第203話 番外編 エメリナ山脈

「にしても、結婚なぁ。そんなに生き急ぐこたねぇと思うがな」

「別に急いだわけではないぞ。ただ、リナと人生を共にすると決めておるから、区切りとしてするだけじゃ」


 リナの故郷で、あちこちから知り合いを飛行魔法で連れてきて、結婚式をすることにした。と言ってもさすがに他国の人間は遠いし言葉の問題もあるので別だが。

 それでも国内とはいえ普通なら参加できない遠方の人にも参加してもらう予定だ。とは言え、遠方だとどうしても日帰りとはいかないし、予定を合わせるのも大変だ。


 今日はベルカ街で、ガブリエルたちと打ち合わせをしていた。

 ガブリエルたちは非常に協力的だ。往復をフェイの飛行で尋常でなく早く来れて、費用もかからないと言うことで、いい機会だしそっちの地方とか見て回りたい、と快く参加を表明してくれた。

 冒険者と言う職業柄、急な日程にも対応可能と言うことで、いつでも迎えに来てくれと言ってくれた。ありがたい。持つべきものは友達である。


 話もまとまり、ここからさらに知り合いを誘いに行くにはもう午後も過ぎているので、今日はこの街に泊まることになった。

 ちなみに気になっていた胡散臭い勧誘してくる自称宮廷魔術師は、街を出ていっていると言うガブリエルからの情報もあるので、大手をふって街に滞在できる。


 日程に関しては、何なら送り迎えしてくれるなら、一か月くらい滞在するし、一番最初に迎えにきて、みんなを帰してから最後に帰してくれたらいいから、ってことで、日程もいい加減に決めた。

 そうなるとあまり話すこともないので、自然とフェイとガブリエル、リナとベアトリスに分かれている。ちなみに当日は、アンジェリーナとカルロスの二人も来てくれるらしい。


 同じテーブルだったが、リナとベアトリスがこしょこしょと内緒話し始めたので、珍しく空気を読んだガブリエルがフェイをつれて別のテーブルに移動したのだ。

 そんなわけで、リナに聞かれれば睨まれるようなことも平気で言えると、ガブリエルはそう本音をこぼしたのだが、フェイは気にせず答えた。


「と言うかおぬしは、わしより年上なのに、相手はおらんのか?」

「ぐぉ。お。おお。俺は、理想が高いからな」

「そうじゃったか。ふむ、では、おぬしはどのような者が好みなんじゃ?」


 別にガブリエルの好みには大して興味はないが、フェイにとってリナはリナだから好きなのであって、どう言う人が好みや理想と考えたことがない。

 リナの全てが理想だが、それはリナと出会い思い通じてからの話だ。まだ相手の定まっていない人間が、どう言った理想を持つものなのか、と言う意味では興味がなくはない。


 フェイの問いかけに、ガブリエルはなんら悩まずに答える。


「まず当然、巨乳だな。胸がでかくなくちゃいけねぇ。髪は長くてもいいが、短くてもいい。背も別に、高くても俺は気にしないな。顔もそうだなぁ、まぁ整っていれば、可愛い系だの綺麗系だのこだわるつもりはない」

「うん? ……理想が高いと言うが、それは、殆ど胸しか言っておらんのではないか?」

「まあな。俺ぁ心が広いからなぁ。大抵のことは許せるな」


 ふふん、とどや顔で胸の前で腕を組んで言われたが、なんだそれ。結局、胸がデカけりゃ誰でもいい、と言っているのと全く同じだ。

 フェイはやれやれ、と内心呆れた。全くこのガブリエルと来たら、フェイにとってのリナのような運命の相手に出会っていないものだから、好きと言うことが全くわかっていないのだ。とフェイはガブリエルに優しくしてあげることにした。


「そうかそうか、おぬしはほんに心が広いのぉ」

「お? わかるか? ふふふ、まぁな」

「しかし、どうしてそうもおぬしは女子の胸にこだわるんじゃ?」

「どうしてって、お前は何にもわかってねぇな。いいか? 男たるもの、そこに山があれば、頂を目指したくなるものだろうが。その山は高けりゃ高いほど、燃える。それが男だろうがっ」

「山……」


 何故山登り? 全く意味がわからない。しかしここはとりあえず肯定してあげるべきだろうか。何せ相手は可哀想なガブリエルなのだから。しかし、あんまり優しくして調子に乗られてもうっとうしい。

 悩むフェイに、ガブリエルは機嫌の良さをそのままに、わかってねぇなと説明をつけくわえる。


「女の胸には、ロマンが詰まっているんだ。その頂をめざし、つかみ、この手にするのが、男の夢ってもんだ。ガキのお前にゃ、わからんか」

「ああ、なるほどの」


 これは女の胸のふくらみを、大地の隆起と同列にとらえて揶揄しているのだ。つまり、山があったら掴みたいというのは、おっぱいがあったら掴みたいということだ。なるほど、意味が分からない。

 大きいほど掴みたくなる、と言うのもよくわからないし、わざわざ山に例えたのもわからない。さっきさんざん胸がどうたらと大声で言っていたのに、急に恥じらったのだろうか。全くガブリエルらしくない。


 意味はよくわからないが、とりあえず言いたいことはわかったフェイの相槌に、通じたかとガブリエルはにやりと笑う。


「ちっとはわかったか? なんなら、結婚しちまう前に、俺がいいとこ連れて行ってやろうか?」

「いいとこ、とな? それはぜひお願いしたいの。明日にでも、リナと行くから教えてくれ」

「ばっか、空気を読め。流れ的に、お前に巨乳を味合わせてやろうってことだろうが。女を連れて行けるか」

「む? 巨乳を、味わう? ……ふむ」


 ガブリエルの言わんとすることがよくわからない。

 ガブリエルが巨乳を好きなのはよくわかった。何故好きなのかは本人的にそれが男として当然だかららしい。そしてフェイがそれを知らないのはもったいないので、教えたいと。しかし味わう、とは。何とも不穏な感じだ。

 フェイにも胸くらいついているが、確かに大きいというほどではない。母の記憶もないので、大きな胸と言うのは未知だ。あれだけの大きさであると、確かに触った感じも違うだろうし、そう言った興味がなくはない。

 しかし、味わうと言うことは、口をつけるということだ。フェイも子供ではないので、口をつけることが授乳以外に意味を持つことを察することはできる。リナも母乳をだすことはないが、その胸に口づけたことはある。つまりはそういう事ではないか。


 そんなことは、リナとすることだ。だから例え巨乳であっても、他の人間とするつもりはない。けれどまるで今のガブリエルの口調では、恋人でも妻でもないのに、そういう事をするのが珍しくないように受け取れる。どういうことだろう? もしかして、フェイが知らないだけであれも極限に親しい友人であれば、特別なただ一人でなくてもする行為だったのだろうか?


 ……もしそうだとすると、リナも他の人としていることになる。それはとてもいやだ。それに、リナ以外とするのは、とても恥ずかしい気がするし、気がのらない。


「なに悩んでんだ? 興味があるなら遠慮するな。ちゃんとエメリナには俺から誤魔化して」

「何を誤魔化すって?」

「……なんでもねぇよ?」

「兄ちゃん、サイテー」

「は? うっせ! お前にかんけーねぇだろ。俺とフェイが話してんのに、盗み聞きしてたのか!?」

「はー? 普通に隣のテーブルだし、そんなでかい声出されたら聞こえるんですけどー」


 リナとベアトリスに冷たい目を向けられ、ガブリエルは慌てたように机をたたいて音をたてて誤魔化しにかかるが、当然そんなことで誤魔化せるはずもない。


「まじで、日の高いうちから何の話してるんだか。フェイ―、その馬鹿にそそのかされるんじゃないからね」

「ううむ。リナ、ちと聞きたいことがあるんじゃけど」


 ベアトリスは頬杖をついてむすっとした顔で、フェイのことまで睨んでくるが、フェイはそれより気になることがあるので、席を立ってそっとリナに近寄り耳打ちで尋ねる。


「え、なに?」

「もしや胸に触れると言うのは、恋人でなくてもすることなのか?」

「……そんなわけないでしょ」


 半眼で答えられたが、望んだ答えにフェイはほっとした。もしリナの胸にフェイ以外の誰かが触れているとなると、心穏やかではいられないところだった。

 胸をなでおろしたフェイは、内緒話をやめてにこやかにリナの肩に手を置く。


「じゃよな! よかった。いやなに、もしそうであったら、とてもいやじゃなと思っての。おかしなことを聞いてすまなかったの」

「いやまぁ、私に聞く分にはいいけど、そういうことは他の人には口にするものじゃないからね」

「わかっておる」

「なに、何の話してるの?」


 肝心のところが聞こえなかったベアトリスはやや身を乗り出すようにしてそう尋ねてくる。フェイはふふん、と特に意味はなく得意げに人差し指を口元にたてて答える。


「内緒じゃ」

「えー。でもまぁ、フェイは相変わらずリナ一筋みたいで、安心ね」

「うむ。当然じゃな。リナより魅力的な者はそうおらんからの」

「あーらら。のろけられちゃった」


 この後、ガブリエルは妹からの冷たい視線を何とかするため、とりあえず仕事をしていいところを見せよう! と言うことで誘われたので仕事をすることになった。

 せっかくこちらに来たのだから、ここでしかできない仕事をしたりした。


 そして夜、自分たちの家に泊まればいい、と言ってもらえたが、フェイが断り宿に泊まることにした。


「ふー、久しぶりじゃからか疲れたの」

「そうね。今日は朝から移動もしてくれてたものね。後で肩もみましょうか?」

「うむ。お願いしようかの」


 お風呂に入ってから二人でベッドに転がり、じっくりマッサージしてもらうことになった。フェイは薄着でごろりと転がり、その上にリナが乗りあがるような形で本格的にマッサージをしてくれた。


「気持ちいい?」

「うむ、いい感じじゃぞ」

「そう? ならいいけど、全然凝っている感じがしないから」

「む? そうかの?」

「ええ。どこもかしこも柔らかいわ」


 一通りマッサージしてもらったフェイは起き上がり、不思議そうなリナに構わず肩を回してふーと息をついた。


「うむ。なんじゃか、ずいぶん楽になった気がする。ありがとう、リナ」

「喜んでもらえたなら嬉しいわ。明日は朝はのんびりして、午後にゆっくり帰りましょうか」

「うむ。そうじゃな。リナ、もっとこっちへ」

「え、ええ」


 リナを隣に座るよう促す。リナはフェイの態度に、ほんのり頬を染めながら楚々として寄ってきた。

 もう何度も一緒に過ごしてきているのに、改まると照れてしまうようだ。実に可愛らしい。


「リナ、今夜はやりたいことがあるんじゃけど、よいかの?」

「ん? いいけど……もしかして、最初からそれが目的で、お泊りを断って宿にしたの?」

「む……まぁ、そうじゃけど」


 その通りで計画通りなのだけど、改まって聞かれると、夜のことばかり考えているようで、なんだか恥ずかしい。フェイは言葉を濁して視線をそらしながら、ぐいっとリナの腰を引き寄せた。


「朝、ガブリエルと話してから、気になっておったんじゃ」

「ええ、そんなに? な、なにをするの?」


 想像していなかったカミングアウトに、リナはフェイがいったい何を言い出すのかドギマギしながら先を促す。

 フェイは割と積極的で、求められるのはリナも嬉しいのだけど、あまりアブノーマルなことには抵抗があるし、そんな話をガブリエルとしていたのかと思うと疑問でもある。あんな開けた場所の朝からそんな話をするだろうか。


「その、リナの胸を登ってみたいんじゃ」

「……? ん? ちょっと意味が分からないんだけど」


 のぼる? と全くぴんとこないリナはただ首を傾げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る