第192話 シューペル2

 そんな女の様子は気にせず、フェイはマイペースに口を開く。


「ちと聞きたいんじゃけど、ここはインドゥカ村で間違いないじゃろうか?」

「はぁ。間違いありませんけど、森を抜けて来るなんて、無茶をしますね」


 あんにちゃんとした道があるのに、わざわざ魔物もいるし迷いやすい危険な森を通ってくるなんて馬鹿なんだろうか、と言いたげに女は呆れる。さっきだって、森のすぐなので魔物でも出てきたのかと慌てて出てきたのだ。思い出したら少し腹がたってきたくらいだ。


「そうか。わしらはシューペル様にお会いしにきたんじゃけど、教会はどこかの」

「!? シューペル様にですか!?」


 そんなちょっとイラつき出していた女だったが、フェイの問いかけにめちゃくちゃ食いついた。目を見開いてぐいと前のめりになって聞き返す。

 そんな女に今度はフェイが引きぎみになって、半歩下がってリナの服の裾を左手で引きながら頷く。


「う、うむ。そうじゃ。こちらに教会があると聞いて参った」

「お、おおお! マジですか! 他所から信者が来たのは初めてで、嬉しいです! ようこそいらっしゃいました! 私が神官のユニス・ローリーです!」


 テンションあげあげである。しかしそれも無理はない。小さな村で唯一の教会とあって、一応村民はみんな信者であるが、一歩外に出ればシューペル? 誰それ扱いである。一応隣街であるアマリルカですら、知っている人は殆どいない。

 村から街へ出ていく若者はそこそこの割合でいるのだが、広めてくれる人はゼロである。ユニスは代々続く神官の家系であり、布教したいとは思っていた。しかしどうにもならなかったのが、余所に信者がいてしかもわざわざここまで訪ねてきてくれるなんて、こんなに嬉しいことはない! シューペル信者はここだけではなかったのだ!


「そ、そうか。では、早速じゃが」

「ささっ、こちらです!」


 フェイが言い終わる前に、ユニスは案内しようと腕を広げてさぁさぁと促してくる。満面の笑顔のユニスに、二人は一度顔を見合わせてから前に進む。


「む? この建物が教会じゃったのか?」

「え? はい、そうですよ?」


 建物の前に向かうと、そのまま開け放されている大きめのドアにそのまま促してくるユニスに、フェイは思わず尋ねた。

 ユニスは不思議そうにしているが、ここまで旅をしてきたリナにとっても、これが教会と言うのは意外だった。


 シューペルの教会は有り体に言えば簡素だった。特別な石造りでもないし、大きさ的に特別大きくもない。屋根も壁も普通の辺りにある木造のものだ。ドアは大きいが特に模様があるわけでもない。唯一ドアの上に飾ってある金属の紋様だけが、教会であると示している。

 ここまで大きな街ではとても立派なものばかりだったし、そうでもない小さなところでも、教会があるところではそれなりに大きくて、遠目にも教会であることがわかるような宗派別の特徴を持っていた。


 とは言え、今まで寄ってきたのは小さいと言ってもある程度の大きさのある、最低限店やら何やらがあるところだけだ。この村は店すらない、それほどの小ささだ。この規模で一応あるような小さな教会は、二人が知らないだけで余所の宗派でもこんなものである。


「そうか。とりあえず、挨拶をさせてもらってよいかの?」

「はい、もちろ」

「おーい! ユニス! もう店来てるぞ!」

「あっ! うっ、えと」


 笑顔で中に入ろうとするユニスに、遠くから手を振って男が大きな声をかけてきた。ユニスははっとしたように振り向いてから、戸惑うように男とフェイらを交互に見る。

 この村には二週に一度の商店の馬車が商品の売り買いをしに来る以外、店舗と言うものはない。基本的に皆が農業をしていて物々交換をして村の中では通貨のやりとりもしない。


 そんな状態なので、馬車による臨時店舗は見逃すことのできない定期イベントなのだ。ちょうど今日が来る日でユニスも楽しみにしていたのだが、驚きの連続に忘れていた。

 しかし思い出した以上、行かない訳がない。洗剤などの日用品だってまとめ買いしなければならないし、この村で手に入らなくて馬車を心待ちにしている商品なんて山ほどあるのだ。

 が、この客人は人生初である。教会を訪ねてきた信徒を、神官が放置するなんて許されるのか。ああ、しかし。


「ユニスよ、商店の馬車が来たのか? ならば行った方がいいのではないか?」

「ああ、確か二週に一度しか来ないんですよね? 私たちのことなら気にせず、どうぞ。礼拝室だけ使わせてもらいますけど、他の部屋には行きませんから」

「う、いや、別に信用してないとかではもちろんありません。けど、お客様なのに」


 見知らぬ二人だけ残すことを気にしてるのだろうとリナもフォローをいれるが、ユニスはそんなことは気にしていない。基本的に昼間はいつでもどの家でも、鍵をかけないどころか玄関も窓も開けっぱなしがデフォルトで、盗るものもそもそもない。

 ましてこんなマイナーなところまでわざわざ来た信徒を疑う気持ちなんて微塵もない。ただやっぱり、お客様だし、と気になるのだ。本当は気持ちとしては行きたくて仕方ないのだが。


「こちらとしても初めての参拝ゆえに、ゆっくりとシューペル様と話をさせてもらえると助かる」

「あ。そう、ですか。わかりました。じゃあ、ごゆっくりどうぞ!」


 フェイがだめ押しで背中を押すと、ユニスはちょっとだけ考え込んでから、うん!と元気よく頷くと財布は持っているらしくそのまま呼んだ男のところまで走っていった。


「さて、中に入るかの」

「そうね」


 目を輝かせながら促すフェイに、リナは緊張しながら頷き、揃って足を踏み入れた。









 中に入ると、ぎいと床が少しきしんだ。当たり前のことだが、しんと静まり返っている。村は人口に対して広く、かつ教会は少し離れたところにあるので、外の音もなにもしない。

 外から少しは見えていたが、中に入って見てもやはり、壁にも何も飾りはない。30人ほどが詰められるだろう、横長の椅子が左右に並び、中央を道が通り、突き当たりの壁にはシューペル神のレリーフがあり、左端には小さなドアがある。


 ありきたりの礼拝室だ。何の飾り気もなく、レリーフもそれほど凝っていないし大きさも抱えられる程度だ。何なら村の集会所だと言われても、リナは納得してしまうだろう。


 しかし、フェイは違う。入った瞬間から、世界が全く違うようにすら思えた。ありきたりの部屋全体に特別な空気が充満されていて、聖域に入ったのだと思わされた。


「……」


 神妙な顔で黙って進み、リリースの前で跪くフェイに合わせて、リナも同じようにする。そして一呼吸置いてから、フェイは口を開く。


「シューペルさ」

「はい!」

「……シューペル様?」


 シューペル様と呼び掛けて挨拶をして、謁見のお願いをしようとする前に、食いこんで返事があった。声から神であることはわかるが、早すぎる返しに思わず聞き返してしまう。


「はいってば! はい! 目を開けてほら立って!」

「は、はい!」


 しかしそんなフェイを声はさらに急かしてくる。フェイは慌てて返事をしながら目を開けて立ち上がる。

 そこにはフェイより年下かどうかと思わせるくらいの緑の髪の少年がレリーフ前に浮かんでいた。にっこにこの満面の笑顔だ。


「やあ! よく来たね! 待ってたよ!」

「あ、ありがとうございます。改めてご挨拶をさせて」

「ああっ! 敬語とかいいよいいよ! そんなねー、僕お堅いタイプじゃないから。大気の神だけにね。むしろ距離を感じて寂しいかな、なんてね!」


 くるくるとその場で回ってご機嫌に飛ばしていくシューペル。なんせ世界でたった一人の信者が来てくれたのだ。嬉しくないはずがない。シューペルは、人間なら朽ちて果ててもまだ足りない、数百年以上ずっと、フェイのことを待っていたのだ。


「は、はい。ではなくて、わかった。知ってるじゃろうが、改めて挨拶をしよう。代々シューペル様に仕えるアトキンソン家の血族であり、洗礼式にて名をいただいているフェイ・アトキンソンじゃ。本日は成人を迎えたので、改めて信者として洗礼式を受けに来た。こっちは連れのエメリナじゃ。リナ、挨拶を」


 促されてようやく、リナも顔をあげる。神の声は最初から聞こえていたので、シューペルが配慮してくれていることはわかっていたが、それでも話しかけられているのはフェイだけなのでじっとしていたのだ。

 だがフェイから直接促されたなら話は別だ。シューペルに向かって震える体を抑えながら声をあげる。


「は、はい! おっ、お初にお目にかかります。エメリナ・マッケンジーです。一応太陽神、ラーピス様の信徒をしています」

「ほんとにね。一応一応。笑えるよね。君の国、ラーピスの信者一人もいないんだから」

「えっ」


 フェイに対してはまるで我が子にするような慈愛に満ちた目を向け、十年来の親友にあったかのように歓待していたシューペルは、しかしリナにはあまりにも冷たい対応だった。


 だがそれも無理からぬことではある。他の信者だとしても、それがかつてのように神により手ずからつくられた人であるならば、それらは全て親戚のようなもので、姪甥のようにとシューペルは思っている。しかしリナはそうではない。

 現代を生きる殆どがそうではなく、そしてそれは、かつてのフェイのような人間を神の子だとすれば、現代人は人の子なのだ。


 神が人を愛する形は千差万別だ。人の子でも可愛いと言うのもいれば、神の子であっても余所の信者はゴミクソだとばかりにあつかうものもいる。

 そしてシューペルにとっては、信者が何より可愛く、その信者になり得ない人の子はどうでもいいし、むしろ神の存在を忘れた不敬な不快な存在ですらある。


 とは言え、リナ個人を言うなら悪感情が有るわけではない。フェイと出会ってからのことはずっと見ていたのだ。ましてフェイと婚姻を結ぶとなれば、リナも信者となるかも知れないし、そうでなくても子供と言う信者の希望を増やせるのだ。歓迎すべき人材だ。

 だがそれはそれとして、まだ信者ではないし、フェイが言っても相手にしない神への不敬っぷりには、ちょっとちくっと言ってやろうとずっと思っていたのだ。


「ひ、一人もですか。 寡聞にして存じませんでした」

「だろうね。人の子はどれだけ愚かなんだってね。笑っちゃうね。おかしいよね」

「否定は致しません。何と言われても仕方のないことだと思います」

「へぇ? 殊勝だね。じゃあ何で来ちゃったの? フェイちゃんと二人きりにしてほしかったなー」


 実際のところ、結婚の報告だって待ってたシューペルなので、本当にリナが教会の外で待ってたとしても最終的には呼んだだろう。

 だがリナが突っついても全然反発を見せないので、つい気持ちよくなってきて冷たく突き放してしまう。

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