第9話 ベランダに聖剣が刺さっていたから? 後半

「えぇ・・・・・・?」


 口からするっと「え」がでてきたのは人生で初めてかもしれない。そうだな、今まで平凡な毎日でしたから、大きなトラブルもなく生きてきた自分にとって、ベランダにこういった見慣れない女性の物があるだけでもショックだった。


「おっ・・・落ち着け、よく考えろぉ」


 誰にいった? もちろん自分に。なぜなら、今まで平凡な毎日でしたから、大きなトラブルもなく生きてきた自分にとって、こういうシチュエーションに、どのように対応すればよいのかわからないからだ。

 どうする? 自分のじゃないのはもちろん。いやいや絶対ない。


 普通に落とし物として警察に届け出?マンションの管理人さんに?それとも、「このブラジャー、誰のォォ?!」って叫ぶか? 却下。 落とした子も、自分もお互いに痛い目にあうだけだ。


「こういうときは・・・」


 ブラジャーには一切手をつけず、窓を一旦閉め、スマホを取り出し検索する。


   [ベランダ 下着 落とし物]


  あっ、プライベートモードで検索すればよかった。まーいっか。

 すると、検索結果の一番上に出てきたのはとあるサイト。そこで自分と同じお悩みを相談している人がいた。それに対し、回答者はこうアドバイス。


「高そうなやつは返してあげて、くたびれた、または安そうなものは捨てましょう」


 なるほど、じゃあ早速そうしてみよう。もう一度俺は窓を開け、変わらずそこに座り込んでいるブラジャーをみる。


 高そう? 安そう? いやわからないです・・・。そもそも、女性ものの下着なんて母親のものしか見たことないし、値段なんてしらない。女性の下着コーナーの横を歩くときでさえ、恥ずかしくなって目線をそらす自分がわかるはずがないよな・・・。


 しかたがない、とりあえずビニール袋にしまって、マンションの管理人さんに伝えよう。そして、この件は丸投げしよう。

 そう思い、日頃から捨てずに溜めているスーパーの買い物袋を、物置から持ち出し、ベランダにでた瞬間。


「ハッ!」


 俺のなかの俺が危険を感じる。まてまて、冷静になれ、向かいのマンションから、このアパートは道を挟んでいて少し遠いし、上の階から落ちてくることもめったにないんじゃないか?あきらかに、人為的・・・。もしや!

 俺がこのブラジャーを手にした瞬間、どこからか写真をとって、それを根拠に下着ドロボーとして訴訟。そのまま賠償金をとろうっていう考えか!


「なんてことだ・・・」


 俺はまた窓を閉め、その位置から人が見ていないか確認した。まだ、朝の8時前。見かけたのは、洗濯ものを干すおばさんとおじさんが数人。それ以外は確認できないが、世の中は進化しているから小型カメラを設置して、遠隔操作をしているかもしれない。まさか、ドローンとかも飛ばしてくる?!いやいやそれはないな。でもこのままにしておくわけにもいけない・・・


 ピンポーーーーン


「ハギャッ!」


 普段、鳴ることのないインターフォンの音にびっくり。しかし、だいたいこんな朝早くにくるのは、宗教とかの勧誘だから、必要以上に出る必要はない。そう、こんな時のためにドアモニターがある。ドアの前に誰がいるかすぐにチェックできる優秀な居留守道具だ(きっと違う)。


 俺は落ち着いて、モニターをチェックする。どうせ、怪しい雰囲気のおじさんかおばさんか海外の方だろうと思っていたが、俺の想像は外れた。

 同じクラスの子だ。名前は覚えてないけど、綺麗な銀髪で有名な彼女だ。なんかソワソワしてて、きょろきょろしている。どうしたんだろ?これは居留守じゃいられない。今の自分が大きな陰謀に巻き込まれそうとしていることが、ばれないように、いつものように明るく、自然体でいこう。そして、早めにお帰りいただきましょう。


 ガチャ


「やぁ、おは・・・」


「フンッ!」


 どすっ!! クリーンヒット!


「あうう・・・」


 これは? 腹パン!? 胃の中のパンとおなかの肉をはさんでサンドイッチができる~っていうくだらないギャグが頭の中を素通りしていった。


「なっなんデェ・・・・・・?」


「ねぇ、持ってるでしょ。返しなさいよ!」


 焦っているのか、顔を真っ赤っかにして話す。走ってここまで来たのか肩で呼吸をしている。

 隣人に気を使ってか、小声だが、焦っているのは表情でわかる。


「なんのことか、さっぱり・・・」


 おなかをさすりながら、力の入っていない「ハハハ」を口から出す。てか漏れた。


「いいから、拾ったもん出しなさいよ!」


「・・・・え」


 また「え」が出た。 もしや・・・、もしかして、俺の問題は、彼女の問題でもあるのか?

 まさか? 


「もう一発いれるわよ」


 そういって、彼女は握り拳をつくる。さっきにまして、顔、耳が赤くなった。

 俺の頭の中はパニック状態。どうしてこの家に?というか俺の家知ってたの?


「まままってぇ」


 俺は彼女に落ち着くようジェスチャーをし、はにかむ。彼女も話を聞こうと拳を下げる。


「ふぅ、じゃあ、質問いい・・・かな」


「なっなによ」


 いつもは制服を見慣れているからか、私服姿がかわいらしく見える。しかし、家から飛び出してきたからか、肩まである髪の毛はボサボサ。


「その・・・、探してるものって落としたもの?」


 いつパンチが飛んでくるかわからないので、おなかに手を添えたまま尋ねる。


「そっ、そうよ。わかってるなら返してよ」


 彼女は目線を少し泳がしながら答える。見られて、恥ずかしいものなんだな。やっぱり、可能性はある。それにしても、その子の恥ずかしがるところ初めて見るな。

 でも、まーだわからない。実はベランダの横の方にブラジャーとは別のものがあったかもしれないし、もし、ブラジャーを見せて「えっ・・・ナニコレ?」という反応をされたら、こっちが恥ずかしい。女性もののブラジャーを家に隠し持っているという誤解を招きかねない。すぐクラス中に広まって、今まで俺が守ってきた目立たず、浮かない立ち位置が崩れてしまうに違いない。


「うーん。よ、よくわからなぁ。それってどっちかなぁ・・・」


 実は、見つけた落とし物が二つあるんですよっていう雰囲気だしとこう。

 相手から女性ものの下着という返事がくるまでは絶対に見せない。


「えぇっ!? まさかブラジャー以外にも落としちゃってた?あっ・・・」


「おっ、おおう・・・」


 はい、いただきました。思ってたのと違うけど、俺が警察にお世話になる可能性はゼロになって一安心だ。


「初めからそういってよね~」


俺はニコニコ、彼女はテレテレ。


「早く・・・」


 そういって、彼女はうつむきながら、俺の肩を軽くグーパンチ。なんかごめん。悪気はないんだけど、勝った気分ですこし優越感があるのはなぜだろうか。


 とりあえず、さっき出したスーパーの袋に彼女のブラジャーを緊張しながら入れ、どたどたと部屋を走りながら袋の上を結んだ。そのあと、彼女に質問したいことを整理して玄関へ。


「おまたせ。はぁはぁ」


 彼女はまだ、うつむいたまま待っていた。


「ありがと」


 そういって彼女は袋を受け取り、じゃあねといって帰ろうとする。


「ちょっと待って、聞きたいことあるんだけど・・・・・・」


「なに?」


 聞きたいことはある。


「それってお気に入り?」


 スッ


「フン!!」


 ドズッ


「うえっぎ!!」


 腹にもう一発コブシが刺さりこむ。


「このヘンタイ!」


 彼女は真っ赤な顔でうずくまる俺を睨んだ後、来た道を帰っていった。


 バタンっと重い扉が閉まると同時に光が遮られ、俺に光が当たらなくなる。きっと仲のいい友人なら


「おめぇ、ダンゴムシかよ!」


 と、どうでもいいツッコミをいれてくれただろう。


 しかし、部屋に俺は一人。


 まぁ、こんな朝も悪くない  か。
















 「あんたの記憶見させてもらったけど、もっとマシな人生送りなよ」


 青のスーツを着た彼女はそう言って、眠っている錦を椅子に縛りつけたまま引きずる。


 あの異空間で、一通り記憶をチェックした彼女は、錦がカシマと関わりがなかったこと、殺人事件を起こしていないことを幹部たちに報告した。しかし、無罪だったから地球に帰してあげようなどと、優しい指令はもらえず、結局化け物の餌として放り込まれることになった。


 今いるところがそう。ネズミの顔をした気味悪い体づきの化け物が崖のしたに隔離されている。


「いつ見ても気持ち悪いわ」


一体だけではない。何千体もの化け物がそこにいる。


「眠ったまま食われるのがせめてもの報いよね、来世はいい世界に生まれなよ」


そう言って彼女は錦が座っている椅子を、崖に向かって蹴った・・・・・・。

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