4-2

 ルカの言葉から――何か思うところがあったのか、間をおいてから、口を開いた。

「……全く、恐ろしいねえ、お前は……殆ど正解だよ。ああ、そう。エイヴリルは……俺の娘だ」

 あきらめたような声で、情報屋。ルカはそれを聞くや安堵したように小さく息をつく。

「まさか本当に当たっているとはな……正直、半分賭けだったんだが……。彼女に会ったよ」

「……生きてたか? それだけでもいい、教えてくれ」

「ああ。精神訓練用の部屋で、監禁されてたよ。治療されることもなく、ひどい有様だったが――命に別状はない」

 ルカの言葉を聞いた情報屋は「そうか……」と静かに、そして噛みしめるようにひどく安心したような声で言った。

「それで? どうする? お前を嵌めた俺を、殺すか?」

「くだらねえことを言うな。殺すんなら、店に入った瞬間にやってる」

 ルカは呆れたように目をすがめ、続ける。

「……お前、傲慢にも俺を泳がせて、オーエンを殺させる気だったな?」

「……まあね。噂には聞いてたから。アルカナ十六階位『塔』――破塔の魔術師、ルカ・アッシュフィールド。各地の犯罪を行う魔術師を連盟の命により拘束、処刑する権限を持つ。それに加え、その魔術師に深く関与し、危険性のある非魔術師を――」

「――口止めのために、暗殺するって?」

 情報屋の声にかぶせるように、ルカはぼそりとそう言う。情報屋はなんとなく、そのルカの声にぞっとした。暗殺、という言葉が自分に向けられているかのような錯覚を覚えたのだ。

「……やっぱり噂だったか?」

「お前は俺がだと思ったから、俺を利用しようとしたんだろう。だがあいにく俺は、誰かに利用されるって言うのが大嫌いなんだよ」

 ルカはそう言い切ると、情報屋の胸倉をつかみ、凄むような目つきをして続ける。

「ひとつ聞く――娘の命を危険にさらすマフィアどもと、助けてやることができるかもしれない俺――お前が味方につけた方が良い方はどっちだ?」

「お前もお前で、娘を人質に利用してんじゃねえか……」

「当然。俺は利用されるのは大嫌いだが、自分がする側となれば話は別だぜ」

 ルカは不遜に笑いながら、情報屋の胸倉をつかむ力を強めた。

「で、どーする? 俺に協力するか、娘を見殺しにするか、ふたつにひとつだ」

 正確には、あんたに選択肢なんて、存在しないがな? と、ルカは言葉にはしなかったが、言わずとも情報屋には逃げ場がふさがれていることが、よく分かっていた。

「わ……わかった、わかった……お手上げ、降参。お前に協力するよ」

 その言葉を聞いて、ルカは胸倉から手を放してやった。ようやく解放された情報屋は、息苦しさに咳込んでから、口を開く。

「お前の言っていたことは、大方合ってる。ひとつ付け加えるとすれば、俺もまたギンズバーグ・ファミリーの一員だってことだ。ま、今じゃもう正式な構成員じゃないがな」

「……オーエンにはめられたか? ヤツは、相当にやり手のようだな」

「まあね。本来マフィアとか、チンピラって言うのはああいうもんよ。金に汚くて、そのためならなんだってやる――ただ、ギンズバーグは元々ただのごろつきどもの集まりじゃなく、元々はこの街を守る自警団だったんだ」

「リーズ教会を脅迫するような連中がか?」

「そうだよ。ヴァルプルギスの夜の時も、体を張って街の人間を守ろうとしたんだ、ギンズバーグ・ファミリーは」

 怒りをにじませたような言い方の情報屋に、ルカははっとし、苦虫を嚙み潰したような顔をした。

「……悪い」

「別にいいさ。今はただの犯罪集団でしかないのは確かだしな。――ギンズバーグ・ファミリーにも、魔術師はいた。そして、ヴァルプルギスの夜の後、セインシアを守ろうとしていたここ出身の魔術師もまとめて、ヴァルプルギスの夜に関与した魔術師は処刑された」

 ルカは静かに、情報屋の言葉を待った。

「アーノルド・ギンズバーグ――先代は、セインシアを愛していた。この街に住んでいた魔術師たちも、だ。だから教会の横暴を許さなかった。新教会を建設するための金を出し、奴らに牽制したんだ。この街でのこれ以上の勝手は許さない、とな」

「じゃあ、エイヴリルの母親は……」

「ヴァルプルギスの夜のどさくさにまぎれさせて、トルトコックへ逃がしたよ。たまに、会っていた……けど、オーエンの奴がその場所を突き止めて、俺を脅迫したんだ。お前の思った通り、エイヴリルが、セインシアに心の盗人を買いに来たからそれをつけたんだと」

 平静を保とうとしているようだったが、その声が震えていることにルカはすぐに気づいた。そして案の定、

「あのバカは、こんな、くそったれな街で名を名乗ったんだ! バカにもほどがある! あの世間知らずめ! くそったれ、ちくしょうが!」

 情報屋はやはり怒りを抑えられなかったのか、めずらしくそう怒鳴り散らした。娘に対しての罵声のはずなのに、情報屋の怒りは殆ど自分に対して向かっているように――自責しているように、ルカには思えてならなかった。

「彼女は、薬物のせいで正気じゃなかったんだ……お転婆すぎるのが玉に瑕だが、魔術師の癖に、素直で正直な子だったと思う。そんな世界を知らずに生きてこられたのは、あんたと、奥さんのお陰じゃねえの」

 ルカはぼそりと、まるでひとりごとでも言うかのようにそう言った。情報屋は目を丸くしてから、それでも嬉しそうに、静かに笑った。

「槍でも降りそうだな、お前さんがそう優しいとよ」

「うるせえ。人の厚意は黙って受け取っとけ」

 ルカはきまりの悪い顔をして、ぶっきらぼうにそう吐き捨てた。それから視線だけを情報屋に向けて、続ける。

「……それで、オーエンの野郎に心の盗人を流した魔術師の名は?」

「……それが、まだ掴めなくてな……ただ、心の盗人を精製するために魔術師が必要だってことで、数人が出入りしているようだぜ。トルトコックから来たって聞いたから、お前が言っていた、魔術学校と何か関係があるって言う線は、ありえそうだな」

「そいつらをとっつかまえて、吐かせればいい話か……」

「ま、野蛮だがそれくらいしか俺も思いつかんな……ところで、俺に会いに来た理由はそんだけか?」

「いや。本題は……頼めばなんでも運んでくれて、すぐに出てくれそうな運び屋を探していて」

「運び屋? いるぜ。何を運びたい?」

「生もの。魔術を使って腐敗を遅らせてるとはいえ、なるべく仕事が早い奴で――トルトコックならここからさほど時間も掛からないはずだけど」

 情報屋は生ものというルカの言葉に特に反応もせず、軽く考えるようなそぶりをした。運び屋なんてものを利用する連中は、大抵その生もの――いわゆる死体を運ばせるものばかりだからだ。

「なるほど……まあ、いるにはいるが、それ、ギンズバーグに狙われる可能性あるんだろ? 無事届けられるって保証はあんまりできねえな」

「……ま、届かなかったら届かなかった時だ。そもそも、受け取ってもらえるかどうかも怪しいし。ギンズバーグの連中が奪ったところで、奴らにとってはただのゴミでしかないから。もし命の危機を感じたら、さっさと手放してくれてもかまわない」

「適当だな。――で、その友達とは、喧嘩中かなんか? 友達ってやっぱり魔術連盟幹部?」

 さりげなく――わざとなのかなんなのかわからないが、自然に探りを入れてくる情報屋に、ルカはうんざりとした顔をしてから、

「ふんっ」

 いらだちのままに、情報屋の顔面をぶん殴った。不意打ちで殴られたので、情報屋は「ぶへっ」という情けない悲鳴を上げつつ、無様に地面に倒れた。

「――スッキリした。実を言うと、前々からお前を殴りたくて殴りたくてしょーがなかったんだ、俺。やっと正当な理由ができたわ。詮索されて、俺の繊細な硝子の心が壊されたからという理由が。正当な理由がない暴力はただの理不尽だからな」

 心底晴れ晴れとした顔でルカは支離滅裂なことを言い放った。目的と手段が普通は逆だろうが、と流れる鼻血を手でせきとめながら、情報屋は半目でぼやいた。

「ああ、あともうひとつ」

「……二つもか?」

 ルカの手を借りながら、情報屋は怪訝そうな声を上げた。

「大丈夫だ。もうひとつは自分で動ける」

 ルカが笑って言うのに、訳が分からないという風に、情報屋は当惑した。

「……ほとぼりが冷めるまで、パパは家族のそばにいてやんな。あんたはこの街から離れるべきだ」

「…………!」

「あの街で魔術師が非魔術師に対して危害を加えることはない。非魔術師に手を出す魔術師が出たとなれば、魔術連盟本部はトルトコック支部に厳しい追及をし、罰を与えるだろうよ。だから支部は使、本部に悟られないようにする」

 ルカは淡々と説明してから、悪戯っぽく笑って、

「そもそも――俺と組んだせいで、逃げ場はこの街にはないしな」

 そういって見せる。

「……全く、槍どころか世界が終わりそうだな」

 情報屋は呆れたように肩をすくめながらも、安心したように笑った。

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