インドゥカ村

第191話 シューペル

 そしてそれなりに長い行程を越えて、二人はシンドュウ国にたどり着いた。シンドュウ国は特にこれといったもののない、地味な国だった。

 どうしても手前の魔法使いの国と比べてしまうからなのだが、長閑で全体的に田舎っぽい雰囲気のある国だ。

 南に位置しており、まだ暦では冬なのに、シャツ一枚で十分なくらいには気温が高い。


「あ、美味しい。凄く甘いのね」


 だが食べ物は美味しい。と言うか、肉が美味しい。畜産業が盛んで、各地で特産となるようなものを作ることに熱をあげているらしい。

 現在地である王都では、さまざまな食材が集められていて、街角の食堂のメニューからして、非常に贅沢だ。

 例えば豚肉料理だけをとっても焼き、茹でなど調理別はもちろん、味付けによっても異なる地域でつくられた豚肉をつかっている。それぞれにどこどこの地域のどういう特徴のある肉で、と説明書きがある。ついつい全種類を制覇したくなる。


「うむ、うまいのぅ」


 今食べているのは店長おすすめの豚しゃぶだ。茹でてタレにつけて食べると言うシンプルな料理だが、その分肉の味が重要になる。

 柔らかく、噛むとほんのり甘味があり、共にさっと茹でられた水菜と食べるとまた歯触りもよく、どんどん手がすすむ。


「ねぇ、フェイのタレもちょっとちょうだい」

「よいぞ。リナのもな」


 フェイのはオニオンソース、リナのは胡麻ダレだ。どちらも風味は強いが、少しだけつけると驚くほど肉の味を引き出して倍増してくれる。食べさせあいつつ、食事を終える。


「ふー。うまかったのぅ」

「そうね。いい国だわ」

「うむ。シューペル様に会ってから、しばらくは滞在するか」

「大賛成」


 何とも単純な二人だが、美食の国とも言われるこの国には、同じ理由で滞在する者は少なくない。


「これから行く、インドゥカ村は何が名産なのかしら」

「そうじゃのう。甘い果物なんかがあるとよいな」

「それは今食べたいものでしょう」

「うむ。バレたか」


 くすりと顔を見合わせてから、リナははっと名案を思い付いて、ぱんと手を叩いて提案する。


「そうだわ。ここから村まで、何があるか調べましょうか。そして、いいところで休憩を挟みましょう」

「そうじゃな。なんなら歩いてのんびり行ってもよいしの。ここまで来たら、シューペル様まで目と鼻の先じゃ」


 そんなことはない。普通に一ヶ月以上かかる行程だ。しかし自宅からここまでの距離を考えれば、もうすぐそこだと行っても過言ではない。

 普通は信仰する神を待たせているのだから、もっと急いでもいいくらいだが、マイペースなフェイはそんなことは全く思わない。フェイがそうである以上、リナもそんなものかと思うだけだ。


「それもいいわね」

「うむ。ではさっそく調べて見るかの」

「ええ」


 会計をして食堂を出る。時刻はお昼過ぎだが、のんびり行くなら経路も見直しだし、下調べもするのだ。慌てて夕方出る必要もない。

 まずは宿をとってから、身軽になって街へくりだす。


「まずは地図を買いましょう」

「そうじゃな。今のものでは、インドゥカ村ものっておらんしな」


 大まかな地図でも、とりあえず近くの街まで行って聞けば、目的地にはつくだろう。しかし色々と寄っていこうと言うのには足りなさすぎる。

 宿屋の女将に聞くと、近場の雑貨屋で地図を売っているとのこと。さっそくそちらへ向かう。途中でいい匂いのする屋台の誘惑を振り切り、雑貨屋に到着する。


「いらっしゃい」


 明るいペイントがされた雑貨屋に入ると、中の壁もオレンジで可愛らしい雰囲気だ。それに合わない中年男性が店主だが、可愛らしい花柄のエプロンをしているのでセーフ。

 地図を買い、ついでに店主に特産物について聞いてみた。


「おお、それもいいものがあるぞ。地方ごと、種類ごとにまとめてある。どういうものが欲しいんだ?」


 店主はいくつかの冊子を、カウンター脇の棚から取り出して並べながら尋ねてくる。

 ぱらぱらとめくっとみると、それぞれ絵入りで各地の名産と大まかな地図が書いてある。王都周辺編、東地方編、と地域別だったり、各地の豚、果物のような種類別のものと種類は豊富だ。


「インドゥカ村に行きたいので、そこまでの地域のものが欲しいんじゃけど」

「インドゥカ? えっと、どの辺りにある村かな?」

「ああ、えっと」


 言葉につまるフェイは視線でちらりとリナを振り向いて助けを求める。リナはにこっと笑ってフェイの頭を撫でつつ、店主に向けて身をのりだす。


「近くにアマリルカって街があるみたいなんですけど。ここより東よりで、アマリルカからさらに南東にインドゥカ村があると聞いてます」

「あー、東のアマリルカね。ちょいと待ってな。確か、これこれ」


 リナの説明に店主はいくつか冊子をぱらぱら開いてチラ見してから、一冊をリナに渡した。リナはそれを受け取って確認する。確かにインドゥカ村まで載っている。


「これでお願いします」

「はいよ、3000Dな」


 思っていたより高いが、丁寧に絵で説明されているし、簡易だが地図もついているのだから、安い方だろう。リナは渋々購入した。







 それからのんびりと、野宿しない程度のスピードで食事を楽しみながら旅をした。

 ある時は牛豚鶏肉野菜などを、ある時は焼き物煮込み揚げ物スープなどで、ある時はメインディッシュオードブルデザートなどとして、それぞれ楽しんだ。


 そうして半月ほどかけてアマリルカに到着し、そこから出発すること2時間。

 アマリルカから村まで馬車で、森を迂回する為丸2日かかる。定期便は二週に一度の商会の馬車だけだ。馬車を待つまでもない。森を突っ切れば直線距離ならすぐだと、徒歩でやって来たのはいいが、森の中なので距離がぴんとこない。

 今どれくらい歩いたのだろう。と言うか方角はあっているのか。木が生い茂り太陽もろくに見えない。ぶっちゃけ迷っているのではなかろうか。だけど今になって空から行こうと言えば迷いましたと宣言するようなものだ。

 付いてこいとばかりにずんずん先行した手前、後ろにいるリナには何とも言いづらい。


「フェイ、あのさ」

「し、心配するでない。もうすぐじゃ」

「いや、心配してないけど、そっち行くと街に戻るすることになるわよ?」

「む?」


 リナに指摘されて、フェイは右手側に向かいかけていた足を止めて振り向いた。


「方角がわかるのか?」

「そりゃあ、もちろん」


 不思議そうに首をかしげながら肯定された。よもやフェイが迷っているとは思っていなかったらしい。ここに来るまでずいぶん蛇行したが、木々や動物、地形などの問題からひたすらストーレートに進めるとは最初から思っていない。

 リナはフェイなりに、歩きやすいようにわざと迂回しつつも進んでいるのだと思っていた。しかしさすがに元来た方向へ進むのはおかしいので、曲がる方向を間違えているのではと確認したのだ。


「もしかして、迷ってる? 左向こうが村よ?」

「むぅ。迷っておる。すまぬ」

「いいけど、そのわりに自信満々にさくさく進んできたわね」

「うむ。恐る恐る進んでも仕方あるまい」

「そう言う豪胆なところ、好きだけどね。じゃ、私が先導するわ。こっちよ」


 リナを前にして改めて進むと、3時間ほどで森の向こうが見えてきた。直線距離の足場の悪さを考慮した上での目算より、多少時間はかかったが思ったほどフェイも見当違いな方向へ進んでいたわけではないようだ。

 フェイはほっとして、リナに追い付いてから笑顔を向ける。


「リナ! 見えてきたの! あそこまで競争しよう! よーい、どん!」

「え!? ちょっ、ちょっとずるくない?」


 そして追い付いて、追い越す勢いで走り出した。リナは驚きつつも、苦笑して駆け足になる。遠くに見えた明かりが大きくなり、木々の向こうに建物があるのまで見えて、フェイは走りながら振り向いて声をあげる。


「リナ! 負けた方は罰ゲームじゃぞ!」

「はっ!? 何それ聞いてない!」

「今言ったじゃろ!」


 ぐんとスピードをあげるフェイに、リナは慌てて全力で地面を蹴り飛ぶようにフェイに追い付いて肩をつかむ。


「あっ」

「あっ!?」


 飛びかかるように掴んだ瞬間、振り向かせて止めるより先にフェイが転んだ。リナは慌てていて、地に足もついていなかったのもあり、二人揃って走った勢いのまま、もつれるように地面を転がった。


「うわぁ!」


 そしてその勢いで近くの建物の壁にまでぶつかった。幸い壁を破壊するほどの勢いではないが、普通にぶつかった。


「いた、くはないか。フェイ、大丈夫?」

「う、うむ」


 一回転してリナがフェイを抱き締めたのでフェイは無事だし、背中からぶつかったリナだったが特に痛みはない。これも身体強化のおかげである。

 どんっと割りと激しい音がしたので、生身だとしたらさすがに無事ではないだろう。もっとも、身体強化されてるからこそ、こんなに非常識なスピードで転がったのだが。


「誰かいるの!?」


 いい音がしただけあって、建物のなかにもばっちり響いている。慌てて箒を振りかぶりながら出てきた女は、二人に向かって声をかけつつ、そっと二人のいる建物の裏側に顔を出した。


「あれ、本当に人だ? えっと? もしかしてぶつかりました?」

「はい。すみません。森を抜けて来たんですけど、転んじゃって」

「はぁ、え? け、怪我は??」


 照れ笑いしながらリナに謝罪されて、女は戸惑いながら相槌をうってから、二人が転がってできた地面の引き摺り跡に驚いて近寄る。


「あ、大丈夫です。体は丈夫なので」

「そ、そうですか」


 平然と立ち上がって土を払う二人に、女はドン引きしながら近寄った分後ずさりした。

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