1-3

「――というかんなこたぁどうでもいい! ジェラルド! お前は事の重大さを理解してんのかっ!?」

「え? 何の事?」

「お前が禁術の術式を開発し、挙句の果てにお前がそれを漏洩しやがった事だっ!」

「仕方ないじゃない、魔術連盟が研究資金をくれないんだもん。経費を止められちゃってね。手ごろな術式があったから、来てくれた非魔術師に売ったんだ」

「自業自得だろーが! なんでもかんでも密林化させた挙句、そこら中の人間を奇人変人に仕立て上げる迷惑野郎に加担すると思うのか、連盟が!」

「僕は術式魔術の発展のために努力してるだけなのに、そんなこと言うなんて酷いよ」

「ぬかせっ! 犯罪者予備軍! いやもはや犯罪者!」

 ぜえぜえと肩で息をするルカから男――ジェラルドは興味なさげに視線を逸らし、何か探しているのかがさがさとその辺を漁っていた。

「……しかも売ったのが非魔術師相手、だと! いつどこでどいつに売った!」

「よく覚えてないんだよね……誰だったかなあ、なんか刺青をしていた趣味の悪いがらの服を着ていた人たちだった気がするけど……」

「どーあがいてもカタギじゃねえだろが……」

「でも売った術式はたいしたのじゃないよ――お、マグカップあった」

 書類や何に使うか分からない器具の山から欠けたマグカップを取り出し、ジェラルドは嬉しそうな声を上げる。

「……てめえ、禁術の意味を知ってんのか!? 禁じられた、術だぞ! 人間やら非魔術師の社会やら環境やらに悪影響を及ぼすから禁じられてんだよ! 理解できるか!」

「だってさ、ちょっとした魔術的薬物だよ? 君でも書こうと思えば書けるやつだ」

「……どんな薬物だ。人間の腕を一時的に増やすやつか? 筋力を無理やり増強して、効果が切れると壮絶な筋肉痛で数週間寝込むあれか?」

「えーっとお、ほら、非魔術師たちの裏社会で流通してる薬物あるじゃない?あれより依存性も高くて、かなりハッピーになれるやつだ。生徒たちにも教えてあげたよ。評判良かったなあ」

 どこか絶望的な面持ちで尋ねたルカに、ジェラルドはそうあっけらかんと答えた。

「は!?」

 ルカがすっとんきょうな声を上げるので、ジェラルドはそちらに目を向け、不思議そうに首をかしげた。

「僕も一時期使ってたやつだよ。普通に。けどダメだ、あれ副作用が強すぎるもん。イカレ方が尋常じゃなくてキモい」

「その魔術的薬物は、身体だけじゃなく精神にも影響を及ぼす物じゃねーだろうな」

「ルカってば何言ってんの? 大抵の魔術によって精製された薬物は精神にも影響を及ぼす物だよ」

 おかしそうにケラケラ笑いながら、ジェラルド。ルカはしばらくわなわなと肩を震わせてから、勢いよくジェラルドの胸ぐらをつかみあげた。

「てめえ! どう落とし前つけるつもりだジェラルド! 俺たちや生徒は訓練で多少は耐えられるが、非魔術師共はちげえんだぞ! 今頃その薬物が裏社会で大流行だ! くそったれ!」

「ははは、馬鹿だなルカ。非魔術師たちが術式を知ったところで、どうこうできるわけないじゃない。オークに真珠、馬の耳に女神の教え、だよ」

自作の慣用句を並び立てるジェラルドに、ルカは額に青筋を立て、服を掴む手の力を強めた。

「……魔術師くずれとお友達だったらどーするつもりだ? 裏社会の連中が新しいビジネスだなんだとモグリの魔術師とよく悪だくみしてやがんのを知らねえのか?」

「ぼくそこまで知らなーい」

「て・め・えはっ! どこまで人でなしだっ!」

「短気は損気だよ、ルカ」

「くそ……もういい、お前はそーいうやつだよ……」

 ああ言えばこう返されるのに疲れたのか、ルカは乱暴にジェラルドの胸ぐらから手を離し、大きなため息を一つついた。

 ルカは頭を掻きながら、落したマグカップを拾い、マイペースに湯をそそいでいるジェラルドを睨み付けるように見た。

「けっ……元アルカナ九階位、隠遁の魔術師・ジェラルド・ダウズウェル。術式魔術の天才がとんだ転落人生だな。悪党に禁術を売るなんて。俺でも庇いきれねえぜ」

「転落って……僕もルカも、上がったことなんてないだろう?」

「少なくともお前よりは上がってるさ」

「地位だけはね。あとは何も変わってないじゃない、君」

 ジェラルドの言葉に、ばつがわるくなってルカは無視した。周りを見渡し、またため息をつく。

「ろくでもねえ術式ばかり書きやがって……まあ、いいや……じゃ、我流すは力の奔流」

 感情のこもらない声で、ルカ。床や壁に所狭しと描かれた魔術師にしか到底理解できない文字や模様が光り出し、ジェラルドは顔を青ざめさせた。

「ルカ、ちょい待ってひどい―――!」

「全ての刻印を我が力にて塗りつぶせ」

 壁や床に火花が散る。バチバチと激しい音をたて、やがて光は徐々に消え失せて行った。

「バ――バあぁぁカ! ルカのバーカ! 馬鹿魔力! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿馬鹿! 僕が何週間もかけて描いた術式を、全部無力化するなんてっ! 最低だ! バーカ! バーカ!」

「お前、賢いくせに悪口の語彙力ないよな……」

「うるさい! 馬鹿! こんな、三週間くらいご飯も食べてない僕をいじめるなんてひどい!」

 子供じみた反論に、ルカは眉をハの字にして呆れたように肩をすくめた。

「……うるせえ。せめて飯とか、あともうちょっと寝ろよ、んな隈つくってがりがりになってよ――――」

 ルカは口調こそ荒かったが、どこか心配そうにそう言い、ふと足元に落ちていた一枚の紙を拾い上げ、眉をひそめた。

「……お前こそ、変わらねえじゃねえか。まだやってんのか、…死者を蘇らせる、魔術の研究」

「僕が術式の研究を進めるのは、それ以外ないし」

 どこかつっけんどんにそう短く言うと、ジェラルドはルカからその紙をひったくった。

 この話は打ち止めだ、とばかりに視線をそらす。苛立っているジェラルドに肩をすくめ、ルカは口を開く。

「……だから、前も言ったがそれは無理だ。魔術は人間のなせる技術であって、奇跡の模倣ではあるが、奇跡そのものじゃない……それくらい、お前も分かるだろ」

 静かな声で、ルカ。諭すように言われたジェラルドは、舌打ちをひとつし、にらみつけた。

「黙れよルカ。僕は君とは違う。君と違って諦めたりしない――大事な人を」

「――うるせえ。現実を見ろって言ってんだこの理想主義者」

「だってそうだろ……君は、君のお兄さんはこの世界にいるかもしれないっていうのに何で諦められるんだ、怠慢じゃないか。僕の姉さんは、この世にいないのに!」

 ジェラルドの言葉にルカは胸が痛んだ気がした。その様子を知ってか知らずか、ジェラルドはいらだちを隠そうともせず、声を荒げてそう言い放った。

「怠慢……そうだな、そうかもしれねえ。だが、お前も変わらねえよ。成果の出ねえ魔術の研究に没頭して、つらさから逃げているだけだ」

「僕が逃げてる?君にだけは言われたくないよ」

 ジェラルドの苛立ちはいまだ収まらないようで、鼻で笑いながら刺々しくそう言い返した。

「本気で研究を進めようとしているんなら、術式をゴミの山の中に埋もれさせているわけがねえんだ。現実的に考えてどうにもならねえから、何とか理由をつけて逃避してるんだろ」

ルカは散らかった部屋を一周見回すと、再度口を開いた。

「何かに夢中になっていれば、一時的に忘れられる。人間はそうやって上手く創られている。忘れると言う機能は、そのためにあるんだから」

 きわめて冷徹にルカは言った。半分は、自分に言い聞かせるようにして。

「僕は逃げてなんかいない! 姉さんを諦めない! 忘れるもんか!」

 ルカは今にも食ってかかってきそうなジェラルドを手で制した。ジェラルドの死んだようだった碧い目に、煌々とした怒りをあらわすような鋭い光が宿る。

「わかった――ジェラルド、お前の死んだ姉さんを蘇生させるのをとやかく言うのは俺ももうやめる。だからお前も、二度と兄さんの話を出すな」

「……もうどうせ、用は済んだんだろ。早く僕の前から消えてくれ、ルカ。君と楽しくおしゃべりをする気分じゃあ、もうないんだ」

 へたり込んだジェラルドは、両膝に顔をうずめ、そうぼやいた。天才と言うものは、めんどうな生き物だ。傲慢で、図太い神経を持っている癖にガラスのように繊細で、すぐわれてしまう――ルカはそう思った。良く知っていたから。自分自身が、そうだから。

「……じゃあな」

 旧友と別れるにはやけにあっさりした挨拶を送ると、ルカは部屋を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る