第194話 シューペル4

 リナは脇に退いて横にある席について、フェイはきちんと定位置について頭を垂れた。厳かな空気を感じてリナも緊張しながらフェイとシューペルを見つめる。

 シューペルは微笑みながら、先程までのテンションの高さからは考えられないほど落ち着いた声をだした。

「では、**ー******よ。幼き殻をやぶってなお、変わらぬ信仰を持つお前に、新たな生と祝福を与えよう。お前は**ー*ー******。希望を持って生きるがよい」


 フェイは黙ってそれを受けた。シューペルがその言葉を言う間も、終わってからそっとフェイの頭を撫でてから、もういいよと声をかけても、特別なことは起こらなかった。

 フェイやシューペルが光るとか、フェイの体に変化があるとか、何らかの影響でフェイが反応するとか、何かしら神々しいものがあるのだとリナは思っていた。


 しかしシューペルの存在自体が神々しいことはのぞいて、特別なことはなかった。ただ不自然にシューペルの台詞の一部が聞き取れなかったので、リナは首をかしげていた。


「ありがとうございます。今後とも、よろしくお願い致します」

「敬語ー」

「すまぬ、つい。嬉しくての」


 立ち上がったフェイは、高揚して頬をやや赤くしながらにこにこしている。

 とっても可愛いが、その表情を引き出しているのが自分でないことにちょっぴりジェラりつつ、詳しくはフェイにまた聞けばいいだろうとリナは疑問は置いておいて口を開く。


「次は私ですか?」

「うん。まあ、私って言うか、君とフェイと二人ね」


 シューペルは微笑みながら、儀式について知らないリナに詳しく説明してくれた。

 リナに対して持っていた嫉妬じみた嫌悪感情は、リナがフェイとずっといるのだと宣言した時点でなくなっているので、かなりフレンドリーである。

 そんな神の事情を知らないリナとしては、神様ってどこの神様も感情の浮き沈み激しくて、基本的にフレンドリーなのかと誤解していた。


 それはともかく、婚姻の儀式はそれほど難しくはない。と言うか基本的に儀式の殆どが簡単だ。儀式なんかしなくても、神は力を持っていてどこでもいつでもできるのだ。わざわざ教会で儀式とするのはあくまで形式的なルールに過ぎない。どこの神も、儀式が面倒だからと信者をやめたり、入るのを面倒がられたくない。極力簡単にしていた。


 今回二人がすることと言えば、神がする問いかけに答えるだけである。リナは入信も兼ねているが、フェイより一言二言増えるくらいである。


「じゃ、いくよー」


 婚姻の儀式では、正式には家族など証人の立ち会いのもと正装して行うものだが、その辺はあくまで明文化されてるわけでもないので、神様ルールでなしでオーケーである。

 

 正直なところ、フェイとしてもリナの家族に挨拶もしていないし、今回このまま婚姻の儀式までやってしまうつもりはなかった。

 しかしリナの家族はどうせ神を見えないし、ここまで連れてくることは不可能なのだから。現在の人間の婚姻の儀式は儀式で、勝手にやったらいいからいいから。はいやるよ。とシューペル押し押しで行われることになった。


 リナも全く寝耳に水の気持ちだが、まあフェイがいいならいいかと諦めた。それをして具体的に何かが変わるかと言えば、別に変わらない。神公認の仲になって、シューペル信者になると言うだけだ。

 以前からフェイはきちんと気持ちを伝えてくれているし、リナとしても異存はない。フェイの唯一の家族とも言える神に認められるなら、儀式をやるくらい安いものだ。


 そう言う宗教に対する軽さが、シューペルからイラッとされていた原因でもあるのだが、本人に自覚はない。すでにシューペルも、リナはフェイが好きすぎるのを貫いてるのでそれはそれで有りだな、と認めてイラつくことはなくなったので、もはや誰も注意する人はいない。


 シューペルは軽い調子で掛け声をかけてから、その合図に二人が身を正して膝をついたのを確認して、意識して厳かなる声を出す。


「親愛なる我が信徒、 **ー*ー******よ 。お前は隣のものを生涯の伴侶として申請したことに、相違はないか」

「あい、間違いありません」

「隣のものよ、お前は我が信徒、**ー*ー****** と伴侶になることに同意をすること、相違はないか」

「はい。間違いありません」

「では隣のものよ、お前は同時に我が信徒となることに、相違はないか」

「はい。間違いありません。シューペル様の身許にて、共に寄り添うことをお許しください」

「許そう。では、隣のものよ。お前に新たな生と祝福を与えよう。お前は**ー**ー******。希望を持って生きるがよい」

「ありがとうございます」


 このやりとりで、リナは正式に信徒となった。隣のものから、共に生きるものになったのだ。リナには何の感慨もないが、シューペルは数百年ぶりの新たな信者の誕生に気持ちが高揚していた。

 胸を震わせながら、シューペルは最後の言葉を口にする。


「ではここに、 **ー*ー******と**ー*ー****** が永久に伴侶となることを確定する。幸福を抱いて生きるがよい」

「はい。ありがとうございます」


 これで儀式は完了である。

 しごくあっさりとしていてただ口だけだったように人の身には思われるが、実際は関知できない神の領域にて正式にリナの名前がのり、伴侶となったことが記録されるのだ。


「さぁ、もういいよ。これで君たちは名実ともに伴侶となった。さぁ、次は子供だね」

「いや、シューペル様。それはまだじゃて」

「いずれはお願いしたいと思いますけど、もう少し待っていただきたいです」

「おっと! エメリナももう信者なんだ! 敬語なんて使わなくていいんだよ」

「あー……いえ、できればこのままでお願いします」


 信者になったからとか言われても、リナからすればハイそうですかとはいかない。百歩譲って雲の上の神様から身内にまで距離を近づけたとしても、フェイの親戚の気持ちなのでタメ口は使いにくい。

 そんなリナの気持ちを理解したシューペルは、にんまりと笑う。神の扱いになれないリナの、やけに人間くさい扱いと言うのも、なかなかどうして、新鮮で面白いではないか。なんて、信者になればもう基本的に全面オーケーを出すシューペルだった。


「エメリナがそうしたいなら、それでいいや。それじゃー、終わり? もう行っちゃうの? フェイと色々話したいなー」

「うむ。ひとまず、今夜はこの村に泊まるつもりじゃし、ユニスが戻るまでは時間もある。わしもシューペル様のお話は聞きたい」

「あれー、『私』じゃないの?」

「……あれは、リナだけじゃ」

「ひゅー! なっかよしー!」


 眉を寄せて頬を赤くして唇を尖らせるように照れ隠しするフェイに、シューペルはにやにやしながらひやかした。

 そして二人を椅子に座らせて、あれやこれやとフェイと会ったらあれを話そうこれを教えてあげようと考えていたシューペルはどんどん舌をまわした。








「お、お待たせしましたー」


 フェイのリクエストに応えて、シューペルがフェイの高祖父について話をしていたところで、恐る恐ると言ったようにユニスが教会に戻ってきた。

 はっとして振り向くと、ユニスが夕日に照らされていて、時間が経過していることに気づいた。


「おお、ユニスか」

「はい。そのー、ちょっとゆっくりしすぎたと言いますか。もちろん、お二人を忘れていたわけではないのですが」

「あ、お気にならさず。こちらはこちらで、ゆっくりさせてもらってますから」

「うむ。シューペル様と話しておったんじゃ」

「はあ? ああ、はい。そうですか。さすが、こんなところの教会に来られるだけはありますね」

「む? うむ?」


 相づちをうちながらほっとしたような顔で、両手に荷物をかかえて寄ってくるユニスに、フェイは首をかしげる。

 何だか話がうまく通じていないような?と考えてから、はっと口を押さえた。


「? どうかされました?」

「う、うむ」


 先程シューペルからも聞いたように、ユニスは正式な信徒ではない。そして現在の人間は自然に神を見ることはできない。つまりユニスはシューペルと会話をするどころか、ここにシューペルがいることもわからないのだ。

 それぞれ情報として頭にはあっても、実感を伴っていなかったので、普通にシューペル様と話ができる前提で話してしまった。


 フェイは困ってシューペルを見上げるが、シューペルも困ったような顔をしている。


「シューペル様のことは、話してもよいよな?」

「まあ、悪いってことはないよ」

「そうじゃよな? と言うか、ユニスにも見えるようにしてくれれば話は早いんじゃけど」

「ん。でもそれは、ルール的に、信者でない人間に干渉するのは、ちょっと。僕も、やりたいのはやまやまなんだけど」


 歯切れの悪いシューペルは、初対面のハイテンションが嘘のようにもじもじしている。


 かつてであれば信者でなくても話しかけようが抱きつこうが自由だった。だけど今の人間に話しかけようとしたら、まず見えるように聞こえるようにとしないといけない。それは干渉することになる。

 リナはフェイの伴侶となることが決まっていたのだから、干渉してもセーフだ。だけどユニスは。本当は、シューペルだってユニスに話しかけたい気持ちもある。だけど何でもできる神だからこそ、ルールは絶対だ。破ってしまえば失格となり、この世界そのものへの干渉が禁じられる可能性がある。


 何とも言えなくて意味もなく浮かび上がって逆さまになったりしているシューペル。そんなシューペルを見る二人に、隣にまでやってきたユニスはあのーとちょっと引き気味に声をかける。


「何を見てるんですか? と言うか、宙に向かって話してるみたいで、ちょっと怖いんですけど」

「リナ、どう説明すればよいと思う?」

「いやー、口だけ説明されても、絶対信じないでしょ。少なくとも私もそうだし」

「ううむ。そうじゃの」


 話しかけてきたユニスはひとまず無視して、フェイは同じ立場だったリナの意見を聞いてから、改めてシューペルに向かう。


「シューペル様、シューペル様が姿を見せてくれんと、信者であるわしらがおかしな目で見られるんじゃけど、それでは理由にならんか?」

「!? えっ、そ、それは、な、なるかなー?」

「そうですね。信者の為に信者以外の人に干渉するのはルール上どうなんですか?」

「……あ、ありだ。ありだよ! そうだ! じゃ、じゃあ仕方ないなー!」

「うむ。仕方ないじゃろ」


 何故か渋々を装いつつも目を輝かせるシューペルに、フェイもうんうんと頷き話はまとまったのだが、シューペルの声が聞こえないユニスは恐怖で頬をひきつらせる。

 話しかけても無視されて、二人して壁を向いて話しているのだ。これが怖くないはずがない。信者仲間だと思ってあげたのに、見えちゃいけないものが見えてる人だったのか! と見えなきゃいけない神様が見えないユニスはおののいていた。


「あの。だから本当に、え、私の声聞こえてます?」

「それより僕の声聞こえてるかな!?」

「……え?」


 突然聞こえた第三者の、シューペルの声に、ユニスは息が止まるほど驚いた。何もなかったはずの空間に人がいた。そして何よりおかしいのが、何だかその人はずっと一緒にいたような親しみと、両親のように慕わしい気持ちとが胸に込み上げてくるのだ。


「だ、誰、ですか?」

「僕は……シューペルだよ」


 シューペルははにかみながら、恥ずかしがりやの人間みたいに挨拶した。








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