第197話 信者になりたい

「昨日はすみませんでした。取り乱してしまって」


 挨拶をしてからユニスはそう言って深々と頭をさげた。気にしていないと顔をあげさせるも、恥ずかしそうに赤い顔でユニスは頭をかいている。


「突然神様がいると聞かされればそうなりますよ。それより、よかったですね。お会いできて。これからは普通に会話とかしてもセーフですよね?」

「んー、まぁねぇ。一回会ったわけだし、セーフだよねぇ」


 リナの確認のための問いかけに、シューペルはにんまり悪そうな顔で頷く。リナは神様ではないのでルールとか知らないし、ユニスも嬉しそうなのでいい。いいのだけどその顔は神様らしくないからやめてほしい。


「あの、フェイさん、エメリナさん。本当に、ありがとうございました。お二人のおかげで、シューペル様と出会うことができました」

「いや、ユニスよ。勘違いするでない。とっくにお主は出会っておったのじゃ。わしはただ話をする切っ掛けとなっただけじゃ。お主はすでに、シューペル様に見守られていたんじゃ。それはわしには関係がなく、シューペル様に感謝することじゃ。お主と話すと決めたのもシューペル様じゃ。間違えるでないぞ」

「……はい。だけどその上で、やっぱりお二人のおかげでもあるんです。お礼くらい言わせてください」

「うむ。ならば受けよう」


 信者の鏡のような優等生な発言をするフェイに、シューペルは嬉しく思う反面何とも居たたまれない気持ちになる。

 なんか普通に見守ってきたこと受け入れてるけど、違うんです。フェイたちが出現するまで見守る信徒がゼロで、正式じゃなくても慕ってくるから可愛がってただけで、別に信徒を蔑ろにしてるとかそう言うんじゃないんです。

 と言い訳したくなったが、そんなことを言ったらフェイは気にしてないのに、逆に気にしろと言うようなものだ。


 シューペルはむず痒さを耐えようと意味もなく身をよじらせた。

 そんなシューペルは無視して、ユニスは改めてフェイとリナに頭をさげてから、はっとしたように目を見開いてから、拝むように両手を合わせて二人の様子を伺うように上目使いになる。


「あっ、そう、それでフェイさん、エメリナさん。本当に図々しいのですが、お願いがあるんです。聞いてくださるなら、私の全てを差し上げます。どうかお願いします」

「えっ? な、何ですか、その重すぎるお願いは? とりあえず聞くことすら躊躇われるんですけど」

「うむ。まあ、まずは言ってみよ」


 その態度に引きながら二人が促すと、ユニスは少しばかり頬を赤くしながらはい、と頷いて口を開く。


「あの、どちらでも結構ですので、私と結婚してください」

「お世話になりましたぁ!」

「ちょっと待ってくださ! いっ!」


 聞いた瞬間にフェイを抱き上げて教会を飛び出そうとするリナに、ユニスは自分の言い方のまずさにはっとして叫びながら追いすがろうとするが、普通に追い付かないどころか転んだ。


「あ、と」


 その声に思わず立ち止まって振り向くと、ユニスはその体勢のまま顔をあげる。


「ちょっと待ってください! 違うんです! 説明をさせてください!」

「……とりあえずそれ以上近づかないまま説明してください」

「わかりました。このまま説明します」

「わしもこのままなのか?」

「このままです」


 地面に寝そべったままのユニスに、教会の入り口でフェイをお姫様だっこしたままのリナと言う状況で、ユニスは説明をする。


 たどたどしい説明だったが、まとめると昨日シューペルに色々聞いて正式な信徒じゃないことを知った。生まれた時に神から名前をもらってないユニスが正式な信徒になる方法があるのも会話の流れで教えてもらった。それはつまり、リナと同じく信徒と結婚することだ。現在の信徒は二人しかいない。

 倫理的にはともかく神の登録上は重婚だってできるし、二人が女でその上で結婚できるのも聞いたので、どっちでもいいから形だけ結婚して信者にしてほしいとのことだった。


「嫌です」


 必死にお願いされたにも関わらず、リナの返事は全く悩むことなくノーだった。


「ど、どうしてですか!?」

「どうしてもなにも、私とフェイは好きあって結婚したんです。信者になるためになんて、おかしいでしょう。それにそもそも、私のフェイと形だけでも結婚するとか嫌ですし」

「まあそうじゃな。シューペル様の加護はもらったからすぐ使えるものでもないし、次世代から信者になればよかろう」


 リナの言葉は冷たく聞こえるが、フェイとしても同意見だ。

 確かに簡単にできるが、婚姻の儀は神の名のもと行われる神聖なものだ。結婚そのものが目的の行為を、信者になるための手段とするなんて、それは間違っている。


 シューペルだって本当はそうしてくれたら嬉しいなとひそかに思ってはいるが、そんなことを言えば権威の失墜に繋がる。信者の勧誘はできても、信仰の強要はできないし、宗教行為全般がそれにあたる。信者相手でも、無理強いすることはできない。


「そんなぁ」

「そう言うわけなので、失礼いたします!」


 残念がるユニスを置いて、リナは駆け出した。これ以上こんなところにいたら求婚されてしまう!

 フェイも反対はせず、されるがまま、二人は逃げ出すように村を後にした。


 こうして結局二人は、シューペルの希望通りに急ぎ旅立つことになったが、別にシューペルの手のひらの上と言うことはない。むしろ内心ちょっと残念なシューペルだった。

 強要はできないが、進んでしてくれるなら大歓迎だったのだが、おしい。








 あれから真っ直ぐリナが走りアマルリカ街に到着した。ここから先は、実家の位置も考えずに来たので、とりあえずここで本日は宿泊してシューペルから場所を聞いてルートを調べることにした。

 荷物を宿に置いてから、ふうとフェイは息をついた。ずっと抱っこされたままだったが、割りと揺れたしリナに気もつかうので妙に疲れた。


「にしても、あれほど急がなくてもよかったじゃろ。シューペル様にまともな挨拶もしておらんし」


 姿が見えなくなってから一応声はかけたし、シューペルからの返事も聞こえたので問題はないだろうが、失礼には違いない。

 まあこの会話も全てシューペルには筒抜けなのだから、今更失礼どうこう言うのもおかしな気はするのだが。


「だって、フェイと結婚しようとするんだもの。とんでもないわ」

「私と、と言うか、信者とじゃろ」

「私は絶対フェイ以外と結婚なんて嫌だもの。でもフェイは、神様のためだし形だけならとかオーケーしそうだし」

「せんて。私も、リナ以外と結婚なぞするつもりはない」

「……ほんとに?」

「疑うでない」


 フェイだってリナと同じだけ、いやそれ以上にだってリナのことを好きだと思っているのに、リナは結婚してもまだ疑ってくるとは。嘆かわしいことだ、と軽くため息をついた。

 そんなフェイの態度に、リナは慌ててフェイに近寄って隣に座りながらフォローにまわる。

 

「いや、疑うとかじゃないわよ。ただ、ね? 宗教に関わることだから、価値観の相違が考えられると言いますか」

「まあ、今更じゃしよいけどの」


 リナが嫉妬深いのは今に始まったことではない。シューペルに話しかけたら全然気にしてないどころか、面白がっていたし、フェイの実家へのルートもささっと教えてくれた。

 今その場にいない神と会話するのは何だか少しおかしな感じだが、それがシューペルのスタンスなのだろう。フェイはありのまま受けとめ、リナは少し気持ち悪がった。


「とりあえず、ルートの確認じゃな」


 実家はここから更に遠く、と言うことで買ってきた新たな地図を広げる。と言ってもすでに存在すら知られていない無人の死の街だ。地図にのってるはずもない。


「多分ここらへんよね」

「うむ。シューペル様は正しい位置を知っておるんじゃし、近づいてから詳しく聞けばよかろう」

「そうねぇ。とはいっても、近くに村もなにもないから、ルートもないわね。ここから真っ直ぐ飛んで、適宜に野宿って感じかしら」

「野宿は久しぶりじゃの」

「前は嫌だったけど、何だかちょっと久しぶりだと、懐かしくさえあるわね」


 普通は二人ほどの長距離の旅なら、全く野宿なしなんてあり得ないのだが、そこは飛行のおかけだ。わざわざ不便なことをする必要もない。

 しかしたまにはあえて不便なことをするのも、それはそれで面白いと言うものだ。野宿のため必要な食材などを買ったりと用意をするのも久しぶりで、何だかわくわくしてくる。


 とりあえず宿を出て買い出しをする。昨日通った街と言えど、1食とったくらいで見て回った訳でもない。

 観光がてら店をよけいに回って、遊びながら買い物をした。お菓子を多目に買ったのはご愛嬌。気分は久しぶりのピクニックだ。


「こんなものかの」

「そうね。距離ではまあ、行って帰って1週間もかからないし、仮に狩りができなくてもこれだけあれば大丈夫でしょう」

「かりに?」

「ん? ……いや、ギャグを言ったつもりはないから、拾わないでくれる?」

「そうか。つまらんの。何か面白い話でもしてくれんか?」

「そんな無茶ぶりされても。魔法使いの街を出てから殆どずっと一緒で見聞きしたことを共有してるのに、フェイの知らない面白いことを言えなんて、難易度高すぎない?」

「む。ではわしが手本に面白いことを言ってやろう」

「え? 凄くハードルあげてるけど大丈夫なの?」

「うむ。いくぞ。ごほん、内容がないよう」

「とは言わせないよう、っておい。それ私も知ってるし」


 思いっきり先日別の街で夕食をとった際に、近くの席にいた酔っぱらい二人がしていた会話だ。その時フェイがひそかにうけていたのは気づいていたが、今言うか。隣にいましたけど。

 しかしそんな正気を疑うような胡乱な目をするリナに、フェイはどや顔を崩さない。


「わしは面白いことを言えとは言ったが、知らないことと限定した覚えはない」

「面白くもないんですが」

「なにぃ?」

「驚かれても」


 そもそもそれを聞いたときはリナはうけてなかったかし、仮にうけていたとしても記憶に新しい二番煎じでウケがとれると何故思うのか。

 呆れるリナに、フェイはおかしいなぁと首をかしげた。








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