第200話 家族2

 涙を流すフェイに、リナは黙って手を握ったまま、空いてる手でフェイの頭を撫でた。それに対してフェイはリナを見つめて微笑んでから、声を出す。


「じ、じん」

「何で、すか?」


 フェイの声は震えていた。そして、そんなはずがないのに、ジンの声まで震えて聞こえた。


「かん、勘違い、するでないぞっ。わし、わしは、悲しくて、恨めしくて、泣いているのでは、ないからの。わしは……嬉しいんじゃ」


 ブライアン以外の家族については何も知らされていなかったし、それで問題はなかった。言葉では愛されていたと言ってくれていたし、それ以上に態度で愛をくれていた。

 だから家族がいたこと、映像を見ても、それがすぐに実感として入ってくるわけではない。戸惑いすらある。


 だけど感情剥き出しのフィオナの声を聞くと、そんな一歩引いたような距離がなくなった。言葉ではなく、全身で思いを伝えられて、届かないはずがない。

 そして届いた瞬間、それまでの家族の言葉も表情も全てがフェイの胸を占めつくした。

 

 この感情を何と表せばいいのか、フェイにはわからない。涙はでるし、会えないことに悲しさが全くないと言えない。だけどそれ以上に、ブライアンだけではなく、家族の皆がフェイを愛していたことがわかった。

 望まれて愛に包まれて生まれてきたことが、ブライアンの慰めではなく真実だと実感した。それが、どんなに嬉しいか。


 胸のなかでは熱い感情が渦巻いていて、それを全て解説するなんて器用なことはできそうになくて、ただジンには勘違いをしてほしくないから、フェイはそれだけを言った。


 ブライアンの人工精霊、ブライアンの最も近く傍にいた、ジン。ジンにだけは、これが悲しみの涙だと思ってほしくない。恨む気持ちなんて、今も全くない。それだけはわかってほしい。


「……はい。フェイ、大好き、です」

「うむ、うむっ。わしも、じゃ」


 それからしばらく、涙がとまるまで三人はそのままでいた。つられたリナまで少し泣いたのは、フェイには内緒だ。


「それ、で、フェイ、どう、します、か?」


 泣き止んだフェイにジンは説明する。このあと映像は順調に録画され、フェイの誕生日やイベント事、季節毎に残された。フィオナが死ぬまで残された映像の数は500少々。

 今見たものは短い方で、フェイに少しでも家族を味わわせたいと、半日分の長さのものまである。全て見ようと思ったら、不眠不休で数ヵ月かかる。

 重いと言うなかれ。これは神が近く、寿命以外での死が殆んどなく、たくさんの家族に囲まれているのが当たり前の状態なのだ。突然の別れには、現代よりもずっと傷つきやすく、ずっと思いが強いのだ。


「そうか。全て、と言いたいが、誕生日と言うなら、まだわしが到達していない年の分はやめておこう」


 フェイが今15歳である。今のフェイに当てはまる分だけを見ようとフェイは決めた。それでもかなりの量になるが、休憩や睡眠食事を挟んで2週間もあれば見れる。

 平均寿命が150歳ほどの時代で、映像は162年ある。フィオナは長生きして、170まで生きて映像を残したのだ。フィオナの玄孫まで映っているそうだ。

 それならその分は、フェイも玄孫ができる頃に見よう。それがフィオナもいいだろう。


 今回は一緒に見たリナだが、もう紹介をしてもらったようなものだ。フェイあての手紙を見せてもらう趣味はない。次の分から席をはずして、街の散策をすることにした。


「エメリナ、お願い、が、あります」


 フェイを置いて映像部屋を出たところで、リナはジンに話しかけられた。そしてフェイには内緒で、この街のどこかにあると言うお墓の捜索してほしいと頼まれた。

 今もあるかどうかはわからないし、ジンは家から離れられない。フェイに期待を持たせるよりは、こっそりリナに探してほしい。どうせ暇なんだし。

 そして見つかったならフェイと一緒に行ってほしいと言うお願いにリナは頷き、さっそく探索を開始した。


「うーん」


 とは言え少し先走った感がある。フェイの家を出てから気づいたのだが、この時代のお墓の形とか聞いてないし、普通に見つかってもスルーする可能性がある。


 しかし今頃次の映像を見ているだろうし、戻るのも気が引ける。折角の家族団らん?なのだからフェイも水入らずで浸りたいだろう。


 こうして改めて当時の人の顔を見たからか、気味が悪いと思った街並みも比較的ましに感じられる。誰も人がいないし、廃屋と残ってる道や建物の対比が激しいが、それはまあ、最近まで人がいたんだと思えばなんとか。

 とりあえずそのまま見て回るが、街並みに大した違いはない。定期的に広場があり、道の幅も大きいし、当時は立派な街だったんだなぁと思わせる。


 お墓と言えば、まあそんな街のど真ん中にはないだろう、と言うことでひとまず外周を一周することにする。と言っても、街の端に塀があると言うこともないのでよくわからないし、適当だ。ふらふらと道のようなそうでない道を歩く。


「ん?」


 ぐーんと大回りで街を回り、二時間ほどかけて半周するあたりで何やら変わった彫像が見えた。首をかしげながら近寄ると、建物等に使われている白い石のようなものでつくられている、それぞれデザインの違う同じような大きさの彫像がたくさん並んでいた。


「……これ、じゃない?」


 最初は単に像が並んでいるだけとか、芸術的なものなのかと思ったが、規則正しく並んでいる様を見ると、どことなくお墓を連想させられる。独り言を呟きながら、さらに一番手前の像に近寄ると、何やら文字が彫られている。

 何と書かれているのかはわからないが、隣のも、さらにその隣の像にも同じように右側面に文字らしきものが書かれている。


「うぅん」


 何となくだが、やっぱりお墓の気がする。長持ちするこの白い石なのも、そうだとするなら納得だし、それにこの並んでる彫像の形も何となく見たことがあるような形のものもあるような気がしなくもないような。


「よし、帰ろ」


 とりあえず考えていても仕方ない。ジンに確認すればすぐわかることだ。そろそろお腹も空いてきたし戻ろう。

 リナは食事のメニューをどうしようかと考えながら、踵をかえした。








「ただいまー」

「おかえりなさい、あなた。ご飯、に、します、か? それと」

「やめて。ジン、冗談を言うのは構わないけど、そう言うのは無しだわ」


 ドアをぱしぱし叩いて開けて挨拶すると、間髪いれずにぶっこまれたので遮ってやめさせる。

 全く、そう言う台詞を冗談で言われると、肝心のフェイに言われたときにジンのことを思い出して百パーセント悶えきれないから、やめてほしいものである。


「なし、です、か」

「なしよ。と言うか、そうぐいぐい来られると、距離感はかりかねてるし、戸惑うんだけど」


 しょんぼり気味の声をあげるジンに、リナは玄関からはいってすぐの居間の席につきながら尋ねる。


「そこ、は、ほら。フェイ、の、連れ合い、なら、私、に、とって、も、家族、です、から。もっと、心、開い、て、ください」

「ジン……初対面の時から冗談を飛ばされてたと思うけど?」

「えー、そんな、昔、の、こと、覚え、て、なー、い」

「いいけどね。とりあえずじゃあ、砕けて接すればいいのね?」

「うん、うん。ぐい、ぐい、来て。もっと、近づ、いて」

「その光は本体ってわけじゃないんでしょ? て言うか眩しいから」


 近づいてと言いながらジンはリナの向かいに出していた光の玉をリナの顔に近づけてくる。眩しいので手で押すような動作をするが、光の塊なので手はすりぬける。


「いやー、ん。どこ、触って、る、ん、です、か?」

「どこも触ってないし、触ったとしたら本当にどこを触ったのか教えてよ」

「それ、は、ともかく。そろそろ、食事、の、準備、を、します」


 フェイも今見ている映像が終わったら声をかけるので、ご飯の支度をしようと促してくる。キッチンに移動するとジンが詳しく料理の説明をしてくれた。


 それによると、なんと材料があれば自動的に軽食をつくってくれる魔法具があり、それもちゃんとジンはつかえるらしい。

 もちろん凝った料理ができるわけではなく、あくまで忙しい時や独り暮らしの人用だが、昼食にするには十分だ。


 または普通にリナがつくる。フェイの家以上に魔法具があり、野菜のかわむきなんかもしてくれるので、料理をするならまたそれらも教えてくれるとのこと。


「じゃあ、とりあえず自動で」


 夜は料理をしてもいいが、せっかくだ。聞いたこともないその自動調理を体感してみよう。


「ラジャー、です」


 そんなわけで調理開始だ。と言ってもやることは本当に簡単だ。手持ちの食材もそれほど多様にあるわけでもない。パンや干し肉などの水気のない日持ちするものばかりだ。

 リナはジンに言われるまま、ジンが蓋をスライドしてあけたところにパンをいれたり、干し肉を鍋にいれたりした。


 するとしばらくするとチーンと軽快なベル音がして、自動的に蓋が開いて焼けたパンが飛び出て横に皿が出てきてそこにのり、鍋の蓋が勝手に開いて隣にお皿も出てきた。


「うわ。スープになってる」

「はい。後、は、これ、を、運ぶ、だけ、です。私、に、お任せ、あれ」


 ジンは自信満々にそう言いながら、すすっとお皿を動かす。調理魔法具から用意されたお皿やカップはテーブルまでの往復に限り動かせるのだ。もちろん衝突防止に途中停止もできる。

 昔はこれを毎日していたし、それなりに家の中では大活躍なのだ。


「そうそう、ジン、お墓なんだけど」


 ジンが運んでいる間に見つけた彫像の群れについて説明すると、ジンはお皿の移動をしながらそれですと相槌をうった。


「間違い、ありません」


 それぞれ信仰神に合わせたシンボルを彫像にしてあるらしい。深めの穴があり、彫像が蓋がわりになっている。遺体は清めた後穴にいれられ、彫像で蓋をすることで一ヶ月ほどで神の元に還り、何も残らない。

 現在も多くが土のなかに埋める土葬ではあるが、一ヶ月では骨どころか肉もまだ残っている。それにリナの地元では一人一つのお墓だった。正式な信徒が正式に埋葬されると、そう言う神秘的なことが起こるのか、とリナは不思議な気持ちになった。


 神の存在を肌で感じて、信徒になって加護を得た身ではあるが、特別な神秘体験はない。神との遭遇は神秘の極みではあるのだが、恐怖方面だったのでノーカンだ。


「じゃあ、その内、映像を見てからの方がいいわよね? 終わってからフェイを連れていくわ」

「はい。お願い、します」


 そうこう話していると、フェイが両手をあげて握りこぶしを振り回すように伸びをしながら部屋から出てきた。


「うーん。ん? おお、リナか。いい匂いがするぞ。何をつくってくれたんじゃ?」

「ふふん。つくった、の、は、私、有能、な、ジン、ちゃん、です」

「む? お主は何を言っておるんじゃ?」


 首をかしげながら席につくフェイだが、魔法具でつくったものだし、魔法具全般はジンが操作しているのだ。ジンがつくったといってもいいだろう。


「いや、本当なのよ。って、あれ? そう言えば、調味料は入れてないけど、スープちゃんと味ついてるの?」

「問題、ありません。ちゃんと、残って、ました」

「……え? 何千年前の?」

「食糧庫、は、無期限、保存、可能、です、から、大丈夫、です」

「えぇー?」


 フェイはブライアンが用意していた食材も何年も昔のやつだったのを知っているし、魔法処理されてるなら大丈夫だと気にしないが、リナは恐る恐ると言った様子で食事をとった。

 なお、味はまあまあ美味しかった。短時間調理の簡単な味付けだ。レストラン並みにはならないが、これほど簡単操作なのだから文句はない。


「まあ、とりあえず夜は私がつくるわ」

「お手並み、拝見、です」

「いや。ジンの前で料理したことあるわよね」

「おや?」


 二人の会話にフェイは呆れたように少し笑いながら、デザートに鞄にいれていた芋をひっぱりだして頬張る。


「まあ、しばらくはここにとどまるからの。仲良く頼む」

「それはもちろ、って、何一人だけ食べてるのよっ」


 いかに伴侶であっても、いや伴侶であるからこそ、食べ物の独り占めは許せるものではない。罰として、暖め直した芋をふーふーしてあーんして食べさせあう刑に処した。








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