第199話 家族

 ジンが案内した部屋はさっきまでいたキッチン兼ダイニングの大きな部屋からしたら、半分くらいの大きさのリビングだった。


 とは言えかなり大きな部屋なのだが、入り口と反対側の壁に大きな四角のものが貼り付けられて、その下にはごちゃごちゃとしたものが沢山置かれている。恐らく全て魔法具だ。

 部屋の真ん中には大きなソファがあり、部屋の右側にはこれまたよくわからない魔法具らしきものがいくつか置かれている。


 そんな状態なのでどことなく狭めの印象を与えてしまう部屋となっている。

 ジンに促されるまま二人がソファに座ると、明かりが消された。途端に部屋は真っ暗になる。


「む?」

「え、な、何? ジン? いるのよね?」


 リナは戸惑いながら隣にいるフェイに抱きつく。フェイは平然としているが、魔法具だらけの魔法使いのための家なのだ。魔力のないリナだけになればもうどうしようもないと言うのが頭の中にあるので、突然の自体に慌てている。


「落ち着、いて、ください、びびり、の、エメリナ」

「ちょっと。別に、びびってません。フェイに抱きつきたくなっただけですっ」

「ひゅー、ひゅー」

「二人とも、やめんか。ジン、ふざけてないではようせい」

「せっかち、です、ねぇ。はい、はい。いきますよ」


 呆れるフェイの言葉に応えて、ぱっとソファの前面の壁にあった大きく四角いものが光った。突然の明かりにまばたきしていると、ただの光が色分けされて形をつくる。

 四角い魔法具は、別の魔法具でその時の様子を映像として記録したものを、いつでもこの四角い枠の中に映し出す機能があるのだ。


「えーっと、これでいいかな?」


 映像の中に映っている若い女が、顔を全面に映しながらこちらに向かって確認するような声をあげる。


「うん、大丈夫だ。撮影できてるよ」


 それに姿のない声が応えてから、慌ただしく人が動き回り、部屋にさらに人が入ってくる。室内にはソファに座っている老婆とその隣の少女を含め、三組の夫婦の6人の合計8人が集合した。


「えー、それでは、何から話そうか」


 最も若い夫婦の夫が口を開く。


「まずはフェイちゃんが見てるとして、自己紹介からじゃない?」


 その妻が答えて、順番に紹介がなされた。

 まずは老婆よりは若い老夫婦で、フェイの曾祖父と曾祖母のランダルとテッサ。

 中年夫婦で、フェイの祖父と祖母のジェリーとカミラ。

 若い夫婦でフェイの父親と母親のカーリーとナターシャ。

 そして老婆がブライアンの妻にしてフェイの高祖母のイルマと、フェイの姉であるフィオナだ。


 一気に8人の親族の登場に、名前が覚えきれないフェイだがとりあえずそのまま続ける。


 改めて事故の経緯とその後について、代表して高祖母のイルマが説明してくれた。転移してしばらくしてからのことらしく、全員それなりに落ち着いた態度である。

 そして転移の事故についても、正確なところがわかった。


 まずブライアンの転移は万が一を考え、生活に困らないように家ごと転移する大がかりなもので、時間転移の理論と合わせて魔力が膨大な量が必要になる。その為、実行させればあとは魔力をためて、時限式に発動するような仕組みになっていた。これが前提。

 そして肝心の転移当日。赤ん坊は魔力制御が甘いので、大きな魔法をする近くに置いておくと危ないので当然フェイは隔離される。


 家を走り回る年頃のフェイが万が一にもブライアンの転移範囲に入らないように、ベビーベットから出られないようにしていたのに、癇癪を起こして魔力を暴走させてベットを飛び出した。

 文字通りベットから飛び出したフェイは、そのまま部屋の窓を破って隣の家、つまり転移用のブライアンのいる家へ突入。ブライアンを見送ろうと集まっていた家族が驚く目の前でフェイが転移範囲内に入った瞬間、まだ一時間は余裕があったのに転移が発動した。


「……」

「……」

「あの、すごく言いにくいんだけど」

「……うむ、申してみよ」

「転移事故、フェイのせいじゃない?」

「ううむ」

「エメリナ、それ、は、違い、ます」


 二人して同じ印象を受け、恐る恐るされたリナの質問にフェイが唸るが、それをジンがきっぱりと否定する。


 そもそも、その頃のフェイはまだ満3歳にもならない年齢だ。魔力が大きいのが基本だった時代の頃なので、多少言葉が使えようが魔力操作が未熟な内は、全く責任能力がない赤子の扱いなのだ。

 逆に多少の会話ならできるからこそ、フェイにはブライアンが魔法の実験をすることが説明されていた。これでお別れになるかも知れないことを幼いなりに理解して、窓越しで引き留められないことに癇癪を起こしたのだ。


 ブライアンからすれば、自分がやりたいから魔法の実験をするのに、自分がぎりぎりまで家族に会いたいから家の隣で実験をして、最後まで顔を見たいから窓越しに会える部屋にフェイを置いていた。

 それが間違いだったのだ。フェイをもっと厳重に抑えておくなり、遠く離れた場所でひそかに実験するなりすれば事故は起きなかった。そもそも、実験なんてしなければよかったのだ。


 何度後悔してもしたりない。フェイは二度と姉も親も含めた親族には会えない、死に別れの状態だ。本来なら沢山の家族に囲まれて、愛に包まれて、魔法に囲まれた、最高の環境で育つはずだった。

 ブライアンなりに精一杯やったつもりだ。家事だってしたことはないが、フェイが食べれるようなご飯を頑張ってつくった。教育だってしたことがないが、遠い昔の記憶を頼りに、出来るだけ発育に応じたことをした。


 それでも足りない。足りないことしかない。街に出ることも考えたが、街は様変わりしていて、あまりに魔法への理解がなかった。この環境でブライアンの知る物を教えても浮いてしまう。

 大人になれば平気になる個人の違いは、幼い集団になれば少しの違いが大きくなることもある。


 しかしブライアンはだからといって、己の知識を受け継がせないことを許容することはできなかった。自分の夢を継がなくてもいい。だけどアトキンソン家に連綿と続いてきた魔法技術を、時を経て消えているからこそ、失わせてしまうことはできなかった。

 そうである以上、街で暮らすことはできない。現在の常識に身を委ねては、かつての魔法は身に付かない。ましてブライアンはそれほど長く生きれるわけではない。そもそももう長くないから、転移魔法の実験に踏み切ったのだ。


 そうして本当にフェイが小さな頃だけ街にいたが、すぐに家が転移した先の山奥で過ごしてきた。みっちりとフェイに教育を施した。

 現在においてフェイの魔法は希少だ。多少常識知らずでもなんとかなるだろう、とブライアンは思っていた。現在の情報も多少は情報収集して教えた。


 できる限りのことはした。それでも悔いがないとは言えない。フェイの家族は自分しか残っていないのだから。だが、どんなに魔法に精通しても、命までは伸ばせない。

 シューペルに相談してはいたが、成人後の洗礼を受けていないフェイに対してできることはない。正式な教会がある以上裏技も使えない。場所はとても遠くて、気軽に行けと言える距離ではない。


 そうしてブライアンは悔いながら、今更フェイに真実を告げることもできず、フェイが混乱するだけだと言い訳をしながら、黙って死んだ。


「私、に、何か、言う、権利、は、ありません。だけど、私、を、家族、と、思う、なら、言わ、せ、て、ください。どうか、ブライアン、を、許して、ください。恨、ま、ない、で、ください」


 ジンは映像を止めて、ブライアンの思いを代弁者として説明してから、そう自分の言葉でしめくくった。


「お主は、阿呆か」


 それに対してフェイは呆れたように、打てば響くように応えた。


「……フェイ、今、は、そう言う、空気、じゃ、ない、ん、です、けど」

「そう言う流れじゃ。わしはお爺様も、そしてお主も恨んでおらん。お爺様やお主がわしを思っていたように、わしにとってもお主らは家族で、それに見合う時を重ねてきたじゃろうが。どうしてそれがわからんのじゃ」

「……本当、は、わかって、います。だけど、それ、でも、黙って、いた。それ、が、恐ろし、く、て」

「全く、人工精霊が何を気弱なことを言っておる。お主はいつも通り、めちゃくちゃなことを言っておれ」


 何の含むところもないフェイの返答は、本音だ。家族がいたこと、思うところがないではない。今その姿を見たのだから尚更だ。

 だけど事故を知ってからだって、一度だってそれについて恨めしいと思ったりはしていない。そんなこと、思うわけがない。意図的にしてきたと言うならともかく、本当にただの事故なのだ。そんなもの、家族に対して何か思う方がおかしい。


「……ありがとう、ございます。ブライアン、も、浮か、ば、れ、ます」

「うむ」


 本来であれば、お礼を言われることもおかしなことだとフェイは思うが、それを指摘するほどでもない。それだけ、ジンにはブライアンが特別だと言うことだ。フェイは頷き一つでそれを流した。


 そうしてから、ジンは改めて映像の続きを流した。


「……」


 フェイはリナと手を握りあいながら、それを見ていた。


 映像は今だからこそ、とても特殊なものだが、当時こうして映像が残せる頃にはそう珍しくないメッセージ映像だ。

 自己紹介した後にはまず、それぞれのフェイに対する心持ちを語った。


 それぞれがそれぞれに、フェイに対して言葉を投げ掛ける。元気か、魔法はどうか、夢はあるか、辛くはないか、寂しくないか、そんなことをめいめい繰り返すように言った。

 自己紹介と同じ順番で、高祖母のイルマが困ったことがあるなら遠慮せずにブライアンに言うように言ってから、隣の少女に促す。

 唯一の子供、フィオナ。フェイの姉は、当然ながら今のフェイより小さい。フィオナは皆が順番に魔法具に近づいて話しては戻っていくなか、ちらちらと画面に見えていたが、段々と険しい顔になっていっていた。


 イルマに押されるように、魔法具の前にきた。そこまで近づくと、フィオナが泣きそうなのを懸命に我慢していることがわかる。

 魔力操作ができるようになる平均は5歳前後だ。8歳だと言うフィオナは泣いても、魔法具には影響はしない。それでも関係なく、フィオナはお姉ちゃんだから、泣きたくないのだ。


「さ、さっき、も、言ったけど。お姉ちゃんの、フィオナだよ。私のこと、わかるかな? フェイは今、何歳で見てるのかな? 私たちは元気だし、心配はいらないよ。でも、フェイのこと、しん、心配で、う、うんっ、フェイ、フェイぃ。フェイが、いないと、寂しいよぅ、うわぁぁん!」


 あんなことを言おう、こんなことを言おうと考えて、みんなそれぞれ全部言いたくて、じゃあこんな形で残そうかって話して、フィオナもちゃんと覚えている。だけど話してると、フェイに向かって話しかける言葉を聞いていると、フェイのことを思い出してしまう。

 つい先日までいた可愛い妹は、いつ帰ってくるかわからなくて、一生会えないかも知れなくて、悲しくて寂しくて、頑張ってお姉ちゃんとしてメッセージを残そうとしたのに、我慢できずに泣いてしまった。


 すぐに泣き止んで気持ちを伝えたいのに、大好きだって伝えたいのに、言葉にならない。

 だけどそんな気持ちは、言葉にしなくても、いたいほど伝わってきた。横で見ているだけのリナにだって、こんなにもフェイが大切なんだとわかるのだ。当の本人に伝わらないわけがない。


 母親たちが話しかけて宥めてもフィオナが泣き止まないので、泣き声をバックに映像は父親の言葉でしめくくられた。


「とりあえず、最初だからまずはこれで終わるよ。フェイ、僕らはみんな、君のことが大好きなんだ。望まれて生まれてきて、ずっと愛されていること、それだけは、もし一人になったとしても、忘れないでね。また映像をとるから、よかったら見てね。それじゃあフェイ、愛してるよ」


 映像が終わり、四角い魔法具が真っ暗になると今度は部屋が明るくなった。その落差にリナは驚いて瞬きをしながら、隣のフェイを見た。


「……、」


 フェイは泣いていた。フィオナみたいに声はあげずに、だけどフィオナとよく似た泣き顔だった。


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