死の街

第198話 ジン

「ここ、か?」

「何、これ……」


 三日ほど野宿して、少し迷ってシューペルに聞きながら到着したかつて街だったそこは、イメージとは全く違うものだった。

 繋いでいた手をお互いに強く握りながら、恐る恐る中へ進む。


 フェイの生まれた街、シルベリ街は結界に囲まれていた。と言っても魔物を避けるためのもので、一定以上の人間の魔力を関知すれば普通に入れる。

 少なすぎると関知されないので、リナだけでは見つけることもできないだろうが、フェイと手を繋いでいれば普通に見れた。あくまでも簡易なのだ。人間の訪問を拒むためのものではない。

 

 そしてその街は、現代の街になれた二人には異様と言えた。いくつかある数少ないちゃんと残っている建物は、どれも真っ白の四角い、まるで白い砂を固めたような不格好な形をしている。屋根もなく、かろうじてドアや窓らしき区切りがあるので、建物なのだろうとわかるくらいだ。

 いくつか崩れて朽ち果てたらしき、木造建築の成れの果てらしき木片はあるので、大多数はフェイの住んでいた家がそうだったように木の家で、そして数百年の時には敵わなかったのだろう。


 だからこそ平然と残っている白の建物や、地面を整える為に並べられた白い石畳、遠くに見える機能している白い噴水は、何だかそら恐ろしく感じられた。


 想像していたのは木造の崩れかけの家がたくさんあって、木々が生えてたりと言うような状態だ。確かに木造は崩れているが、いくつかの建物や公共の部分である道や広場は綺麗で、それどころか今も機能していて、雑草が生えることもなく広場の花壇部分には見たことのない花が生えている。

 最近まで人が住んでいたと言われても頷いてしまいそうなくらい綺麗で、それが妙な生々しさと共に、寒々しさを感じさせられる。


「フェイの時代、変じゃない?」

「う、ううむ。確かにちょっとぱっと見はおかしいが。しかしまあ、何百年も残るような特殊な建物なのじゃし、多少はの?」

「しかもこの道とか、広場も普通に残ってて怖いし」


 リナが爪先でこんこんと地面の石畳を叩きながら嫌そうな顔をしながらそう言うので、フェイはちょっと唇を尖らす。

 確かに自分も引いていたが、故郷だと聞いているので、いざリナにそんな露骨にドン引きされると、なんだか納得いかない。


「で、フェイの家はどれだって?」

「うむ。広場から右手側に抜けた、一番奥の丘に残ってる家じゃそうじゃ」

「結構この街って広いわよね。一つ一つの家が大きいし、田舎なのかしら?」

「いや、当時は人口自体が少なかったそうじゃから、これでも街クラスじゃよ」

「フェイに伝言があるらしいけど、あー、なんか、規模が大きすぎて、全然想像つかないわね」


 フェイが数百年前の人間であると言うのだって、今だ実感の伴うことではないのに、その時代からの伝言が家ごと残っているとか、夢物語のようにしか思えない。

 少なくともリナの持っていた常識では考えられないことだし、当時のフェイみたいなのがいっぱいいた頃の常識や技術はそれこそ今から考えれば非常識しかないのだろう。


 リナは基本的にフェイについては考えることを放棄しているので、気軽な感想をもらしつつわくわくしていた。


「うむ、そうじゃな」


 一方フェイは自分のことだ。一生関わることがないだろうと思っていた家族からの伝言があるのだ。いったいどんな内容なのか。どんな人かすら聞いていないので、完全なる未知だ。

 どきどきわくわくすると同時に、緊張がフェイの体をかたくする。


「こ、ここじゃ」

「そうね。……大丈夫? 抱き締めましょうか?」


 丘をあがってくるとすぐに見えていた、比較的大きめの四角い建物。何となく想像していたがやはりお金持ちの家か、と相づちをうったリナは、玄関の前で足を止めてかすかに震えるフェイの顔をのぞきこむ。

 そこには純粋にフェイを心配する感情だけがあって、フェイは息をついて首を横に降る。


「いや、武者震いじゃ。ゆくぞ、たのもう!」


 リナの手を強く握って気合いを声と共にだしながら、フェイは玄関扉の四角く少しへこんでる部分に手を当てた。

 ぴっと音がしてすっと玄関ドアは自動的に右へスライドして開いた。そしてそれと同時にぱっと中が明るく照らされる。


「おかえりなさい、フェイ。……おや?」


 一歩中へ入ろうとする二人に、間髪いれずに声がかかり、そして声の主は間をあけてから挨拶した自分に首をかしげる。普通に流れで挨拶したが、何故ここにフェイがいるのかわからない。

 しかしそれは、フェイの台詞である。何を当たり前の顔をしているのか。いや顔も首もないけど。


「ジン!? 何故お主がおるんじゃ!?」

「これ、は、異なこと、を。私、の、存在、を、疑う、なんて」

「そう言うのはよいから、説明せい!」

「はい、はい。まず、は、入って。落ち着、き、なさい」


 インガクトリア国内アルケイド街近くブライアンの家にいるはずの人工精霊、ジンに迎えられ、二人はフェイの生まれた家へと入った。








「ふむ。なるほどの」


 ジンがいれたお茶を飲んで落ち着いたフェイは、ジンの説明に頷いた。

 ジンがお茶をいれられるのは、この家には魔法具で自動的にお茶をいれる機能があるからだ。家に元々備わっている魔法具は、家についている人工精霊であるジンにも操作ができるのだ。その為、山の奥にあったあの家よりできることは格段に増えているのだ。


 どうしてそうなっているのか、そもそもどうしてジンがいるのかに関しては、ここがフェイの生まれた家だからだ。

 フェイが生まれた家は、すなわちブライアンの家でもある。そもそも二人が住んでいた家こそ、転移のために後からつくった後付けのセカンドハウスで、この家に元々ジンは結び付いているのだ。


 だからこの時代に転移して来たときから、ジンはこの家に来れた。しかし位置などはわからない。最初は二つの家は隣り合っていたのだが、時間転移の失敗に伴いあの家の場所が変わってしまったそうだ。

 もちろんジンにはその理由はわからないが、転移先の山はここと魔力の流れが似ていたのでそのまま機能が流用できたので、それが原因のひとつであると考えられるとブライアンは言っていたそうだ。


 フェイと別れてから基本的に眠っていたジンだが、フェイが家に帰ってきたと覚醒すると、そこがこの家だったのだから、ジンは本気で驚いた。そのわりに余裕があったように見えたが、驚いたのは真実だ。


「まあ、この家はよくわからぬし、ジンがよく知っていると言うなら、それは助かるし、よいか」

「何故、上、から、目線、なのです、か。お願い、して、いいんです、よ?」

「家付きの人工精霊が、家主に家の使い方を教えぬとか、おかしいじゃろ」

「これ、は、一本、取られ、ました」


 相変わらずとぼけたことを言うジンに、フェイはやれやれと肩をすくめた。

 リナとしては緊張にがちがちだったフェイが、ジンのおかげでリラックスできたし、よくわからない魔法具のある家を家捜しするより案内人がいてくれた方がずっと助かる。

 予想外だけどよかったよかった、とジンの相手はフェイに任せてお茶を飲んだ。リナはジンを嫌いではもちろんないが、ちょっと苦手だ。人ではないし、人を食ったようなことを言うし、だからってフェイの家族なので邪険にもできないので、距離をはかりかねている。


「それは、ともかく。エメリナ、フェイ、と、結婚、しました、ね?」

「ぶっ」

「うわっ。リナ、汚いぞ」

「ごほっ、く、は、鼻にはいったー。いったーい」

「大丈夫か?」


 突然ジンに話をふられ、その話の予想外さに思わずリナはお茶を吹き出した。フェイは反射的に自分のカップを両手で持ち上げてひいてから、咳き込んだリナの背中を右手で撫でてやる。


「え、ええ。ありがと」

「安心、して、ください。掃除、も、完璧。これ、が、私、の、真、の、実力。どや」


 ジンが机のクリーニング機能をつかって綺麗にして、カップにも新しいお茶を用意してやりながらどや顔をしているらしい。もちろん顔はない。

 フェイの撫でるのをやめさせて落ち着きを取り戻したリナに、満足げにジンはさらに言葉を続ける。


 二人は神の元で正式に婚姻をしたので、世界そのものにそう言うものとして登録されている。精霊であるジンにはその繋がりを何となく感じることができるのだ。


「それ、に、しても。さすが、エメリナ、想像、以上、に、いい、リアクション、です」

「わざとか! あのねぇ。はいはい、確かに結婚しました! ラブラブです! これでいい?」

「フェイ、よかった、です、ね。伴侶、が、できて、幸せ、です、か?」

「うむ!」


 呆れたように半ばやけになって、ジンの聞きたいだろうことを先取りして答えるリナに、今度はジンは慈愛に満ちた雰囲気になってフェイに声をかけた。

 元気に返事をするフェイを横目に、リナはほんとになんと言うか、調子よい精霊だなと呆れる。だいたい声のトーンは基本的に一定なのにこれだけ感情的に聞こえるのはどういうことなのか。器用か。


「変わり、に、友達、は、ゼロ、に、なりました、が」

「なっておらんわ! 他にもおるし!」

「おや。それ、は、おめでとうございます」

「うむ」

「で、ここ、に、来た、と、言うこと、は、フェイ、は、全て、知った、と、言うこと、ですね」

「わしとお爺様が転移の失敗で未来に来てしまったこと、ここがわしの生まれた家で、わしに伝言が残っておることは神より聞いておる」



 真面目になったジンに、フェイも真面目に答える。と言ってもこんなところに、わざわざ来たのだ。ジンだってわかっている。さっきだって実家だからとさらって自分で言ってた。あくまで、念のための確認だ。

 フェイの答えに、ジンは少しだけ躊躇うように言葉を紡ぐ。


「そう、ですか。ブライアン、を、恨み、ますか?」

「馬鹿なことを言うな。不幸な事故ではあったかも知れんが、わしを愛し育ててくれたお爺様を恨むなぞ、ありえんことじゃ。それに」


 フェイはちらりとリナを見てから、そっとリナの手を握りながら、ジンの光に向かって答える。


「わしはかけがえのない、リナに出会ったのじゃ。お爺様に感謝したいくらいじゃ」

「フェイ……」

「そう、ですか。エメリナ、改めて、フェイ、を、よろしく、お願いします」

「はい」


 リナが頷くと、ジンはくるりくるりと意味もなく回りながら浮かび上がる。


「伝言、は、こちら、です」


 そして二人を別室に案内した。

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