第193話 シューペル3
そんなシューペルの意地の悪さを知らないリナは、怒っているのだと素直に思って、身を縮こませながらも、目をそらさずに胸をうちを伝える。それがリナにできる精一杯の誠意だからだ。
「はい。恐れながら、そんな愚かな私ですが、フェイと共にいたいと思いますので、ご挨拶申し上げたく、同席させていただいております」
「へぇ」
シューペルは素直に感心した。リナは神の存在すらこの間まで知らなかったのだ。その上で肌で神を感じて、堂々と話をしているのだ。
シューペルにはリナが神への感情を整えきれていないことも、その上で今はとにかくシューペルの意味不明な存在感に恐怖を感じていることも、全てわかっている。信者でなかろうと、目の前にいる人間の感情くらいなら全てわかる。
これだから、面白い、とシューペルはリナを、正確には人を見直す。人は神を如何様にも扱う。時に隣人、時に雲上の存在、時に空想、時に恐怖の対象にと、時代のうつろいだけのせいではなく、どんどんと変えていく。
久しぶりの人間との対話で、その楽しさを思い出した。
そうなるとますます、リナと会話したくなる。どうしてやろっかなーと、シューペルは唇をつりあげながらさらに言葉を重ねる。
「そうか、そうか。愚かだと自覚した上で、神の子を望むのか、人の子がね」
「シューペル様、先程からリナに対して冷たくはないか? 信仰が薄くなったことは、わしも人の一員として申し訳なく思うが、それはリナの責任ではないじゃろう」
「フェイは黙っていてよ。今リナと話してるんだから」
フェイと話すのを待っていたシューペルだったが、今はリナと話したいのだ。口を挟んでくるフェイを一蹴する。
そんなシューペルの態度に、フェイはいらっとして、だんっと床に足を叩きつけながら声を荒げる。
「なんじゃと! 何が話じゃ! リナをいじめるくらいならお主がだーっとれ!」
そんなフェイの態度にリナは神に対して不敬なとぎょっとし、シューペルはきょとんとして
「ぷっ! ははっ、あははははははっ!」
それから大笑いした。
「だっ、だっーっとれっ、とか! ははっ、おっ、おっかしい!」
「ぐ、ぐぅ。う、うるさいの。ちと、いい間違えただけじゃろ」
「嘘つきー。ブライアンそっくりだし! く、くくくっ。あー、おかしいっ!」
封印していた訛りの効いた口癖が出てしまい、フェイは顔を赤くする。使うつもりなんてなかったのに、相手がシューペルだから、会ったことがなくても散々話を聞いて育ち、そして何よりその存在感が信徒であるフェイには身近な身内なのだと感じさせるので、ついつい家族に対するような言葉遣いになって出てしまった。
シューペルからしたら、可愛い我が子の一員であるブライアンとそっくりな曾孫のフェイは、我が子であり孫でもある可愛くて仕方ない存在だ。
ただでさえ可愛い信者なのに、血の繋がりを感じさせる、かつての日々を感じさせる言葉を聞いて、何も思わないはずがない。
シューペルは神で、どんなに思っても人間とは価値観も思想も感覚も全く違うし、完全に理解しあうことなどないだろう。だが、だからと言ってこの長い時間の経過に、信者の減少に、人間が自分を見もしないことに、何も感じていないなんてことはない。
この教会にずっといて、人々を見守っていたと言っても、それでさえ正式な信徒ではなくなり、干渉もできなくなった。それが、寂しくないなんてこと、あるはずがない。
シューペルは数百年ぶりの大笑いに、なんて愛しいんだろうと思った。やっぱり人間は、愛しいと、改めて思った。
そこには長い時間をかけて屈折した感情も、人の子への偏見もなく、ただただ、人が好きなんだと自身の感情の原点へと戻ってきた。シューペルは清々しささえ感じながら、腹を抱えて大笑いして、余計なことを全て吹き飛ばした。
「ふぅー、はぁ。お腹痛くなっちゃうよ。ふ、ふふ。ごめんごめん。悪かったって。エメリナもごめんね。ちょっと悪ふざけがすぎたね」
「え、は、いえ」
痛いはずもないのに、人間のようにお腹を抑えながら謝罪するシューペルに、リナは戸惑って返事とも言えない返事をしてしまう。
「ま、とりあえずエメリナも立ってよ。あ、まだ信徒じゃないから、さすがに敬語は使ったままで頼むよ? そこはちゃんと線引きする派だから」
いきなりフランクで、信者になればタメグチオーケーと言ってくるシューペルの態度の変わりように、リナは戸惑いつつもとりあえず相づちをうって立ち上がる。
そんなリナにうんうんとシューペルは頷く。
「フェイは可愛いからさ、人の子に黙ってあげるのがちょっとってことで、つい意地悪言っちゃったね。ずっと見てたから、君らがどんなに仲がいいか、よく知ってるよ。もちろん、エメリナとフェイは一緒にいるべきだし、僕にも祝福を送らせておくれ」
「あ、はい、え? ずっと、ですか?」
「うん? うん。あ、そうそう。フェイの洗礼もさっさとして、それで婚姻の儀もちゃっちゃとして、うちの信徒になってよ。子供も制限ぎりぎりの99人くらいつくってあげるからね」
「え、あ、すみません。話が早すぎて付いていけなくて」
「あれ? 婚姻の儀、するよね? 結婚の挨拶はまだだけど、その気なわけだし、エメリナの実家は距離があるんだから、とりあえずエメリナも信徒になっておけば、子供はいつでもつくってあげれるし」
べらべらとハイペースで話を進めようとするシューペルに、リナは困惑し、フェイはそもそも耳がついて行ってないので何言ってるか全然わかんない状態である。
とりあえず洗礼と婚姻と子供をさっさとしようと言ってるのはわかるので、呆れつつもフェイは言葉に困るリナを庇うように口を開く。
「シューペル様、子供の話はまだ気が早いぞ」
「そーかなー」
「あの、いいですか?」
「ん? なにかな? 信徒になる方法なら安心してね。本当は生まれたときに最初に神が名前を与える正式な洗礼を受けないと、どこの信徒にもなれないんだけど、信徒と婚姻する場合だけは例外だから、安心してね」
「あ、そうなんですか。ではなくて、なんだか先程からの仰りようでは、まるでずっと私たちのことを見ていたように聞こえますけど」
「え? そう言ったよね? 神様なんだから、信者のことはどれだけ離れてたってわかるって。片手間になっちゃうときもあったけど、一秒も欠かさずずっと見てたよー」
「……」
「あれ? え? なにその反応?」
「? リナ? どうしたんじゃ?」
ずっと一秒も欠かさず見てた、と鉄壁の監視体制を自慢げに言われて固まるリナに、シューペルとフェイは首をかしげる。
シューペルはともかく、フェイまでわからないと言うその様に、リナはいやいやと慌てたように意味もなく腕を振りながらフェイを向く。
「だって、ずっとって、そんな、いや、神様だけど、フェイは恥ずかしくないの?」
「恥ずかしい?」
「ああ、そう言うこと。大丈夫だって。神様だし、そう言うの興味ないから。いちゃいちゃしてるのみても、微笑ましいとしか思わないし」
「うわあああぁぁぁぁ……ぁぁ」
「あ? ああ、まあ、改まって言われると照れるの」
シューペルの軽い調子のフォローに恥ずかしさがピークを迎えたリナは、呻きながら耳まで赤くなった顔をおおってしゃがみこんだ。
理解が追い付いたフェイは頭をかきながらも、フェイにとっては最初からわかっていることだ。口に出されると多少は気恥ずかしいが、神であるシューペルにとっては生活の営みについては何か思うこともない。人同士であれば、裸以上に本来隠れて見えないはずの、魂や肉体の構成も全てが、神には見えているのだ。表面的なものを見られたからと言って、何の問題があろうか。
神はいつでも信者を見守っている。それだけのことだ。ことさら恥ずかしがるのは失礼ですらある。神とて人のことは理解していて、そう言う個人的なことをわざわざ口にすることなんかない。
だから気にするリナの方が、わざわざ意識して余計なことをしている、と言うのが神やフェイ側の意見だ。
とは言えリナからして見れば、ずっと見守っているよなんてのは宗教に置ける在り来たりな方便にしか思っていなかったし、例えキスをするだけでも、意味もわからない動物が見てるとしても気になってしまうタイプなのだ。常識や感覚が違うと言っても言葉の通じる相手が全部見てましたとか、恥ずかしくならない方がおかしい。
「リナ、気にしても仕方ないじゃろ。神とはそう言うものじゃ。神は人ではないのじゃから、気にすることはない」
「そうそう、フェイの言う通りだよ。夜空の月が見てるだけ、とでも思っておいてよ」
「月でも、恥ずかしいです。うぅ」
いつまでもダメージを受けてうずくまっていても仕方ない。リナは顔が赤いままだが、何とか立ち上がり、精一杯顔はそらしつつもそう返事をする。
そんなリナは置いておいて、シューペルはフェイに向き直って、手を振る大袈裟な動きで促す。
「とにかく、さっさと儀をしちゃおうよ。フェイは信者ではあるけど、成人の洗礼をしないと正式にならないから、フェイにすぐ会いに行けないんだから。あとリナも。これでようやく、信者が二人になる」
「そうじゃのぅ。……む? 二人、と言うことは、ユニスは信者ではないのか?」
「信者と思ってくれてるけど、正式な手順を踏んでないからね」
「むぅ。洗礼式は、神官立ち会いのもとするはずじゃが」
「まま、そこはね。僕(神)と君(希望者)がいれば大概の儀式は問題ないよ」
フェイの知識は最初、皆が神の子であった頃の宗教の常識だ。神と神の間で明確にルール規定されているもの以外の部分、宗派の微妙な規則は神の意向でいくらでも変えられる。
もっとも、現在の人々がしている宗教の多くは人の意思により変えられて、かつての姿はみる影もなくなっているのだから、皮肉なことだが。
「うむ。では、成人の洗礼式から、お願いする」
「うん! じゃ、とりあえず荷物置いて身綺麗にして」
「うむ」
善は急げだ。フェイは頷いて支度した。
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