3-3

「で、どうするんだ、あの男を検死すんのか?」

 マサチカの言葉に、ルカは眉をひそめた。この男の気質なのか何なのかはわからないが、ルカにとってはマサチカがなぜここまで干渉してくるのか理解できなかったからだ。

「……あんたにはもう関係ないだろ、あいつは死んだんだ」

「この世界にはわからんことが多すぎる。参考にさせてもらいたいんでな、見学したいんだよ。必要があれば手伝うぞ。本職は監察医じゃないが、経験はある」

 突き放したつもりだったのに、そう言ってきたマサチカにルカは不機嫌そうに目をすがめた。

「非魔術師の――それも、異世界人ごときが理解できるもんじゃない。これは、俺たち魔術師の領分だ」

「……病気をお祈りで治そうとする世界のやつに、ごときといわれるとはな。果てしなく医療のレベルが低いお前らとは脳みその作りが違うんだよ――と、言いたいところだが」

 憎まれ口をたたくのをやめ、マサチカは自嘲気味に笑い、続ける。

「――この世界に来てからというものの、俺は医者として全くダメだ。さっきもそう――俺の手におえず、患者が死んだ。必要な機器や薬がないからだ、この世界の医療レベルの低さだとか言い訳はつくが――結局は俺が至らないせいだ。何年医者やってても堪えるよ、あの瞬間は。だから俺は、自分の救えない命を減らすためなら、どんな努力だって惜しまない」

「…………」

「だから、頼むよ。邪魔はしない。――この通りだ」

 マサチカはそう言って、頭を下げた。マサチカの声音は真剣そのもので、その言葉に嘘偽りはないとルカは感じた。

「おい、お前さん、こうして先生が――男が頭を下げてるんだ、それに断る理由もないだろう」

 苛立たし気なルカの態度を読み取ってか、たしなめる様に亭主がそう言う。

 この不愛想な亭主がマサチカを買う理由はルカにもよくわかる。こんな人の命の価値が軽い場所にいても、はっきりと人を救うといってのけるマサチカは、心底素晴らしい人間だと思う――ある意味、異常者だ。

 それでも――だからこそ、ルカは気に入らなかった。妬ましいとすら感じた、自分とは違いすぎる、対極の人間だと思ったから、腹が立った。

 この男の前にいると、自分が才能だけに縋って虚勢を張っていることをあらためて思い知らされる気分になる。なりたかったものから目を背けた醜い自分を、才能とか名声というめっきで塗り固めて、それらしく生きてきたのに、この男は人の命を救うためにとルカに平然とこうして頭を下げてきたのだ。

 自分が捨てたものをこの男は持っている、それだけでルカは嫉妬で狂いそうになった。

 口を開こうとすれば罵声が飛び出しそうになる――ただの八つ当たりに過ぎないそれをルカはすんでのところで押し込めた。

(比較するのもおこがましい――俺と対極の人間なら、こいつは――)

 ルカはようやく思考を振り切り――半ば、あきらめにも近かったが、ようやくマサチカに向き直る。

「わかった。ただし、俺が調べている最中手は出さないこと。何度も言うが、魔術っていうのはとてもデリケートなんだ、それを守れるなら……かまわない」

 ルカはマサチカにそう告げた。ただし目は、合わせずに。


「……なんで、ご主人まで?」

「……これ以上宿を壊してもらっても困るんでな」

 亭主がそう一言ぼそりというと、ルカは一瞬固まった。図星を突かれて、何も返すことができないルカは、ぎこちなく魔術師の死体に向き直った。

「で、どうするんだ、こいつを調べて、何がわかるんだよ」

「解剖するならよそでやれよ? 痴情のもつれか何かわからんが、前、血まみれの女の死体が部屋に放置されてて、掃除が大変だったんだ。血のシミをとるのに骨が折れた」

「業者を頼めば?」

「この閑古鳥で、か?」

「頼むから二人とも静かにしてくれ……」

 ルカは呆れた声でああだこうだ喋りが止まらない二人をたしなめると、精神を集中するべく目を閉じた。

 しばらくやんややんやと騒いでいたが、ルカの様子を見てか二人の声止むと、ルカは小さく息をついた。

(魔力を感じるには、精神を集中しなきゃなんないんだよ――たく)

 魔術は発動した際に残る魔力の残滓が残る。それは五感によって捉えられるものではないが、魔術師はその魔力の残滓を感じることができるのだ――どの魔術師もどう感じられるのか明確に言葉では説明できないのだが、そこに確かにあるのだと、魔術師の独自の感覚が訴えかけるらしい。

(――色が見える、なんて兄さんは言っていたけど、兄さんの魔力はどんな色だったんだろう。きっと、きれいな色なんだろう。俺はきっと、どす黒い、汚らしい色だ)

 ふと脳裏によぎった思考を無視すると、ルカは深く息を吸って、感覚を研ぎ澄ませる。五感では捕えられないそれを捕えようと目を閉じて意識を集中させた。

(男全体が纏っている、薄くなりつつある魔力はこの男のもの、もうひとつ、覚えのある魔力は俺の魔術のものだ――あとひとつ――微かにだが、奥底に――もうひとつ――の魔力がある――ああ、やっぱりか――)

 そう確信すると、ルカは息を吐いて目を開いた。

「……今、なんかやったのか?」

 マサチカの声に、ルカが二人の方に目をやるとマサチカと亭主は目を丸くしていた。二人には、ルカがただ男の死体の方を向いて目をつむっているようにしか見えなかったから、無理もないだろうとルカはすぐに納得したが。

「この男の体内に存在してる魔力を調べた。最も、俺が分かるのは何種類魔力が存在するか、くらいだが」

「今のが? なんかパァーって光ったりするんじゃねえのか……やっぱり魔術師ってショボいな」

 マサチカがまたそんなことを言うので、なんとなくルカはどっと疲れが出たように感じ、体勢を崩しそうになった。

「お、ま、え、が、同じことをできるようになってから言いやがれ……」

「それで、魔力が何種類かあると分かったみたいだが、何がわかるんだ?」

 ルカがとがめるのに気を止めることもなく、マサチカはそう尋ねてきた。あきれながら、ルカはそれに答えるべく口を開く。

「魔力は、魔術師により性質が違う。兄弟とか、親子とか、血のつながりがあると確かに似てはいるが、それでも別物だ。魔術師が死ねば魔力はこの世界のマナに還元される、と言われている――しかし、それには時間がかかるんで、この男の魔力は、死後そんなに時間が経っていないためにまだ残っている。んで、この男の体内に残っている魔力は、男のものと、俺がこの男に対してはなった魔術によって付着した俺の魔力のみのはずだ。だが、もうひとつ違う人物の魔力があることが分かった」

「ということは、他の魔術師が、この男になんらかの魔術を使ったってことか」

「そうだ。そして、残った魔力の残滓というものは、魔術が発動した直後から時間が経つと段々と薄まっていく。俺の魔力よりももうひとつ存在した何者かの魔力の方が濃かった。それはつまり、なんらかの魔術を俺がはなった魔術よりもということだ」

「しかし、魔術師はお前だけだろ? 近くに潜んでいたとか?」

 マサチカの言葉にルカは首を横に振り否定すると、口を開いた。

「もしこいつを殺すための魔術を使ったなら、そいつのいる場所ぐらい、一瞬でわかる。特に詠唱によって魔術を発動させる際に、必ず空間に動きがあるんだ――説明は面倒だから割愛するが、一般的な魔術師でも魔術が発動した、くらいの感覚くらいは分かる。俺なら、大体の位置と飛んで来る方向くらい分かる」

 ルカは頭を掻きながら、続ける。

「……それを踏まえれば、魔術師を暗殺するとなれば遠距離の魔術は無謀だ。もし俺が暗殺者なら窓から飛び込んで首を掻っ切るさ、ターゲットもその周辺の人間も殺して、店内を荒らして――強盗にでも見せかける。だから魔術師が潜んでいて詠唱魔術で暗殺したという線は現実的じゃない」

「なら、どうやって殺したって言うんだよ」

 マサチカはさっぱりわからないという様子でそう尋ねた。

「さっき俺が言ったとおりだ。術式魔術――簡単に言えば、男や俺が発したある言葉に呼応して、この男の呼吸を止める魔術によるシステムができていたんだ」

「なら、そいつはお前やその男が確実にその言葉を言うことがわかっていた、みたいな口ぶりだな……」

「ああ。何者かはわからないが、狙いが俺であることは確かだ。わざと未熟な魔術師をけしかけて、こいつの命を使って回りくどく俺に喧嘩を売ってきたってところだろうな……」

「心当たりがあるのか?」

 マサチカの問いに、ルカは大きくため息をついて、

「恨みを買った数なら星の数ほどだが、ここまで回りくどいのはなかなか思いつかない」

 苦々し気にそううめいた。その星の数のほどの中から何人かの顔が浮かんだが、結局分からないので、ルカは無駄な思考を止めた。

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