第195話 シューペル5

 シューペルだ、と聞いたユニスは、その瞬間に泣きそうになって少し頬を赤くして、それからはっとしてざっと血の気がひけて真っ青になった。

 両手で顔を挟むように頬に手をあて、口を開くも言葉にならないようで、震えながら一歩さがった。


「ユニス、ずっと、君を、君たちを見ていたよ」

「しゅ、シューペル、様。ご、ごめ」

「いいんだよ。僕こそ、ごめんね。何もできなくて」

「あ、あ……」

「うん、大丈夫だから」

「っ」


 ユニスはその場で膝をついて泣き出し、シューペルはそっとユニスを抱き締めた。


「……」


 全く意味がわからない。話についていけるわけもない。何の会話もしていない。百歩譲ってもろもろを無視してユニスが泣いたのは、信仰心があつすぎて感動してと解釈することはできるが、シューペルが謝るとかさらに意味がわからない。


「フェイ、エメリナ。悪いんだけど、ユニスとは、たくさん話したいことがあるんだ。君たちのおかげで話すことができるわけだけど、今はユニスを優先してもいいかな?」

「もちろんじゃ」

「それじゃあ、私たちはまた明日来ますね」


 意味がわからないが、何やらシリアスな空気で、シューペルまで真顔でそんな風に言われて断ることはない。

 その場にいても気まずいだけなので、二人は足早に教会をあとにした。


「さて、どうするかの」


 まだ日は沈みきってないのは幸いだ。今いた教会の礼拝室ででも泊まらせてもらおうと思っていたが、そうもいかないとなれば、宿泊場所の確保は急務だ。

 しかし店自体がないと聞いている。宿などあるはずもない。知り合いもいないのだ。最悪野宿か、飛んでアマリルカまで戻ることを覚悟しながら、とりあえず村の中心へ向けて歩き出す。


 ただ空いているだけの広場は臨時商店はすでに終了しているが、次にこの村でつくられた野菜などを商店がまとめて購入して馬車に積んでいっている。

 それなりに人はいる状態だが、皆それぞれに荷物を持っていて、割りと忙しなくて声をかけにくい。

 二週間に一度と言うことで、どうしてもこの広場全体の空気がばたばたしていて騒がしい。


「ん? おい、あんたら教会の客って言う余所者だな? 何してんだ?」

「ん? そうじゃけど、お主は……ユニスを呼びに来ていたものか?」

「ああ。信者がきたからって、途中忘れてたが慌てて帰っていったが会わなかったか?」

「会ったが、もう時間も遅いからの。宿を探しておる」

「はぁ? こんな村に宿があるわけねーだろ。教会には泊めてもらえないのか? 俺から言ってやろうか?」

「いやいや、おなご一人のところに押し掛ける訳にはいかんからの。馬小屋でもなんでもよいから、雨風を防げるどこか、貸してもらえるあてはないかの?」


 教会ならともかく、個人宅に泊めてくれとは言いにくいし、気もつかう。田舎で土地は広いのだから、倉庫やら馬小屋で、家から離れた建物があるならそこに泊まりたい。掃除や衛生面は魔法でなんとかする。

 そう思って尋ねたのだが、男はおいおいとフェイとリナを見てため息をつく。


「わざわざこんな村まで来た客を、馬小屋なんかに寝かせるわけないだろ。うちに来い。近くに空き家があるから、そこに泊まればいい」

「空き家て、そんな勝手に」

「かまやしねぇよ。前住んでた俺の叔父さんが死んで何年も空き家だったんだが、秋口に従兄弟が嫁つれて帰ってくるってんで、ちょうど直してるところだ。まだ完全じゃねぇけど、一晩くらい問題ねぇよ」

「う、ううむ」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」

「おう。晩飯はうちに来い。ババアに飯作らせるから。ほれ、荷物寄越せ」


 非常に強引なお節介により、本日の宿は決定した。とりあえずうちに来いと言う男、オットーにより自宅に連れていかれると、中年の体格のいい女性がオットーに怒りつつフェイたちには笑顔を向けると言う器用なことをしながら迎えてくれた。


「全く。何でも勢いで決めるんじゃないよ。晩御飯だって、すぐできるわけじゃないんだからね。フェイちゃんとエメリナちゃんだったね。今名物の焼き芋を焼くから、夕飯までちょーっと待ってるんだよ」

「おいババア、態度が違いすぎだろ」

「当たり前だろうが! 文句があるなら可愛い嫁と子供を作ってからいいな!」

「うっせぇババア!」


 微妙に居心地悪く言われるまま居間に座っていると、すぐに焼き芋を渡された。

 この村の名物は特別甘いと言われる天芋で、焼き芋にして食べるのが特に絶品だ。ただ惜しむらくは、この村には店がないのですでに手前のアマルリカ街で食べてきている、と言うことだ。

 もちろんそんなことを口に出す二人ではない。美味しかったから普通に嬉しいし。


「あふっ、はふっ」

「ちゃんとふーふーしなきゃ駄目よ」

「リナ」

「ええ? ふ、ふー」


 持った時点で熱々なのにすぐに二つに割って食べようとするフェイは一口歯でかじって口に入れた途端、熱さに唇を尖らすようにつきだして短く呼吸を繰り返す。

 呆れて注意するリナに、フェイは熱がりながら芋をリナに向けて無言で吹けと促してくる。戸惑いつつ何だか勢いでリナは息を吹き掛ける。


「ふー」

「ん。ふぅ。ありがとう、リナ。もうよいぞ」

「はいはい」


 何とか飲み込んでから、もう冷めただろうと芋を自分の顔に寄せて温度を確認しながら礼を言う。リナは自由なフェイに苦笑しながら、自分の分にも息を吹き掛けてから口に入れる。

 ほっこり熱々で、歯で噛まなくても崩れていき、あまーい風味が口に広がる。何度か咀嚼するとほどよく冷めてよく味がわかるようになる。ねっとりとした食感で素朴ながらも濃厚な甘さだ。


「んー。美味しい」

「そうだろう、そうだろう。うちで昔っから作ってる自慢の芋だからねぇ」

「うむ。美味い。何か、特別な料理法なのかの?」

「うー、ふふふ。普通に焼いてるだけだよ」


 オットーの母、カースティはご機嫌に笑いながらもてきぱきと夕食をつくっていく。最初にリナも手伝おうかと言ったのだが、客は座ってろと言われてしまえば仕方ない。

 仕方ない仕方ないと、焼き芋を堪能した。








 カースティの手料理を大量に振る舞われ、お腹をさすりながらあれやこれやと世話をやかれて寝具まで渡され、二人はオットーに案内されて空き家に到着した。

 空き家は言っていたように改修中だが、家自体を壊しているわけではない。奥の部屋の雨漏りなんかや床板が抜けそうなのは置いといて、窓が割れたりしてるわけでもない。

 玄関から手前の台所と居間まではすでに綺麗になっていて、板の張り直しまでされていて新築並みで、泊まらせてもらうのが申し訳ないくらいだ。


 好きに使えと言ってオットーはさっさと帰っていった。


「ふぅ。食べ過ぎちゃったわね」


 ひとまず寝具と荷物を置いて足を伸ばして休憩だ。畳んでいる寝具にもたれるように腰を下ろしたリナの隣に、フェイも座る。


「うむ。美味しいのもあるが、ああも次々とすすめられてはの」

「フェイ、可愛いわね」

「腹をなでるでないっ」


 さすさすといつもより膨れたお腹を右手をのばして擦ってくるリナに、フェイは口だけ文句を言いつつも、撫でられると何となく消化もすすむ気がするのでされるがままふうと息をつく。


「しかし、シューペル様のは驚いたの」

「ああ、ほんとにね。ユニスさん、急に泣き出すし。何かあったんでしょうね」

「うむ。神が居たと知って泣いて謝ろうとするとは、不信心ならいざ知らず、神官のユニスがの」

「まぁ、色々あるわよ。関係ない私たちがつっこむところじゃないわ」

「わかっておるよ。わしとて、わざわざ聞き出すような無粋なことはせんよ」


 リナくらい不信心なら、過去に神に対してどえらいことをしていても何ら不思議はないが、オットーから詳しいことを聞いたが代々続く神官の系譜で真面目でと、怪しいところは何もない。

 聞くつもりはないが、それでも不思議で思いを馳せて首をかしげるフェイに、リナがお腹を撫でるのをやめてフェイを向いて横向きになる。


「と言うか、ちょっといい感じじゃなかった?」

「ん? なんじゃ? キスしてほしいのか?」

「それはそれとして後でするとして、そうじゃなくて、ユニスよ。シューペル神が抱き締めてたじゃない」

「む?」


 つまりリナは、先程の泣き出すユニスと慰めるシューペルに、恋愛的な想像をしたのだ。見た目はそう見えたかも知れないが、ユニスからすれば初めて会うのだし、あんな状況でもそこに繋げて考えるとは。

 やや呆れるフェイの視線に気づき、リナは何よぅと右手で三角座りしているフェイの膝をつかんで軽く揺らす。


「なんかそう言う感じしたじゃない。シューペル神はずっと見てたわけだし、ってあれ? フェイのこともずっと見てたって言ってなかった? 調子いいこと言ってる?」

「いやいや、リナ、神様じゃからな? 信者のことなら世界のどこに散らばってようと常に見られるし、体があるように見えるのも、別に本当にここにいるわけではなく、そう見えるようにしておるだけじゃからな?」

「えっ!? そうなの? え? なんか怖い。神様って、どう言うものなのかよくわかんないんだけど」

「どう言うものかと言われてものぅ。そう言うものとしか」


 フェイは神の存在に疑問を持ったことはないし、そのような存在だと教えられている。息をしないと死ぬ、くらいに当たり前のことで、その理由は別に必要でないのと同じことだ。


「それよりリナ、シューペル神て。普通にシューペル様でいいじゃろ」

「いやー、なんか、様って言いにくくない? 大袈裟すぎると言うか」

「大袈裟と言うなら、本来神に使うのが最も相応しい敬語を誰にでも使うことの方が大袈裟に感じるがの」

「うーん。価値観の違いって、改めて大きいわねぇ。そう言うところも好きです」

「急に何じゃ」


 急にもほどがある告白だ。元々リナは意味もなく可愛いとか言ってくるが、脈絡ないにもほどがあるだろう。


「いや、価値観の違いってもめやすいし、恋人の別れる理由になりやすいみたいだから。フォローをいれようかと」

「私とリナには必要ないじゃろ。だいたい、もう恋人ではなく夫婦じゃしな」

「!? あ、う……そうだった。なんか、なんか凄い、勢いで結婚してしまったわね」


 はっとしたように今更照れて赤くなり、リナはぐいぐいフェイの膝を揺らしながらうつむき気味になる。

 そんな照れ隠しをするリナに苦笑しながら、フェイはそっとリナの右手に自分の右手を重ねて、動きを止めながら声をかける。


「前から結婚しようと言っておったし、お主もよいと言ってたじゃろうが」

「う。それはそうだけど。心の準備ができてなさすぎて、それに凄いあっさりしてたから、まだ実感はないわ」

「ふむ。まあ、それはそうじゃろ。現状、実感として変わったことはないからの。シューペル様のご加護を賜ったとは言え、シューペル様のはすぐ目に見えるものではないからの」

「え? ご加護? それってあの、魔力が増えたりとかってあれ?」


 フェイの言葉にリナはぱっと顔をあげた。

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