性もあるし……叩いたら埃が出そうだな」

「あらルカ様、先ほどとは違って乗り気ですわね」

「まあ、俺の用事にももしかしたら関係するかもしれないしな。仕方ないからお前について行ってやる」

「素直におっしゃればいいのに……ルクレティアは気が利く、さすが俺の女だ、とか!」

「……お前の脳みそ、どうなってんだ? 俺を拉致したことはすっかり忘れてんのか?」

 そうルカがうめくが、ルクレティアは花でも咲きそうな具合に顔をほころばせている。

「にしても……魔術連盟もなめられたもんだな、管理下である幻種保護施設があるドロッセレインが近くにあるにもかかわらず、近くで幻種の取引が行われるなんて」

 自嘲気味に言うルカに、ルクレティアは首を横に振る。

「逆ですわ」

「?」

 ルクレティアの言っていることが、ルカには分からなかった――不思議そうな顔をするルカを見つめて、ルクレティアは、

だから見逃すのですよ」

 薄く笑いつつ、言って見せた。頭を殴りつけられたような、そんな衝撃がその一言にあった――同時に、ルカは頭が痛くなった気がした。

(魔術師の傲慢病は――死なねえと治らねえかもしれねえな……)

 思いながら、ルクレティアの顔をちらりとルカは見やった――心底愉快そうな顔をしている。自分がひどい顔をしているのであろうことが、そのルクレティアの表情からありありと分かって、ルカは苛立った。

「このアマ……それを俺に言うか、お前は」

「ルカ様がわたくしのような嫋やかな乙女に危害を加えない事くらい、わかっておりますもの♡」

 ころころ笑いながら、ルクレティア。それを聞いたルカはもはや怒りも消えて、どっと疲れが襲い掛かってきた気がした。

「うう……お前みたいな女、だいっきらいだ……何が嫋やかだ……嫋やかな女はお前みたいな事たぶん言わないし、そもそも嫋やかな女がこの世に実在しているのかどーかすら、俺には疑わしいぞ……俺が会う女会う女、どーしてこんなやつばっかりなんだ……」

 肩を震わせつつ、ルカがめそめそしているのを見ながら、ルクレティアはまた楽し気に笑うのだった。

 その後もルクレティアにセインシアでの出来事を事細かく聞き出され(と、言ってもあの術式の事は伏せてはいたが)ただでさえ乗り心地の悪い馬車の中で、ルカはさらに疲れを感じていた。

「ドラゴンなんて本当にいるんですねえ、わたくしも飼ってみたいですわ」

「……お前、俺が殺されかけた相手をよく飼おうとか思えるな……」

「うちにはデイモンがいますもの。デイモンにかかれば獅子も猫と同じですわ。ドラゴンくらい蜥蜴程度では?」

「……冗談に聞こえないところが意味わからん」

 そうルカが言って、ルクレティアは冗談ではありませんもの、と不思議そうな顔をしながら返してきた。

(この女の周りがおかしいから、自分がおかしいという事に気づけないんだろうな……)

 ある意味同情しつつ、ふとルカは馬車が減速し始めているのに気づいた。

「ハドロウズに着いたみたいですわね。それにしても、本当に疲れましたわ。絶対に道を整備させなければ」

「それだけは同感だ……たまにはお前の財力を有効活用してくれ……」

 肩をすくめつつルカが言うと、ルクレティアは威勢よく「お任せ下さいまし!」と返事をして見せた。


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