第196話 加護
途中参加で、フェイのおまけで信徒になったようなリナまで加護がもらえるなんて、初耳である。そもそも信徒になることもあまり理解してなかったリナだが、お得なことがあるなら嬉しいし活用したい。
フェイの生まれた時代の結婚による改宗は、もっとちゃんとそう言うことを調べて、元々の信仰対象の神にも話をつけてと色々やることがある。
しかしリナは正式な信徒ではなかったし、別に宗教に拘りないし改宗してもいいやーてな軽いノリだったので、何の説明もないままあっさり改宗した。
「それはウィンクリーン様のじゃな。うむ。シューペル様の加護は無限の可能性じゃ」
「……んん? 全然ぴんとこない加護ね」
加護だし、知った上で信徒のフェイがいるのだから悪いものではないだろうが、どういう効果なのかわからない。
首をかしげるリナにフェイもそうじゃなぁと何と説明しようか迷う。この加護については一口で言いにくい。
「例えばじゃけど、お主が世界最強の剣士を目指したとして、死ぬほど努力してひとかどの人物になったとして、世界一になるには、どうしたって才能と言うものが必要になるじゃろ? 努力だけでは乗り越えられない壁と言うものがあるじゃろ?」
「そりゃあね」
「その壁がなくなる、と言うのが加護じゃ」
「……え? あらゆる才能が手にはいるってこと?」
「そうではない。才能があると言うと、普通よりも習得が早かったりするじゃろ? そう言うものではない。限界がなくなる、と言えばよいかの」
「うーん。わかったような、わからないような」
リナは首をかしげつつも自分の中に落としこむ。要するに、才能がなくて遅々として習得できないようなものでも、全然できなくて何をしてもできない、なんてことにはならない。
どんなに才能がないことでも、本人がやりたくて努力したなら、僅かずつだが必ず前にすすむ。才能と言う壁により完全に遮られることはない。そう言うものだ。
特別何かに有利になるものでも、目に見えて力になるものでもない。元々才能を持って生まれた分野へすすむなら、必要のない加護とさえ言える。
だが逆にどんなに才能がなくても、諦めない限りはどこまでも目指せる。そう言うものだ。
「考えようによっては、すごい加護よね」
「うむ。頑張り続ける限り、その背を押してくれる、そう言う加護なのじゃ」
「そうね、いいわね。でも地味ね」
「うむ。私の知識でも、家系のものを含めて100人と信者はおらんかったの」
優しい素敵な加護だと思うフェイだが、地味なのは否定できない。事実、信者の少ないマイナー神だとされていたし。なお現在の信者はたった二人である。
「なら、信者が増えるように、宣伝でもしてみる?」
「む? その発想はなかったの。うーむ。しかし、そう言うのは神官の仕事じゃし」
「あ、そう」
別にリナとてヤル気満々と言う訳でもなかったが、せっかく信者になって結婚させてもらって加護までもらってるのだ。顔も会わせてフェイの親戚のように感じていて、やはり他の神よりシューペルに肩入れしてしまう。
なので宣伝くらいわけないのだが、あれだけシューペル様様言ってて訪ねてきたくせに、フェイはそれはそれな態度であっさりしている。何だか冷たいとすら感じてしまう。たった二人の信者なのに。
けれどそんなフェイの態度が、原初の神への付き合い方なのだ。新参で、神が何かすら実感がないリナとしては、フェイが言うならそうなのだろうとしか言えない。
「それならそれでいいけど。話は戻るけど、儀式って言う大袈裟な言葉のわりに、二言三言で終わったわよね。昔の結婚式ってあんな感じなの?」
「いや、普通は結婚式と言えば、家族や友人を招いて婚姻の儀式をして、そのままお祝いのパーティーをするものじゃ。今回は簡略と言うか、儀式だけじゃの。儀式そのものはどの神も簡単にしておるそうじゃ。その方が人間が改宗するのに面倒だからと二の足を踏まずに住むからの」
「……ふぅん。そうなの。なんだ。ちょっと安心したわ」
「シューペル様も、人間の儀式はまた別にするように言っておったじゃろ」
「そうだっけ? 正直、かなり緊張してたから、あんまり細かい会話まで覚えてないわ」
とにかくフェイが普通の結婚式の知識があり、また改めてしてくれるつもりなのがわかり、リナは一安心だ。人並みに結婚への憧れもあるし、何となく素敵な結婚式がしたいななんて願望だって昔からあるのだ。
「あ、そうそう。そう言えば、あれはなんだったの? あの、何言ってるかわからない部分」
「む? ああ、シューペル様の言葉のことじゃな?」
「そうそう、我が信徒、ほにゃららふにゃふにゃみたいなの」
「ふっ。ほにゃらら、ふにゃふにゃて」
「ちょっ、そこはいいでしょ別に」
聞き取れなかった部分のいい加減なアテレコが何だか可愛くて思わず吹き出すフェイに、リナはちょっと赤くなり、ずっと重なっていた手を離してフェイの肩を軽く押した。
「はは、リナは可愛いの」
「もう。意地悪。キスするわよ」
「良かろう」
「ん」
照れたのを誤魔化すようにキスをして、身を寄せて合わせた唇を少しだけ離して至近距離で見つめると、だけど余計に何だか照れ臭くなってきて、リナはフェイにぎゅっと抱きついて背後の寝具を崩すように後ろに勢いよくもたれた。
「わ、とと。リナ、はしゃぎすぎると危ないぞ」
「布団の上なんだから大丈夫よ。で、あれは何だったの? 名前っぽいのはわかるけど、何語?」
「何語と言うか、あえて言うなら神語じゃの。人間の頭では理解できないようになっておる。話してることがわかる程度には聞き取れるが、中身はわからぬようになっておる」
「なにそれ」
「そう言うものじゃ。神のための、神に認識されるための信者としての名前じゃな。神によっては番号のようなものをつけたりするらしいの」
「えー、なんかそれは嫌ね。と言うか、神様ってそう言うものっての多くない?」
「そう言うものなんじゃもん」
それはフェイに言われても困る。リナだって人間ってどう言うものと聞かれても困るように、神がどう言うものか聞かれても困るしかない。詳しく説明できるものでもない。
抱きつくのはやめて、崩れた寝具の上で寝転がるような状態でリナはフェイの答えにあいまいな笑みを浮かべる。
「そう言われてもねぇ。私としたら、手の届かない偉大な、人間のことなんて蟻みたいに思ってるのかなって思ってたけど、何と言うか、確かに凄い存在だけど、妙に人間ぽいところもあって、判断に困るわ」
さっきはスルーしたが、儀式が簡略なのも人間の為とか。今なら二つ買えば一つオマケ!みたいな商人的発想ではなかろうか。
何でもできて人間なんか片手間につくれて片手間にどうにでもなるのに、ルールに自ら縛られて、信徒を得ようと媚を売るようなことまでしている。何ともおかしな存在だ、としか思えない。
「そりゃあの、人間は神をもとにつくられたのじゃから。どちらかと言うなら、神が人間くさいのではなく、人間が神くさいと言った方が正しいじゃろ」
「神くさいて。また凄いことを言うわね」
「他に質問はあるかの? ついでじゃし、神について知ってる限り教えるぞ」
「そう言うものじゃ、ばかりじゃない。もういいわ。それより、キスの一つでも教えてもらいたいわ」
小難しいことを考えるのに飽きたリナは、真面目な顔でされた提案は一蹴して、改めてフェイに顔を寄せた。
「もう十分知っておるじゃろ」
「えー、わかんなーい」
いかにもバカっぽい甘えた声を出しながら、リナはそっと目を閉じて口づけをせがんだ。
○
「あ、そうそう、フェイ。君、一度家に帰りなよ」
翌日、朝に迎えに着たオットーにより、寝具を返すだけでなく朝食まで世話になり、その足で教会に向かうと、朝の挨拶もそこそこにシューペルはそう言った。
「うむ? うむ、まあ、それもありかとは考えておるが、どうかしたのか? しばらくはシューペル様のいるここで過ごそうかとも思っておったのじゃが」
朝リナと話した結果では、シューペルと話は途中だったし、隣のアマルリカ街まで飛べばそれほどかからない。街なら宿もあるので誰に迷惑をかけるでもなく滞在できるしいいんじゃないか、と言うことになっていた。
「いや、話なら成人して正式に信者になったんだから、いつでも声かけてくれたら返事するって。それより、せっかくここから近いんだから家に帰りなよ」
「ん? 近い、とは?」
「あ、そっか。知らないんだっけ。君の生まれた時に住んでた家が、だよ。と言ってもまあ、後、山五つくらい向こうだけど、近いよ」
「なぬ!? 生まれた家じゃと!?」
「そうそう」
食いつくフェイにシューペルはにこやかに微笑む。何だかあからさまにフェイとリナを追い出そうとしてるようだし、昨日のユニスとのやり取りを突っ込まれたくないだけなんじゃ、と疑っていたリナだったが、フェイの実家と言う言葉にはさすがに目を見開く。
事故で時間を飛んできたのは聞いていたが、家がこんなところにあるなんて。と言うかよく考えたら未来に行っただけなのに場所まで変わっていたのか。複数の疑問が頭をよぎるが、よくわからないのでスルーしてフェイの反応を伺う。
「生まれた家が残っておるのか? と言うことは、親戚がおると言うことか?」
「あ、いやいや。それはないよ。今はもう誰もいない死の街だから。君の家は自動修復機能があるから今も残ってるけど、全部機能があるわけでもないから、普通の家とかはどうしても廃墟になってるよ」
「むむ? 何故廃してしまったんじゃ?」
「街は全てが魔法具だからね。今とは違って魔力の消費量も違う。子孫へと自己繁殖するにつれて、街に住むことができなくなったんだ。水やなんやらは、自動化されてるけど、すべてを自動化する前に、人は自分達で気づかないまま劣化していったんだ」
シューペルの話によると、要するに今よりずっと魔法具頼りだった街は魔力の低下に維持できなくなり、街ごと放置された。その街全体には自動的に魔力を生成して結界を張る魔法具があるので、今では魔力の少ない人間は行くこともできないとのこと。
その中にあるフェイの家は、時間転移の魔法の失敗が判明してからいずれ現れるだろうフェイとブライアンの為に家ごと伝言を残して保存してあるらしい。その後は別に家をつくって住んで子孫へと繋がったので、ある意味実家ではないと言えなくもないが、そう言う細かいことはどうでもいい。
フェイの実家は結界と同じように永遠に続くよう魔力生成する特別仕様となっている。他のそうはなっていない家は、殆どの家が残っていない。生成する機能が他のものにないのは、単に魔力がなくなることを想定していないのでつくる意味がないと思われていて、後から必要だと気づく頃には技術が失われて作れなくなっただけだ。
その頃には既存の魔法具を流用したり応用したり研究することすらできないほど劣化していたのだ。まあ、そんな人間の愚かさは今更なので置いておくとして。
とにかくそう言うわけなので、ユー、帰っちゃいなよ。とシューペルはすすめてくる。
「ううむ。確かにそう言うことなら、是非行かねばの」
「うんうん」
「まあ、しかし急ぐこともあるまい。折角シューペル様に会ったんじゃし、最低でも1週間くらいのんびりしてもよかろう」
「うぐっ。く、う、嬉しいよ。神思いの信徒を持てて、ぼかぁ幸せだなぁ」
「そうであろう」
シューペルとしては、昨日はフェイがいい言い訳を用意してくれたからのったが、本来は神としてあまりよくないのだ。正式な信徒でないものを思いやり見守ってきたなんて、外聞がよくない。信徒になる必要なくない?となってしまう。
ましてあれからどうしたのなんて聞かれたら答えない訳にはいかないのだが、これまでのことまで話さないととけない。過去にはユニスだけでなく一族に対してフォローをしたくてグレーなことをしてきたので、実にまずい。
フェイのことは変わらず大切な信徒で、大好きで待ってたし大歓迎だったのに嘘はないが、ユニスらとのことが知られるのはよろしくない。
「あっ、フェイさんとエメリナさん! おはようございます!」
シューペルがどう言いくるめて出発させようかと思っていると、掃除に出ていたユニスが戻ってきた。二人に気づくとぱっと笑顔になり駆け寄ってくる。
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