1-3
――内容はというと、大まかに言えば、行方知れずになった「カーバンクル」という幻種を探し、回収するといったようなものだった。
「カーバンクル……」
「カーバンクルって、どんな幻種なんですか?」
眉をひそめつつ、唸るように言ったルカのつぶやきに、ほぼ反射的にマクレガーはそう尋ねる。
「……なんでお前に教えにゃならねえんだよ。お前には一ミリも関係ねえだろが」
ルカはそう吐き捨てた――瞬間、マクレガーは何やら不敵な笑みを浮かべる。
「いいじゃないですか、これも知る事のひとつでしょ」
いう事がなんとなくわかっていたかのように、しめたとばかりに揚げ足を取るようなことを言ったマクレガーに、ルカは舌打ちをひとつ。
と同時に、先ほどの自分自身を呪う。仕方なくルカはため息交じりに口を開いた。
「……お前、レッサー・ドラゴンって知ってるか――いや、いい。知らねえ顔だ。さすがにドラゴンは知ってるだろうから割愛するが、まあ、そのドラゴンには劣るが、近しい種族の事だ。当人たちにそう呼んでると聞かれると怒り狂うんで、便宜上ドラグネットと呼ばれてる奴らだな」
りんごをかじりながら、マクレガーはルカの話を聞いている。存外、素直な奴なんだな、と感心しつつ、ルカは続ける。
「その一種であるドラグネット・ヴィーヴル――そいつはこの世界で今一匹しかいないんだが、そいつの仔たちをカーバンクルって言うんだ。大きさは、子供が抱えられる程度で、額にある赤い宝石が特徴の、なんというか……ふさふさした生き物だ。足と手はないんで、捕まえるのは容易っちゃ容易だな。大した魔術も使えない。ちなみに、そのカーバンクルの宝石は、普通の宝石よりずっと純度が高いし大きさもかなりあって、価値の高いものなんで保護される前は密猟者が結構いたらしい」
「その宝石って、どれくらいになるんですか? 一生遊んで暮らせるくらい?」
いやに真面目腐った顔で、マクレガー。くだらない迂闊な企みが手に取るようにわかる愚かな質問に、ルカは目を半目にした。
「……一応言っておくが、幻種の密猟は、種類によっちゃあ死刑だからな」
「……魔術連盟の規則、死刑多すぎません?」
「まともに生きてりゃンなことにはならねえから問題ねえだろ。アホなこと考える奴から死んでくのは自然の摂理だ、堅実に生きろ」
どこか残念そうにしているマクレガーに対して、ルカはそう吐き捨てた。
「一応、今カーバンクルは七匹程度いて、全部保護施設にいたはずだけど、数匹が行方知れずになってるみたいだな。その回収をしろってさ……」
「それって保護施設の職員の責任じゃないですか、なんでルカさんに回ってくるんですかね」
「……俺に回ってきたってことは、一般の魔術師には手に余るような、何かしら面倒なことが起きてるって事だろうな……」
うんざりしたように言って、ルカは机に突っ伏した。
「もう出発するんですか?」
荷物をまとめて、ローブを羽織るルカにマクレガーはそう声をかけた。
「ああ。馬車がなくなったらシャレにならねえし……ていうか、毎朝厄介な居候に対する嫌味を吐いてたくせに、聞くのかそれを」
黒いグローブを嵌めつつ、ルカはそう皮肉気に吐き捨てた。それに対してマクレガーは、肩をすくめた。
「ルカさんって、友達少なそうですね」
「うるせえ。お前もだろ」
「つまんないなあ、これならもっと早く、ルカさんに話しかけてみればよかった」
口をとがらせつつ、マクレガーは続ける。
「ほんと、ここの仕事ってつまんないんですよ。同じことを繰り返すだけなんです。魔術師になった意味を感じられないんです。子供のころはもっと、それこそルカさんみたいに悪い奴を倒すんだって思ってました」
「なら――」
戦闘訓練をまた改めて始めればいい、と言いかけたが、マクレガーがまた何か言おうとしていたので、ルカは口を閉ざした。
「一部の才能がある人じゃないとダメなんだって、改めて思いました。ルカさんに会って。魔術の才能もそうなんでしょうけど、それより、何て言うんですかね……向上し続けることができる人というか、努力をし続けられる才能、というか。大抵の魔術師には、そこまで備わってないんだと思います。僕だってそうだ」
「……そんなことは、ないだろう」
マクレガーの言っていることがよく分からなかったので、ルカはとりあえず否定した。
「普通の人間は、生きていてさほど関係ないことに、そこまでの興味を持てないんだと思います。だって、手を伸ばさなければ、良い話なんだから」
「…………」
ルカは絶句した――今度は、マクレガーの言っていること自体は理解できた。けれど、それはルカには分からない感覚だった。
生きていると、死は唐突に訪れる。死は、つねに傍にいる、死は、常につきまとっている……。
こちらがいくら逃げていても『死』というのは、あちらから手を伸ばしてくるのだ。
知らねば死ぬのだとルカは思っていた。死をもたらす存在から逃れるために――殺される前に、殺すために、考え、知るべきなのだ。
それが、どうだ。この認識の差はなんだ――まるで、マクレガーと自分は、生きている世界が違うようだと、ルカには思えてならなかった。
(違うんだ、実際――俺とマクレガーは、生きている世界が違う……俺がおかしいんだ……同じ魔術師の筈なのに)
マクレガーの顔を盗み見れば、不思議そうに、黙り込んでいるルカを見つめている。
けして異質なものを見ている目でなくて、ほっとした――自分は、まだ馴染めているのだとルカは心底安堵した。
「ルカさん?」
きょとんとした声が飛んできて、ルカは笑顔を繕って見せる。
「いや……なんでもない。じゃあ、急ぐから。馬車に乗り遅れちまうし。世話になったな。支部長によろしく言っておいてくれ」
「はい、お気をつけて」
マクレガーの見送りに片手を上げ、ルカは逃げるようにトルトコック支部から去って行った。
(もし、俺が――マクレガーのような、普通の魔術師になっていたら……どうなっていたんだろう)
人々が行きかう大通りの中で、ルカは呆然とそう自分に問うていた。
(愚問だ……そんなことはまずありえない……兄さんがいなくなって、俺は、復讐のために、兄さんを見つけるために……普通を捨てたじゃないか。それでも、何度か……そうなろうとはした。俺の幸せを願った
あの頃の自分には変化が必要だったのだと、今のルカは理解している。しかし、その変化を受け入れてしまったがゆえに、気づけば平凡とか、普通と言うものからは程遠い場所に来ていた。
変化しきったものを、元の状態に戻すのは不可能だ。必ずずれが生じる――そうやって人は気づき、嘆くのだ――元のものの方が良かったのだと、そして、変化を受け入れてしまった自分の軽率さを。
(今更後悔したところで、なんの意味もなさない事だ。どうせ、俺にはできない)
様々な感情が押し寄せてきたので、ルカは無理やり考えるのをやめた。悪い癖だ、また、自己嫌悪に陥るだけの、くだらない思考だとなだれ込んでくる感情に蓋をして。
そんなことを考えているうちに、馬車の停留所に着いていたことにルカはようやく気付いた。
(ひとまず、カーバンクルの手がかりを保護施設の職員に話を聞くとして――施設があるドロッセレインまで約三日ほどか……)
そんな風に考えていたが、ふとルカは停留所にある違和感を覚える。
待っている客が数人いてもいいはずだが、全くいないのだ――違和感が、焦燥に代わり、丁度近くにいた男にルカは慌てて声をかける。
「あの、ドロッセレインの方へ行く馬車はいつ出ますか」
「……馬車は出ないんだよ。なんでも、ドロッセレインの方向に、盗賊が出るらしくてね。一週間前に盗賊を捕まえに言った自警団の人たちも帰ってこないし、それにセインシアの前の事件でトルトコックに来る客もぐっと減ったしねえ。ここで商売してもしょうがないし……私も自分の馬車で帰りたいところなんだけれど……」
セインシアの件は自分にも責任がある――若干罪悪感にさいなまれつつ、ルカは、
「もしドロッセレイン方面に行くのであれば、護衛を引き受けるので俺も乗せて行ってくれませんか? こんな見通しのいい場所にわざわざ出てくるような盗賊程度なら、片付けられる自信はあります」
そう言って見せた。男は目をぱちくりしてから、ルカの姿を見やってああ、と声を上げた。
「君、魔術師か……でもなあ、教会に睨まれると面倒なんだよね」
「魔術を使わなくても、十数人程度なら相手取れます。こう見えて、戦闘経験は十二分にあります」
正直、断定はしたくないが……と胸中で付け加えつつ、ルカは訴えた。
セインシアの街にいたようなゴロツキ(勿論、リンドは除くが)なんてものは、数が多くても大した脅威にはならない。
何せ彼らは、たいていがあの街の中だけで力を振るっているだけなのだ――数は多くとも、制圧することは非現実的なことでもない。井の中の蛙を殺すことはルカにとって容易な事だ。
ただ町の外で馬車を襲う盗賊と言うものは街にいる連中とは全く違う。
個々としての力は大したことはないが、彼らは大抵が自分たちの力量を分かっている。しかもたいていが貧困にあえいだ近隣の村の者だったりする――だからこそただのごろつきの方がまだましだとさえルカには思える。
要するに、彼らは貧しさから脱却するために、そして生きていくために必死なのだ――生きていくために、どんな手も使う。被害が広がり、討伐なんてことがあれば、隠れてやり過ごし、いなくなった隙を狙ったりするような頭だってある。それだけに厄介である。
「最近は魔術師を捕らえ、奴隷として――いいえ、兵器として扱うような盗賊もいます。その為にも、護衛には俺のような魔術師は適役かと」
「確かにそんな話を知り合いから聞いた気もするねえ……」
「魔術師としてもキャリアがあります、だから……」
ルカが言いかけて、なにやら周囲がざわつきはじめたのに気づく――ざわつく、というよりは、悲鳴だとか、怒声だとかが上がり、人々が慌てふためくような騒ぎになっていた。
「ま――様――ルカ様――!!」
遠くの方から自分のと同じ名を呼ぶ女の声が聞こえてきて――それもどこか聞き覚えのあるもので、ルカはさあっと顔を青ざめさせた。
馬が地面を蹄で蹴る高い音、そして馬車の車輪が石畳を削る音がする――なんにせよ、街中で馬車を走らせるのは非常識だ。
そしてルカは、その非常識な行為をやすやすとやってのける人間を知っている――いや、ひとりではなく数人は思い浮かぶが――そのなかでもたぶんあの女だろうと思った。
外観から乗っている人間が裕福だとありありと分かる、装飾が施された
「お久しゅうございます、ルカ様」
そうルカに声をかけてきたのは御者の男――モーニング・コートを着た、口ひげが特徴的な、六十代くらいの男だった。御者をしてはいるが、その服装から執事であろうことが鑑みられる――しかし、それなりの年齢のくせに、どこか隙が無い異様な空気を纏っている――そんな男だ。
声をかけてきたこの男と目が合う――ルカはこの男を知っている。そして同時に、馬車の中にいる人物の正体をルカは確信した。
「…………ちょっと場所を変えましょうか」
その馬車から目をそらし、声をかけてきた男を無視したルカは、隣で呆然としている商人の男の腕をつかんでそうまくし立てた。
「え、いや、知り合いなんじゃ……」
「いいから来いって言ってんだっ!」
先ほどの敬語も、へりくだっていた態度もかなぐり捨てて、ルカは怒声を上げながら困惑する男を引っ張る。
すると、馬車の閉め切られていた窓とカーテンが開き、中から少女が顔を出した。
「ああ、相も変らぬ端麗なそのお姿、隣街からもよく分かりましたわ!わたくしの麗しの君、ルカ・アッシュフィールド様!」
恍惚そうな表情をしながらそう謡うように言った少女を視認した途端、ルカの表情が凍り付いた。
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