2-3

「……この街は確かにヴァルプルギスの夜の被害に遭ったが、それはセインシアが街を上げて魔女裁判とか言って、隠れ住んでる魔術師をつるし上げて処刑してたのが根本の原因だ」

 いつの間に頼んでいたのか、グラス二つと男がキープしていたであろうウィスキーのボトルと、つまみの燻製したチーズを机に置きながら、店主は言った。

「まあ、喧嘩両成敗って奴だな」

 ぼそりと、付け加えた亭主はさっさとカウンターの中に戻って行った――どこか、自分を気遣っているように――都合が良すぎるとは思いつつも、ルカにはそう聞こえて、心の中で安堵した。

「おやっさんは優しいねえ」

 茶化す様に言う情報屋の言葉を無視し、亭主は客がいるのにも関わらず、台所の清掃をはじめた。

「あんたも飲むかい?」

「俺はいらない。……というか、今飲むな」

 そうルカが言っているそばから、情報屋はウィスキーを既にあおっていたが。

「で、今はこのスラムは正式には旧教会通りって名前でな……昔、教会があった所に、娼館があるんだよ。そこに魔術師が出入りしているらしい」

「魔術師が?」

 そう聞き返すルカの顔色は、明らかに変わっていた。

「そうだ。この街に魔術師なんざいなかったが、急にふらっと、何処から湧いてきたのか、突然魔術師が現れて、その娼館に通ってるんだよ」

「その魔術師について、何か知っていることは?」

「詳しいことは分からねえけど……女に目もくれず、店の奥に入って行くところを何回か見かけたらしい。ま、上客専用の部屋かもしれんがね……」

 顎髭をさすりながら、情報屋はボトルからまたウィスキーを注ぐ。さほど量は入っていなかったようで、空になってしまったようだ。

「その、魔術師が出入りしている娼館に蛇の刺青をした娼婦と、用心棒で……橙髪の、背の高い男はいるか?」

「蛇の刺青ねえ……あの娼館は、セインシアを牛耳ってるギンズバーグ・ファミリーの幹部、オーエン・スタントンって男が管理しているんだが、ヤツの趣味で、蛇の焼き印を娼婦たちの身体に入れるんだよ。それのことかね。せっかくだ、一人一人と寝るかい?」

「効率が悪いし、いろんなリスクを冒して娼婦と寝なきゃいけないほど女には困ってない」

 情報屋の冗談に、ルカは目を半目にして、そう答える。

「いいねえイケメンはよお。多少金がなくとも、女に食わせてもらえるし。しかもあんたは金もあれば力もある。羨ましいこって」

「別に、顔が良かろうが悪かろうが変わらんだろ。金と力はあった方が良いけど」

「……ほんっとーにそう思ってる?」

 念入りに聞き返す情報屋に、ルカは目をぱちくりさせてから、口を開いた

「まあ、顔が良くて困ったことはないし、得をしたことの方が多いのは事実だけどな」

 情報屋の顔が曇って行くのにも気にも留めず、ルカは平然と続ける。

「何も言わなくたって勝手に貢いで来るのは迷惑だけどな。他人から押し付けられたものなんて、恐ろしくて使えないから全部捨てるか換金してる」

「あんたに良心のかけらってもんはねえのか……」

「それを犠牲にする事で、自分の命を守れるのならそんなくだらんもんなんぞ、いらん」

「……誰だ、こいつに何物も与えた奴は……女神か? クソくらえ女神さま」

 当然のように言ってのけたルカに、情報屋は疲れたような顔をして、そううめいた。

「まあ、そっちはもういいや……橙髪の男は? 随分目立ちそうだけど」

 ルカの問いを聞きながら、男は空のボトルを名残惜しそうに見つめる。

「……これもさ、奢ってくんねえ? ほら、チャージ料? 的な?」

「……に、酒までタカるなんて……」

「いたいけな少年は、こんな怪しいオッサンと、どーみても人殺してそーな親父のいる店でんな怪しい商談をしたりしませーん」

 年甲斐もなくそう言う情報屋に、ルカは冷めたような視線を飛ばし、無視した。しかし情報屋は諦めるそぶりを見せず、子供の様に手足をばたつかせている。

「めんどくさ……まあいいや……ご主人、これと同じの、頼む」

 ため息をついたルカがそう言うと、この展開は分かり切っていたらしい店主がウィスキーのボトルを机の上に置いた。「お前も包丁の錆にしてやろうか?」とつぶやきながら。

「おやっさんが言うと、冗談に聞こえねえんだよ……」

 ウィスキーの蓋を開けながら、情報屋はやっとルカの問いに答える気になったようで、改めて口を開く

「多分、オーエンの奴が飼ってる番犬じゃないかねえ……あんたより上背があって、年は……あんたと同じか、一つか二つくらい上の若い奴だ。酒と女が好きで、よく仕事ほっぽいてそこらで遊び歩いてるよ。リンドって無頼漢だ」

「たかだか用心棒役が、仕事ほっぽいて遊び歩いてんのか? ギンズバーグ・ファミリーは部下の統制もとれないのかよ」

 怪訝そうに言うルカに、情報屋は何やら面白そうに笑いだした。

「そう思うだろ? けどな、アレは特例だ。ギンズバーグも手を焼いてる。無理矢理押さえつけりゃあガキみたいに癇癪起こして、何人も死人が出るわ建物を壊すわ……とんでもねえトラブルメーカーらしい。で、どーするかっつったら、まあある程度自由にさせとくのが一番だったってわけ。小遣いのためになら仕事するし」

「そもそも、放し飼い同然の奴を手元に置いておくメリットなんざ、あるのか?」

「ギンズバーグが手を焼いてでも置いておきたいほどの力があるって事さ」

(たかが力がちょっとあるだけのチンピラだろうが、どうせ……井の中の蛙大海を知らず、ってな)

 顔も見ていない男を勝手に評価したルカは、心の中でそう毒づいた。



 日が落ちてきたらしく、亭主が灯りをつけているのをルカは横目で見た。

 レティーリアで一般的に使われている灯りは、ルナドライト鉱石――別名、月光石という、鉱石を加工してできた灯りである。鉱石の太陽の光が遮られると発光する性質を利用し、灯りとして利用されている。質が良い物ほど強い光を放つもので、大抵こういうスラムには、この店にあるような質の悪いもので作られた弱い光の灯りしかない。

「とりあえず――もういいや。十分かな」

 こまごまとした情報を聞きながら――まあ、雑談も少なくはなかったが――大方の情報を聞いた、と判断したルカは、情報屋にそう告げた。

「もういいのかい? オーエンの家族構成から恥ずかしい性癖までたっぷり売ってやるぜ?」

「そんなもん、いらんわ。……これくらいで十分だろ」

 情報屋は待ってましたとばかりに手を差し出している。ルカは話している間に準備しておいたらしい硬貨を数枚手渡した。金に輝く小さな硬貨に、情報屋は感嘆の声を上げ、目を輝かせた。

「あんた、想像より太っ腹だなぁ、もっと金の亡者かと思ったよ。足元これでもかって程見て、死ぬほど値切られるかと思った。ふた開けりゃいいお客さんじゃないか」

「どーゆーイメージだ、それは……」

 半目で情報屋を見ながら、ルカ。

「しかしいいのかい、こんな、本当に情報屋かどうかも分からんオッサンに、大金を払っちまって」

「別に。俺の懐は痛まねえし? 自腹で、んなとこで買う情報を百パーセント信じるほど、俺は純朴な少年じゃねーからな」

「いたいけな少年発言はどこに行ったんだぁ? ……しかし、お前のお陰で魔術師はいい客になるって分かったよ。ありがとさん」

「それはどうかな。魔術師でも、色々いるぞ。超秩序派とか。お前みたいな奴が、虫唾が走るほど嫌いな奴がいるのさ」

「ああそう……まあ、お前はそんなカッコしてても、俺たち側だって一発で分かっちゃったがね。そういう、においがしたよ」

 情報屋はまた、あのうさん臭い笑みを浮かべる。濁すような言い方をする情報屋にルカはすぐさま怪訝そうな顔をして、

「俺はお前みたいに、酒臭くないし煙草臭くもない」

 心外だとばかりにそう吐き捨てた。

 情報屋はなんだか泣きたい気持ちになって、二本目のボトルから最後の一杯をグラスに注いだ。


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