6-4

 最早夜も明けてきて、廊下の窓から光が差し込んでいる。部屋に戻って何度か眠ろうとしたルカだったが、結局寝付けずに、ジェラルドの部屋に向かうことにした。

「あれ、ルカ。休まないの?」

 ノックもせずに入ってきたルカに文句を言うでもなく、ジェラルドはそうたずねてきた。

「三日も寝てたんだ、眠気も飛ぶってもんだぜ」

 言いつつ、ルカは資料や本が積まれてしまっている本来の機能を果たせていない椅子が視界に入った。本来の機能を取り戻してやるべく、ルカはのっかっているそれらを乱雑に床にどかしてその椅子に座った。

「羨ましいねえ、三日もなんも考えずに呑気にぐーすか眠れるのって。挙句には不純異性交遊? 最高じゃん」

 感情のこもらない声でジェラルドは毒を吐いた。ルカが部屋に来たその時から、机に向かったまま微動だにしない。

(……大方、そこらじゅうに盗聴でもできる術式でも仕掛けてるんだろうな)

 ジェラルドがエイヴリルとの件を知っている理由は想定できることだった――というよりは、どうでもよかったので、何故そんなことを知っているのか、と聞くのは愚問だとルカは判断し、若干不機嫌そうに見えるジェラルドの横顔を見つめつつ、口を開いた。

「……上手くいってないみたいだな」

「一応、場所は絞れてるよ。魔術師たちがいると断言はできないけどね」

 ようやくルカとまともにしゃべる気になったらしいジェラルドは言いながら、ルカにこちらへ来いと手招きをした。机に広げてある街の地図をルカに見せながら、ある場所を指す。

「旧教会の鐘楼だよ。今はたぶん、隣の娼館の備品置き場とかになってんじゃないかな……表向きは」

「鐘楼……そんなに隠れる場所があるようには見えないけど」

 訝し気なルカに、ジェラルドはもう一枚、何かの図面を取り出して見せた。

「旧教会の鐘楼の図面の写しをさ、この街に古くからいるって言う、新教会通りの方にいるセインシアの建築士に譲ってもらったんだよ。旧教会通りの人間よりは信用できるだろ」

「……どうやって?」

 ルカは内心ひやりとしながら、それでも平静を保ちつつそう尋ねた。

「? 僕が神学者の卵で、教会や鐘楼の建築様式や歴史を調べている所だって言ったらくれた」

「あ、そう……」

 頭の上に疑問符でも浮かべていそうなジェラルドの言葉に、ルカは安心した様子でそう短くつぶやいた。

「なに、僕がなにしたとおもったのさ」

「べつに。丸くなったもんだな、と思っただけだよ」

「僕ももう十九だからね。……君もそうでしょ」

 ジェラルドがそう言うのに、ルカは「まあな」と小さく返した。

「で、この、教会の平図面の――鐘楼の内部の、ここ。この細い空間」

 ジェラルドが示しているのは細長い通路のような場所だった。それをたどっていくと、教会の方に繋がっているのにルカは気づき、顔をしかめた。

「なんだこれ? 教会の――地下に繋がっている?」

「うん。教会の地下聖堂に繋がってるんだ。教会から直接地下に降りることは出来ないんだけど、鐘楼の隠し階段から行けるようになってる。地下聖堂にはかつては聖遺物――セインシア出身の教皇の遺体や、彼が持っていたロザリオなんかがあったらしいんだけど、盗難に遭ってもぬけの殻になったみたいだけどね」

「ま、リーズ教のトップたる教皇の死体なんて、いくらでも利用価値があるだろうしな」

「教会は、ヴァルプルギスの夜に便乗して魔術師が盗み出したって主張してるけど、まあ真相は分からないね……まあ、どうでもいいけど。僕らの管轄外だ」

 あっさりとそう吐き捨てると、ジェラルドは続ける。

「それと、鐘楼の隠し階段に繋がる扉を開くには『鍵穴も何もない扉を開く奇跡』を起こすことができる一部の聖職者のみだったらしい」

「奇跡……」

 神妙な顔つきでルカがそう呟くのに、ジェラルドは眉をハの字にして、意味不明だと今にも言わんばかりだ。

「……なに、まさかルカ、女神の奇跡なんて本気で信じてるの?」

「……いや……魔術のたぐいだと、俺は思ってるけど」

 ルカのそれは煮え切らない返事だったが、とりあえず友人の気がおかしくなっていないことを確認したジェラルドは息をついた。

「……だよね? 今の聖職者にも、奇跡を使う者たち――一部の高位の聖職者なんかだね。パフォーマンス的に、聖堂で女神の贈り物だとか言って光を見せたりなんてするのがそれだ」

(あとは、異端審問官も、だ……)

 そう胸中でつぶやいて、ルカはまた沈んでいくような錯覚に陥った。すぐに感傷に浸っている場合ではないと自分を叱咤し、平静を装ったが。

「都合のいい話だよな、俺達が使うのは神を冒涜するとか言うのに」

「そもそも、女神なんて都合のいい架空の存在で金を巻き上げてるような連中だしね」

 大抵の魔術師は、一度言い出せば教会に対する悪態は尽きない。それはルカもジェラルドも例外ではないが、不毛なのでその二言だけで済ませた。

 脳内で軽く状況を整理してから、頭を掻きつつ、ルカは、

「まあ、それなら鐘楼の地下を魔術師が利用している、っていうのも頷けるか」

 そう納得したように言った。それにジェラルドもうん、と頷く。

「……ただ、なんらかの方法で魔力が漏れるのを遮断しているみたいだけどね。術式魔術で薬物作ってるにしては、感知できる魔力の量が微量すぎるんだよ」

 考え込むようにしながら、ジェラルド。その様子を見て、先ほどのジェラルドの不機嫌の理由がようやくルカには理解できた。

「元々、鐘楼自体がそう言う風にできているのか、あるいは、魔力遮断の道具を使っているか……」

 他にもいくつか思い浮かんだが、すべて憶測にすぎないので、二つほど挙げてからルカは黙った。

「だからまあ、ルカがアイヴァン君と旧教会に行ってる間に、僕は鐘楼の調査しようと思ってね。外で見張ってる非魔術師程度なら、一人で相手するくらい余裕だし。やばそうになったら、君を呼びに行くよ」

 と、ジェラルド。それを聞いて、ルカは訝しげな顔をして口を開く。

「……お前、かなりのブランクあるだろ……非魔術師相手に、魔術は使えねえし、軽く稽古つけとくか?」

 そう不安げに言うルカに、ジェラルドは心底嫌そうな顔をした。

「えー……いらないよそういう汗臭いの……。ていうかルカ、僕を誰だと思ってんのさ?」

 言いながら、ジェラルドは机から離れると、なにかをあさり始めた。心なしか、ジェラルドの目が爛々と輝いているようにルカには思える。こういう時、ロクなことをしでかさない、と長い付き合いから理解しきっているルカは、いつでも逃げ出せるように椅子から立ち上がりつつ、半目でジェラルドを見た。

「迷惑の擬人化。別名、服を着た厄介」

 そう罵声を浴びせるルカを無視し、 ジェラルドはかぶせられた布(ボロボロになっているが、恐らく、ベッドのシーツだったものだ)を勢いよく取った。

「ジャジャーン! №37564、魔術術式自動鏖殺おうさつ人形・サツリク君十二号ぅ~!」

 そう興奮気味に、ジェラルド。隠されていたものは、無機質な少女の顔をした、ピンクのドレスを纏ったルカの腰ほどの大きさの――今はかろうじてそうだったと分かるほどに改造しつくされた人形だ。

 それは術式を刻むことによって指定されたとおりに駆動する魔術式駆動人形と呼ばれるもので、主に魔術師と縁のある貴族が(無論、教会の関係者が来客する場合は隠すが)茶や菓子を運ばせたりするのに使う贅沢品である。

 ただしジェラルドが自慢げにしているそれは、少女趣味なピンクのドレスには似つかわしくない刃や刺が突き出し、陶器製の可愛らしかったはずの手は、ナイフにすり替わっているなど、本来の姿とは遠のいているようにルカには思えた。

 何のためかもわからないし、理解もしたくないが、穴や蓋があるあたり、他にも仕込まれているに違いないとルカは断定した。

「……なんで、ティータイム用の人形が、殺人兵器になってるんだ……」

 絶望的な面持ちで、ルカはそううめいた。

「ふっ、ただのお茶汲み人形を殺人兵器にできる僕の才能と努力の結晶だよ! 十一号は勝手に暴走して森に帰っちゃったけど……十二号は大丈夫! 15秒で人間を千切りにできるし、バジリスクの毒を塗った針が搭載して――」

「森に、魔術式駆動人形の帰る場所は――ねえっ!」

 ルカのその怒声が詠唱となり、その魔術で硬化させた足でサツリク君十二号に回し蹴りを食らわす。衝撃を受けたサツリク君十二号は音を立て、一瞬にして粉砕された。

「――そう、忘れてた。お前の正式名称は、粗大ごみ大量製造機だったな」

 とどめにルカはそう言って見せた。陶片と化したサツリク君十二号を見つめながら、ジェラルドは肩を震わせている。

「うわああああああんっ! 僕のサツリク君が――ッ! ルカの鬼畜! 外道! 世界非人道ランキング堂々一位――ッ!」

 癇癪を起した子供の如く、泣きながらジェラルドはサツリク君に装備されていた剣や毒針をルカに向かって投げはじめた。

「俺が一位なら、お前は殿堂入りだわ……」

 ジェラルドの行動に泣きたい気持ちになりながら、ルカはサツリク君十二号の陶片を蹴り飛ばしつつ、ぼやいた。

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