第201話 家族3 完結

 そうして二週間少々、具体的には16日間滞在することになった。

 ずっと見続けるのは集中力的にも疲れるのだ。最初はともかく、普通に家族の旅行風景を他人事として見続けるのと同じようなものなのだ。半ばを過ぎて家族の雰囲気を掴む頃には、集中力が切れるとどうにもあくびが出てしまうのは仕方ない。

 もちろん、誕生日を祝うのは毎年分でも嬉しいが、一年分を早送りで見ているのだから、季節イベントもだれてくるのも仕方ない。一年に一度なら新鮮で楽しいが、こっちは昨日も見ているのだ。


 そんな訳で休憩をはさみ、その都度ジンやリナとおしゃべりしたり、近くを散歩したりした。

 家のなかにはどこにでもジンがいるので、さすがにベットは別だが、人の姿でもないのでリナもそこまで気を使わずにそれなりにいちゃいちゃしていた。


 ちなみにジンは例えもっと二人がいちゃいちゃしても気にしないし、そもそも過去の知識しかないジンにも性的な知識はいっさいないので、何をしてるのか理解することはない。

 神の不干渉により自分達で繁殖し始めた人類だが、それよりもさらに昔のフェイが生まれた時代では、そのような機能が体にあることすら、自覚していない人が多かったのだ。


 それはともかく、15日の夜に予定分を見終わったフェイは、16日目の朝にしてようやくお墓の存在を聞かされた。


「なに、墓じゃと?」

「ええ。この後行きましょう」

「う、うむ。それはいいんじゃけど。そんなものがあったのか」

「それ、は、あります、よ。逆、に、どうして、墓、が、ない、と、思った、ん、です、か?」

「まあ、言われてみればそうなんじゃけど」


 今までジンも言ってこなかったので、何も考えてなかった。しかしここは人里離れた山奥でもなくむしろ都会な街で、少なくとも家族たちは死ぬまでいたであろう街なのだから、お墓くらいあってしかるべきだ。

 視野が狭くなっていたようだ。内心反省しながら、お茶を飲み干したフェイはリナを向く。


「リナは場所がわかっておるんじゃな?」

「ええ。見てきたから。と言っても、どれかはわからないんだけどね」


 お墓には名前が刻んであるのだが、残念なことにリナには昔の文字は読めない。と言うか、フェイが言葉は聞くのも話すのも書き文字も全て同じに感じる、と言うのはリナには全く理解できない感覚だ。

 フェイと言う存在にとって、言葉は違いのないものとしてつくられている。言葉に差異ができた現在においてもそれは機能しているので、現代人のリナからすれば少々歪なことになっている。フェイには神にそう作られたから、で理由としては十分なのだが。


「うむ。それならよい。案内を頼む。改めて、お主のことを紹介しよう」

「フェイ……ええ、お願いね。そうだ。身なりもちゃんとしなきゃね」

「そのままで、いつでもリナは可愛いぞ」

「フェイったら。嬉しいけど、フェイもちゃんとおめかしするのよ」

「う、うむ」


 普段着、と言うか今の格好のまま行こうと思っていたフェイは、リナに強めの語気で言われて、面倒だなと思いつつ頷いた。


 食事を終えてから、手持ちの服装の中から比較的最近購入し、比較的あまり着ていない真新しい服着替える。


「では、行ってらっしゃい、ませ」


 ジンに送り出され、のんびり歩くこと30分ほどで、お墓が見えてくる。話には聞いていたが実物を見たことがないフェイは、大きな彫像が並ぶ様にほぅと声を漏らす。


「立派なものじゃ」

「そうね。どれも、普通に芸術品として持っていっても、高値がつくでしょうね」

「……さすがに、墓石を値段ではかるのはどうかの」

「た、例えよ? あくまで例えで、換金するつもりなんかまったくないわよ?」

「わかるが、例えが俗すぎる」


 フェイの呆れ顔のツッコミに、リナは視線をそらしながらまあまあと口の中で誤魔化し文句を泳がせてから、さあ!と勢いをつけて、ついでに身ぶり手振りまで交えて話題を変える。


「さあ! それじゃあフェイ、どれがフェイの家のお墓か探すのよ!」

「うむ。ちと待っておれ」


 そんな大袈裟なリナの奇行は無視して、言ってることは普通なので墓探しを開始する。一つ一つ側面を眺めて、アトキンソン家の名前を探すのだ。

 リナは見ても仕方ないので、とりあえずフェイの後ろをついて回り、逐一側面を覗き込むために腰を曲げてつき出されるフェイのお尻を見ていた。特に深い意味はない。


「む! これじゃ!」


 そうして見つめ続けること20分ほどで、フェイは目当てのお墓を見つけた。

 側面にはずらずらと名前があるのだが、一番上にアトキンソンとある。さらに下の名前一覧に目を凝らすと、真ん中あたりに映像に出ていた名前もあった。


 フェイは姉であるフィオナの名前を右手の人差し指でそっと撫でる。どの映像を見ても、一番声をあげて楽しみ、一番フェイに伝えようと話しかけてくれていた。

 遠い記憶の、顔のない人影にフィオナもいたのだろう。全く覚えていないのは申し訳ないが、あれだけ映像を見れば、どうしたって感情移入する。

 さっきまで元気な姿を見ていたのに、もうお墓の下の存在で、会うことはできないのだ。


「……さぁ、挨拶せねばの」

「そうね」


 今まで暇に任せて、リナが全てのお墓を対象に軽く掃除をしていたので、用意した花さえ飾れば十分だ。適当に花壇からつんで、布でくるんだだけの代物だが、まあまあ見栄えする。

 フェイとリナは並んで前に立ち、花を墓石の前に置いてから、フェイは口を開く。


「初めまして、と言ってはおかしいの。フェイ・アトキンソン、生まれ故郷へ、帰ってきたぞ。んん。えっと、の。今日はその挨拶と、リナを紹介する。わしの妻、リナじゃ」

「は、初めまして。エメリナと申します。フェイさんにはいつもお世話になっております」

「フェイさんて」

「うっ、うるさい。フェイの家族に紹介ってなったら、そうなるわよ」


 ジンはまあ、人ではないし、見た目としてフェイの家族感がない。精霊自体が会うのは初めてなので、それはそれとして意識はしたが、フェイの家族だから礼儀正しくとは意識はしなかった。

 その時はパーティメンバーとしてだったし、ジンの性格も無駄にフランクだったので。


 とにかく、嫁として挨拶する以上、意識して固くなるのは仕方ない。

 フェイのツッコミにリナはごほんとわざとらしく咳払いをして仕切り直す。


「ふつつかものですが、これからの人生を末長く、フェイさんと歩んでいきたいと思います。全身全霊をかけて幸せにします」

「……照れるの」

「もう! 私も照れるからちゃちゃをいれないでくれる?」


 隣でにやにやしてこっちを見てくるフェイの頬をつついて注意してから、そのまま突いてフェイの顔をお墓に向ける。


「ほら、フェイこそ、もっとたくさん言うことがあるでしょ?」

「う、うむ。むぅ。そうじゃけど、ちと照れる」

「照れてる場合か。そうそうある機会じゃないんだから。はい、マジメモードオン!」

「う、お主こそふざけておるじゃろう」


 オン!と言いながら頬を軽くつねってから手を離したリナに、フェイは横目で睨んでから、右手を口元にあててこれ見よがしに咳払いをする。


「えっと、うむ。まあ、そう言うわけじゃ。事故があったのは悲しいことじゃけど、わしは今、幸せじゃ。わしのことを慈しんでくれる家族が、こんなにたくさんいたことは、ありがたい、ことじゃ。わしは……」


 こうして話しかけていると、先程墓の名前を目にしたときの、胸の中に風が吹き抜けるような冷たさを感じて、フェイは言葉をなくした。

 口を閉じて、右手を伸ばしてそっと彫像を撫でる。


 ひんやりした感触なのに、どこか優しさを感じる丸みだ。

 アトキンソン家の彫像は、シューペルの象徴である大気や風をイメージした、ぱっと見はよくわからないぐにゃっとした形で、シューペル神の紋様が刻み込まれている。

 紋様部分を指先でなぞってから、フェイはまた口を開く。


「まあ、うむ。わしは、アトキンソン家に生まれてきて、幸せじゃよ。じゃから、心配はいらん。毎日楽しいし、リナと共にいて、幸せじゃよ」


 たくさんの映像を残してくれた。3年も一緒にいないフェイのことを死ぬまで思っていてくれた。

 それは例え確かな記憶がなくても、ちゃんと気持ちが伝わってきていて、間違いなく家族がいてくれたことが、愛してくれていたことがわかる。

 それに対する思いが、こうして改まるとまたフェイの胸に溢れてきて、涙となってこぼれた。


 それを拭わずに、胸に染み込ませるように黙るフェイを、リナはそっと隣に黙って立ったまま、フェイの左手をそっと握ってフェイを見つめ続けた。


「……リナ」

「なぁに?」


 そうしてしばらくしてから、フェイは右手で乱暴に涙を拭って、リナを向かずに声をかけた。リナは優しく問いかける。


「わしも、お主を全身全霊かけて幸せにするからの」


 その言葉には一瞬驚いたが、すぐにさっきリナが墓石に向かって言ったことだと気づいて微笑む。


「フェイと一緒なら、それだけで幸せよ」

「……うむ。私もじゃ」


 そしてぎゅっとリナの手を握り返してから笑顔で振り向く。


「リナ、私はやはり、一流の魔法使いになりたい。お爺様だけではなく、アトキンソンが夢見ていたことを、叶えたいんじゃ。長い道のりになるじゃろう。ついてきてくれるな?」

「はい。どこまででも、ずっと一緒にいます」


 淀みなく答えるリナに、フェイは当たり前みたいに頷きながらも苦笑する。


「だから、なんでお主はすぐに敬語になるんじゃ?」

「フェイが格好いいからよ」

「全く、可愛いの」


 そう言いながらフェイは、そっとリナの腕を引いた。リナはそれに応えて顔を寄せて、フェイがキスするのを受け入れた。

 唇を離してから、フェイははにかみながら提案する。


「さぁ、そろそろ行くかの。皆、わしはもう行くぞ。わしが死ぬまで、まあ、適当に待っておれ」


 そしてお墓に向かって挨拶してから、フェイは迷いなく歩き出す。リナも慌てて挨拶してから隣に並んで歩く。

 これが永遠の別れと言うわけでもない、とあまりにもさっぱりした挨拶だ。まあ、すでに永遠に別れているとも言えるのだが。


「フェイ、これからどうするの?」

「そうじゃな。一流になるについて、ジンの意見も聞いてみるかの。あとは、今日中には家を出るぞ」

「えっ? そんな急がなくても。どこに行くのかも決まってないのに」

「何を言っておる。まずは行くところがあるじゃろう」

「え?」


呑気なことを言うリナに、フェイは呆れて半目になるが、リナは全くピンと来ていないらしく目を大きく見開く。

 そんなリナの表情に、フェイはくすりと笑ってから答えを教えてあげる。


「お主の家じゃよ。まずは、お主の家族に結婚の報告じゃ。式もした方がいいかの」

「あ、う、うん。そっか。式かぁ」


 ぽっと頬を染めて視線を泳がしてから頷くリナに、フェイは頷く。


「うむ。早い方がよい。リナと離れる気はないからの」

「そんなの、私もよ。もう、大好き」


 真面目に言うフェイに、リナは赤い頬のままずっと繋いだままだったフェイの左手を、また強く繋ぎ直してから囁くように思いを伝える。


「私の方が大好きじゃ」


 素直な気持ちだと言うのに、フェイは悪戯な笑みを浮かべてそんなことを言う。リナは嬉しく思いつつもわざと頬を膨らませてから、誰もいないのをいいことにさっきより声量をあげる。


「私なんか、大大、だーい好きですー」

「む。じゃあ私は大大大大大大大大大大好きじゃ」

「じゃあ超絶好き」

「……ずるくないか? 結構頑張って大大言ったんじゃぞ」


 フェイの抗議に、リナは軽く肩をすくめる。


「じゃあ、二人とも超絶好きと言うことで」

「それならよい」


 満足げに頷くフェイに、たまらず吹き出して笑うリナ。それを見てフェイも声をあげて笑いだした。







 そうして二人は笑いながら、今だけではなく、ずっと、笑顔の耐えない日々を送ることになり、最後にはフェイは一流の魔法使いとなるのだが、それはまた別のお話である。

 これにて、魔法使いフェイはおしまい。めでたし、めでたし。





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